『真夜中の病院急襲!――のじゃお嬢様、窓から丸太を引っ提げ推して参る!』
ミス・マーチ――マーチ・ヘアがひんひんと泣きながら、夜のロンドンをぼてぼてと走っているその頃。
聖トーマス病院の寝室で、アリスはパチリ。と目を覚ますと、突如着替え始めた。
「んあ? どうされましたか? 殿下?」
そんな気配を感じ取った白も目を覚まし、ベッドの上で小さな身を震わせながら、王女殿下に声を掛ける。真っ白な前髪の奥から、ルビーのような赤い瞳が寝ぼけ眼でアリスを見つめた。
「――妙な気配がするの。名探偵の勘が、今夜はベッドの中で大人しく眠っている時間じゃないって言ってるわ!」
アリスはフンスと誇らしげに鼻を鳴らし、可愛いフリルのついた白い寝間着の上からお忍びの黒い外套をバサリと羽織ると、その下へ、鈍い真鍮の光沢を放つ重厚な大剣『宝剣ヴォーパル』を素早く吊るした。
白はカチャリと銀の懐中時計を取り出し、パカッと蓋を開いて文字盤を睨む。
「深夜の2時15分。自分で言うのもなんですが……確かに、代表の巡回でも患者の回診でもない、タイムスケジュールに存在しない不審な足音が、廊下の向こうから近づいていますね。――しかも、これはボス(ナイチンゲール女史)のものではありませんね」
白がちんまりとした白衣姿で身構え、アリスが宝剣の柄に手をかけた、まさにその瞬間だった。
カチャ、と寝室のドアが外から静かに解錠され、抜き身の細剣を手にした黒外套の暗殺者たちが、ゾロゾロと影のように滑り込んできた。
「――見つけたぞ、東国の女医と、その助手だな。バルフォア様からの命令だ、今夜まとめて灰になってもらう!」
「多勢に無勢ね……! でも、我が英国古流シルバー流の極意、見せてあげるわ!」
アリスがヴォーパルを抜こうとした、まさにその時――。
『――妾が白の、髪の毛1本、異国のゴロツキどもに触れさせぬのじゃあぁぁぁ!!!』
ガッシャーーーン!!!
月明かりに照らされた病院の窓ガラスが、外から凄まじい衝撃によって派手に粉砕された。
夜霧とともに「のじゃぁぁ!」と勢いよく飛び込んできたのは、見慣れない東国の美しい衣服――着物の裾を気高く翻した、凛とした佇まいの美少女であった。
彼女がその細い肩に担いでいるのは、もはや槍というよりは巨大な丸太にすら見える、重厚な熊毛の鞘に包まれた『異様な得物』であった。
「な、なんだお前ええええ!?」
驚愕する黒外套の暗殺者たちに向け、謎の和服少女は満面の笑みを浮かべ、その巨大な得物を強烈な遠心力とともに横一閃にフルスイングした。
「妾が松平家に代々伝わる『御手杵』の威力、受けてみるのじゃ。――死ねええええ!!」
――ドバゴォォォンッ!!!
一撃必殺の質量兵器の直撃を受け、暗殺者3人が骨の砕けるような鈍い音とともに病棟の壁へと派手に吹き飛んでめり込んだ。完全に白目を剥いてピクピクと痙攣している。
「ひ、ひええぇぇ……! 女が丸太でぶん殴ってきたァーっ!?」
恐れおののく残りの悪党どもを前に、少女はふぅ、と上品に息を吐くと、大槍をビシッと床に突き立てて優雅に袖を払った。
「安心するのじゃ。峰打ちじゃ」
「いま、さらっと『死ね』って叫んでましたよね、輝夜様……」
ちんまりとした寝間着姿に白衣を羽織った白が、即座にジト目を向けながら、感情の消えた声でツッコミを飛ばす。
「そもそもそれは槍ですし、鞘をつけたまま丸太のように叩きつけたら峰も刃もあったものではありません。手加減以前に、殺意が言葉となってスケジュールから溢れ出ていましたよ」
「おやおや、手加減したつもりだったのじゃがな。……ふぅ。お怪我はありませんか、白」
さっきまで笑顔で「死ねええええ!」と丸太を振り回していたはずの少女は、一転して、とろけるような甘い笑顔で白の手を両手で包み込んだ。
「白の柔肌にガラスの破片でも飛んだらと思うと、妾の胸は張り裂けそうじゃったぞ!」
「……ハァ。自分で言うのもなんですが、輝夜様。私は電信すら打っていないのですが、一体どうやってこの危機を察知して、かつ病院の窓ガラスを派手にブチ破って乱入してこられたのですか? 散らばったガラスのお片付けスケジュールが色んな意味で大狂いですよ」
白が心底呆れたジト目を向けると、輝夜はふふん、と美しい鼻を鳴らして誇らしげに胸を張った。
「そんなもの、妾と白の仲じゃ。分らぬ道理などあるまい!」
「そんな仲になった覚えはありませんし、それなら私の今の絶望もお察しください」
白が心底呆れたジト目を向け、東国の主従(?)がそんな賑やかなやり取りを繰り広げている横で――アリスの青い瞳は、輝夜の圧倒的な強さにキラキラと輝いていた。
「貴女、白先生のお仲間なのね!? しかも、めちゃくちゃ強いじゃない! とっても心強い味方がついたわ!――私も、負けてられないわねっ!」
アリスが鞘から宝剣ヴォーパルをジャキッ。と抜いて、構えた。
可愛いフリルの寝間着に黒いマントをバサリと翻し、細い腕でずっしりと重い大剣を真正面に据える。
「ひ、ひえっ……化け物がもう一人増えたぞ!?」
疲れた体に鞭打って走らされるミス・マーチかわいそう……。
そして、新たな刺客!じゃなかった、味方!!
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