(五)旧財宝守護契約の読み替え
◆ 五 旧財宝守護契約の読み替え
「次に、旧財宝守護契約の読み替え方針です」
メルセナが言った。
赤竜は、登録名にまだ慣れない様子のまま、低く答える。
「旧契約を戻すのではないのか」
「勧めません」
メルセナは明確に言った。
赤竜の瞳が細くなる。
「なぜだ」
「あなた一体に責任が集中しすぎています」
「我は赤竜だ」
「はい。強い一体です」
メルセナは頷く。
「だからこそ、何でも背負わせてはいけません」
リオルは思わず聞いた。
「強いから、任せるんじゃなくて?」
「強いから任せる、を続けると、誰も確認しなくなります」
メルセナは静かに言った。
「契約も、役割も、負担も、すべて曖昧になる。今回の問題は、そこから起きています」
赤竜は黙った。
広間の熱が、静かに揺れる。
「旧契約には問題が多すぎます」
ミレイユが記録板を見ながら読み上げる。
「契約相手不在。契約期限不明。解除条件不明。守護対象範囲不明。盗難時の扱い不明。回収・返還時の扱い不明。腐食・風化時の扱い不明。財宝の移動可否不明。守護者の安全と意思に関する条項なし。責任集中」
リオルは、聞いているだけで疲れてきた。
「問題だらけですね」
「千年以上前の契約ですので」
ミレイユは淡々としている。
「形式が残っているだけでも、むしろ貴重です」
赤竜が低く言った。
「だが、我は守ってきた」
「はい」
メルセナは即座に認めた。
「あなたは守ってきました。だからこそ、その守護を今後も同じ形で続けるべきではありません」
「なぜだ」
「また、あなた一体が苦しむからです」
赤竜は沈黙した。
リオルは、メルセナを見た。
その言い方は、責めるものではなかった。
むしろ、赤竜の真面目さをそのまま受け取ったうえで、同じ構造に戻さないと言っている。
「新契約案では、財宝守護をあなた一体の責任にしません」
メルセナは続けた。
「財宝の保管、移動、管理は、人間側の制度も含めて扱います。必要なら王国、召喚士ギルド、地方防衛会議で共同管理します」
「我は守護者でなくなるのか」
「現時点では、そこまでは決めません」
メルセナは答えた。
「今決めるのは、旧契約をそのまま戻さないという方針です。新しい役割をどう定義するかは、最終意思確認の後に詰めます」
赤竜は低く唸った。
「つまり、今は契約を結ぶのではなく、結び直すための形を作っているのか」
「はい。再契約の前段階です」
赤竜は低く唸った。
「では、我は何をする」
「候補を出します」
ミレイユが別紙を出した。
リオルは少しだけ怖くなった。
また書類が増えた。
「第一に、人間を襲わないこと」
メルセナが言う。
「ただし、これは一方的な制限ではありません。人間側も、あなたの領域を不用意に侵さないことを義務とします」
「当然だ」
赤竜が言った。
「第二に、財宝守護の限定解除、または再定義。財宝すべてをあなた一体が守る形にはしません」
「……」
「第三に、月に一度、北の山脈周辺を散歩する程度の存在確認」
リオルは瞬いた。
「散歩」
赤竜も低く繰り返した。
「散歩」
「はい」
メルセナは真面目だった。
「あなたが生存し、暴走しておらず、契約状態にあることを確認するためです」
カイルが補足する。
「結果的には、北方への存在アピールにもなります。帝国や周辺勢力への抑止力として機能する可能性があります」
メルセナはすぐに言った。
「ただし、それを契約目的にはしません」
赤竜の瞳が動く。
「国防を我に背負わせぬということか」
「はい」
メルセナは言った。
「結果的に抑止力になることはあります。ですが、契約上の役割として国防を背負わせません」
「なぜだ」
「強い一体に全部背負わせないためです」
その言葉に、リオルは少しだけ胸の奥が温かくなった。
メルセナは何度も同じことを言っている。
強いから任せるのではない。
強いからこそ、全部を背負わせない。
それは、赤竜に対してだけではないのかもしれない。
「休眠期はどうしますか」
ミレイユが確認する。
「散歩義務から除外します」
メルセナが答えた。
「休眠期まで起こせば、それは存在確認ではなく嫌がらせです」
リオルは思わず言った。
「竜への嫌がらせ、規模が大きいですね」
「実際に危険です」
カイルが真面目に返した。
「休眠中の赤竜を起こす任務は、私は受けたくありません」
「私も勧めません」
メルセナが言った。
赤竜は、少しだけ満足そうに見えた。
「休眠は必要だ」
「契約上、明記します」
ミレイユが書く。
「月一存在確認。ただし休眠期除外。無理な起床要求禁止」
「そんな条項があるんですか」
リオルが聞く。
「今作っています」
ミレイユは真顔だった。
赤竜が書類を見た。
「それはよい条項だ」
「ありがとうございます」
ミレイユが淡々と答える。
「書け」
赤竜は即答した。
「はい」
ミレイユが書いた。
※第13話「竜の印鑑証明」は全六回です。
続きます。
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