『王女の宝剣、士族の名槍(ドヤァ!)。――最後に小陸軍省の、鉄槌(ぴえん)』
前衛3人を丸太(御手杵)で瞬時にスクラップにされた残りの暗殺者たちが、完全に腰を抜かしながらも、ヤケクソになってアリスへと細剣を突き出してきた。
キィン、チチィンッ! と冷たい金属音が響く。
だが、気取ったステップを踏む現代のフェンシングとは根本から違う。
アリスは大地を踏み締め、英国古流・シルバー流の基本である『真の間合い』を冷徹に見切っていた。相手の切っ先が自分の肌に触れる直前――すなわち、自分の大剣の刃が最も鋭く敵の武器を捉えるその刹那。
「――そぉい!」
アリスが宝剣ヴォーパルを、文字通り『ブチ回した』。
細い腕からは想像もつかない剛腕から繰り出された、完璧な守りの一撃。
『ヴォーパル』の名を冠するその伝説の宝剣は、シルバー流の凄まじい斬撃の軌道上で、迫り来る暗殺者たちの鉄の細剣を刃ごと――抵抗すらなく、さっくりと、綺麗に両断してみせた。
バチィンッ!! と派手な火花が散ったときには、暗殺者たちの手元には、無残に真っ二つになった柄だけが残されていた。
「ぶ、武器が……俺たちのレイピアが一瞬で切り落とされた……!? なんだあの剣の切れ味は、いや、どんなバカ力だ……ッ!?」
鉄の剣をバターのようにサックリ斬られて腰を抜かす悪党どもに、アリスはフンスと誇らしげに胸を張った。
「名探偵たるもの、間合いの支配と悪党のお掃除は基本よ!」
大立ち回りを繰り広げたアリス。その背中には、こちらも大立ち回りを演じたばかりの輝夜が寄り添う。
――トン。
トン――。
2人の背中が、月明かりの中で軽やかに重なり合う。
深夜の病棟、割れた窓から差し込む美しい月明かりの下。
白い寝間着に黒マントを翻し、伝説の宝剣『ヴォーパル』を構える大英帝国の王女アリス。
そして、気品ある東国の着物を揺らし、丸太のごとき名槍『御手杵』を不敵に構える松平ののじゃお嬢様・輝夜。
西洋と東洋の、最強に物死で最高に可憐な『Wお嬢様コンビ』が、ここに完全なる背中合わせ(バック・トゥ・バック)の陣形を完成させたのだ。
「白の用心棒たる妾と、名探偵殿のコンビネーションじゃ。――さあ異国のゴロツキども、まとめて妾たちの錆(打撃)にしてくれるわ!」
「行くわよっ! 私たちの完璧な『推理力(物理)』を見せてあげるわ!」
2人は同時に地を蹴った。
アリスがシルバー流の冷徹な軌道で残りの細剣をサックリ両断して丸腰に追い込めば、その背後から輝夜が笑顔で「死ねええええ!!」と名槍『御手杵』をフルスイングし、武器を失った悪党どもを病棟の廊下へボカスカとまとめて叩き伏せていく。
まさに一網打尽。特務機関と過保護な用心棒による、文字通りの暴風のようなお掃除(完全勝利)であった。
廊下に転がる、文字通りスクラップにされた悪党の山を前に――ちんまりとした寝間着姿の白は、懐中時計を握りしめたままガタガタと戦慄していた。
「……もう少し こう 何というか 手心というか……」
自分で言うのもなんですが、と付け加える余裕すらなく、感情の消えたジト目でポツリとこぼすのが精一杯であった。
大暴れしたアリスと輝夜が「やれやれ」と襲撃者たちを椅子代わりに腰かけたちょうどその時。
「ふえええええええええ、殿下ぁ、じゃなかった、アーちゃああああん」
ぼて……、ぼて……、と見るも無残な姿で現れたのがミス・マーチだった。
はち切れんばかりのパブの給仕服を夜霧と汗で濡らし、自慢のウサ耳まで完全に「へにょん。」と垂れ下がっている。
「ひえええん! 大変ですぅ! 今夜、白先生たちが殺されちゃいますぅぅ……って、あれえぇぇ!?」
マーチはトレイを胸に抱きしめたまま、おめめを限界まで丸くしてその場に硬直した。
彼女が命がけで知らせに来たはずの襲撃者たちは、すでに「推理力(物理)」によって全員が廊下のシミと化し、可憐な少女2人の頑丈な『長椅子』に成り下がっていたからである。
「あ、マーちゃん! 遅かったじゃない! でも丁度いいわ、この悪党どもが逃げ出さないように、しっかり縛り上げておいてちょうだい!」
アリス王女に悪びれもなくそう言われ、マーチはひんひんと泣きながら、汗と夜霧でぐっしょりと濡れたパブの制服(給仕服)のポケットに手を突っ込んだ。
ジャラリ、と取り出されたのは、なぜか頑丈な捕縛用ロープとしなやかな革鞭である。
「ふええええ! アタシ、パブで散々こき使われて疲れてるのにいいいいい!! なんで伝言係の次は捕縛係なんですかぁぁぁ!!」
涙目で絶叫しながら物騒な紐と鞭を構えるウサ耳給仕を前に、ちんまりとした白は再びガタガタと身を震わせた。
「……じ、自分が言うのも……なんですが……どうしてそのような物を持ち歩いているんです……? どこをどうタイムスケジュールを逆算しても、そもそも貴女はナース服ですらありませんし、一般的なパブの給仕の携帯品からも100%逸脱していますよ……」
「アタシだって好きで持ってるわけじゃないんですぅぅ!! アーちゃん(リデル)にお留守番中、『お父様のちょっと変わったご友人から教わった、女の子の嗜みのパズルだよ』って、泣くまで完璧にこの結び方を仕込まれましたからねぇ!!」
マーチは恨み節をロープに乗せてシュルシュルシュルッ!!と振り回した。
――パシィィィンッ!!
それはまさに、驚天動地、芸術の領域に達した神速の手際であった。
マーチの放ったロープと鞭のコンビネーションにより、アリスたちの椅子にされていたバルフォアの刺客たちは、一瞬にして身動きの取れない完璧な『亀甲縛り(ミノムシ姿)』へと芸術的に縫い上げられ、廊下へゴロゴロと転がされた。
「ふぅ。これで一安心ね!」
「ええ。睡眠時間は1時間ほど削られてしまいましたが、永眠することになるよりはマシですね」
「その前に妾が成敗してるから、安心するのじゃ、白!」
「……不安要素しかありませんね」
のんびりと、そんな風に会話していた時だった。
――ひた。
――ひた。
深夜の静まり返った病棟に、規則正しく、そして冷徹なまでの静けさを伴った『あの足音』が響き渡った。
アリス王女、白、輝夜お嬢様、そして今さっき神速の緊縛パズルを終えたばかりのマーチの4人が、同時に背筋を凍りつかせてギクッ、と硬直する。
患者の睡眠を絶対に妨げぬよう、深夜の見回りでは音の出ない『柔らかい布靴』を穿くのが、この病院の絶対権力者たる彼女の鉄の規律。
足音が響かないからこそ、その「ひた。ひた。」という静かな気配は、現場の4人にとって死神の足音よりも恐ろしいプレッシャーとなって迫り来る。
粉砕された窓ガラス。
壁にめり込み、パブの給仕服のまま振り回したロープで芸術的なミノムシ姿にされた暗殺者たちの山。
その惨劇の現場へと、片手に真鍮のランプを掲げ、闇夜の向こうから厳かに姿を現したのは――ナイチンゲール代表その人であった。
「……これはいったい、どういうことですか?」
惨劇の現場を見回すと、その冷徹な眼はすっとアリス王女を射抜く。
「ひぅっ!」
「えっと、あのぅ、自分が言うのもなんですが――」
「ドクター・イナバ。貴女に問うているのではありません。そこの、お転婆が過ぎる小娘に問うているのです」
国の英雄であり、バルフォアたちが『忌々しい小陸軍省』と恐れる絶対権力者のオーラに、アリスは完全に借りてきた猫のように小さくなった。
「あ、あのね、ボス……これは名探偵の完璧な推理力(物理)の成果であって、決して遊んでいたわけでは――」
「案ずるなアリス殿。あのお高く止まった男たちの陰謀とやらは、妾が御手杵で綺麗に峰打ち(手加減なし)にしておいたのじゃ。お褒め言葉なら白の隣で謹んで拝聴するのじゃぞ、病院長殿」
着物の袖を優雅に払いながら、空気を読まずに堂々と胸を張る輝夜。
だが、ナイチンゲール代表はそんな東国の用心棒すら、凄まじい威圧感のジト目で一瞥した。
「国家の陰謀だの、バルフォアの夜襲だの、男たちの物騒な政治闘争など私の知ったことではありません。……ですが、真夜中の神聖な病棟を丸太や大剣で破壊し、おまけに貴重な医療用ロープをこんな破廉恥な縛り方に無駄遣いするとは……一体何事ですか」
「ひええぇぇ……ごめんなさいボスぅぅ!!」
限界まで疲れていたマーチが、真っ先に涙目でトレイを放り出して床に膝をついた。
「総員、国家反逆罪を裁く前に、まずは私の神聖な病院の規律違反を裁きます。――そこに正座しなさい」
国の英雄の放つ絶対的な「お説教鉄槌」の前には、伝説の宝剣も、天下の名槍も、天才的な推理力も、1ミリたりとも通用しなかった。
結局、深夜の月明かりが差し込む廊下で、大英帝国の王女アリスも、東国ののじゃお嬢様・輝夜も、天才医師の白も、そして散々走らされた不憫な給仕服のマーチも、みんなまとめて床の上に涙目で綺麗に正座させられるのだった。
アリス王女と日本の士族、輝夜のバトルアクションシーン!
ですが、やはりナイチンゲールには勝てなかったよ……。
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