(六)三か月契約は終わらない
◆ 六 学校へ戻る
ギルドに戻った時には、すでに日が傾いていた。
報告書は、増えた。
想像していたよりも、ずっと増えた。
赤竜の再契約書。
竜籍登録記録。
竜爪印登録証明。
焼損事故報告書兼熱害再発防止確認書。
財宝移送予定表。
相談先一覧。
リオルは、机の上に積まれていく書類を見て、途中から数えるのをやめた。
「事件って、終わったあとも大変なんですね」
「終わったから大変なのです」
ミレイユは当然のように言った。
「終わっていない事件は、まだ書類にできません」
「それは、そうですけど」
カイルは王国側の確認印を押し、ミレイユはギルド側の記録をまとめ、メルセナは必要な箇所だけを静かに確認していった。
ヴァルグは、赤竜ではなくヴァルグとして記録された。
財宝守護者ではなく、現代制度上の一個体として。
そのことが、書類の上で少しずつ形になっていく。
すべてが片づいた頃、リオルたちは学校へ戻った。
校舎はいつも通りだった。
中庭には生徒たちの声があり、廊下には授業終わりの足音があり、掲示板には次の実技講習の予定が貼られている。
赤竜も、古代契約も、竜爪印も、ここには似合わなかった。
だからこそ、帰ってきたのだと思えた。
リオルは、長く息を吐いた。
「これで、本当に終わったんですね」
「赤竜事件については、ひとまず」
メルセナが答えた。
「ひとまず、ですか」
「はい。財宝移送、契約更新管理、村の復旧支援、ヴァルグの初回存在確認などは残っています」
「全然終わってない気がしてきました」
「ですが、あなたの関与が必要な部分は、当面ありません」
リオルは、その言葉に少しだけ安心した。
鳥百羽。
ハツカネズミ二百体。
赤竜との交渉。
竜の印鑑証明。
自分には大きすぎる場所ばかりだった。
けれど、相談先一覧には、自分の名前が書かれている。
メルセナが書き足し、ヴァルグが同意した名前。
それを思い出すと、少しだけ背筋が伸びた。
「じゃあ、僕は普通の学校生活に戻れるんですね」
「いいえ」
メルセナは即答した。
リオルは足を止めた。
「いいえ?」
「忘れています」
「何をですか」
「私を召喚した三か月コンサルタント契約が残っています」
リオルは、ゆっくりと瞬きをした。
「……そうでした」
「はい。赤竜事件は、契約期間中に発生した追加案件です」
「追加案件」
「本来の目的は、あなたの召喚能力の調査、訓練、運用方針の策定です」
メルセナは、いつも通りの無表情で言った。
「明日から再開します」
「明日から」
「はい」
リオルは、校舎の窓に映る自分を見る。
少し疲れている。
少しだけ、前より背筋が伸びている。
そして、少しだけ嫌な予感がしている。
「先生」
「はい」
「普通の訓練ですよね」
「普通です」
リオルは安心しかけた。
メルセナは続ける。
「私の基準では」
「それ、普通じゃないやつです」
「慣れてください」
リオルは、もう一度深く息を吐いた。
赤竜事件は終わった。
ヴァルグは新しい契約へ移った。
村の復旧も、財宝の移送も、王国とギルドが進めていく。
リオルの名前は、相談先一覧に残った。
そして、三か月コンサルタント契約も、まだ残っていた。
どうやら、普通の学校生活に戻るには、まだ少し早いらしい。
メルセナは廊下を歩き出す。
リオルは、その少し後ろを追った。
今度はもう、自分が完全な場違いだとは思わなかった。
ただし、明日の訓練から逃げられるとも思わなかった。
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