(四)名前
◆ 四 名前
「必要な項目とは何だ」
赤竜が問う。
ミレイユは記録板を見た。
「登録名です」
「名前が必要なのか」
「竜籍上は必要です」
メルセナが答えた。
「赤竜では足りぬのか」
「分類名に近い扱いになります」
「我は一体しかおらぬ」
「それでも登録名が必要です」
赤竜は、少しだけ考え込んだ。
リオルは、その表情を見上げる。
赤竜に名前がない。
それは、考えてみれば不思議だった。
これほど大きく、これほど古く、これほど強い存在なのに。
いや、違う。
一体しかいないからこそ、名前が要らなかったのかもしれない。
赤竜と言えば、この赤竜だった。
他と区別する必要がなかった。
だが、現代制度はそうはいかない。
唯一無二でも、名前欄は空白にできない。
「神代には名前があった可能性があります」
ミレイユが言った。
「壁画にも、名前らしき文字列はあります。ただし、解読できません」
「我も覚えておらぬ」
赤竜が言う。
「長く呼ばれねば、名は遠くなる」
リオルは、その言葉に少しだけ胸が詰まった。
けれど、ここでは踏み込まない。
メルセナも踏み込まなかった。
「新規登録名を定めます」
「……任せる」
赤竜が言った。
リオルは思わず突っ込む。
「結構大事なところなんですが」
「正直に言う」
赤竜は真面目だった。
「名前を考えるセンスが我にあるとは思えぬ。しかし、恥ずかしい名前がついても困る」
「そこは気にするんですね」
「威に関わる」
メルセナは頷いた。
「では、候補を出します。意味より、まず響きで選んでください」
ミレイユが別紙を出す。
リオルは、それを見て言った。
「名前候補まで書類になってる」
「必要です」
ミレイユは平然としていた。
メルセナが一つ目を読む。
「ヴァルグ。硬く古い響きです。山や戦いの気配があります。威厳があり、竜名として自然です」
赤竜は少し考えた。
「悪くない」
リオルも頷く。
「似合いますね」
「次に、アルヴァ。やや柔らかく、高貴な印象があります」
「柔らかいのか」
「はい」
リオルが赤竜を見上げる。
「赤竜さん、柔らかくはないですね」
「ならば違う」
「判断が早い」
メルセナは続ける。
「ガルヴァ。重く強い響きです。圧はありますが、やや武断的に聞こえます」
「武断的」
「戦いに寄って聞こえる、ということです」
「今は避けたい」
カイルが小さく頷いた。
「賢明です」
「ルーヴァ。赤や炎を連想しやすく、呼びやすい名です」
「軽い」
赤竜が言った。
「では外します」
メルセナは容赦なく進める。
「ベルグ。山、岩、古い守護者の印象があります」
「悪くないが、少し硬すぎる」
「エルグ。短く古代的で、事務登録名として扱いやすいです」
「事務登録名として扱いやすい、とは何だ」
リオルが小声で言う。
「赤竜が事務に反応してる」
「レーヴァ。翼や風、古い竜の印象があります」
「恥ずかしい」
赤竜は即答した。
リオルは少し笑いそうになった。
「早い」
「では候補から外します」
メルセナは真顔のままだ。
「グラウド。重厚で防衛者らしい響きです」
「強すぎる」
「ヴェルグ。王国名の響きとも近く、登録名として馴染みやすいです」
「王国に寄りすぎる」
「アグナ。火を連想しやすい短い名です」
「火に寄りすぎる」
リオルは感心した。
「ちゃんと考えてる……」
「我の名だ」
赤竜は当然のように言った。
「考える」
メルセナは候補一覧を閉じた。
「では、現時点で残る候補はヴァルグ、ベルグ、エルグあたりです」
「ヴァルグがよい」
赤竜は言った。
リオルが見上げる。
「決めていいんですか?」
「我が選んだ。ならばよい」
メルセナが頷く。
「では、竜籍上の登録名はヴァルグとします」
ミレイユが記録板に記入する。
赤竜ではなく、ヴァルグ。
その文字が、書類の欄に収まっていく。
赤竜は、少しだけ自分の名を確かめるように言った。
「ヴァルグ」
リオルも小さく繰り返す。
「ヴァルグ……」
「まだ、我の名という感じがせぬ」
「登録名です。使っていくうちに馴染みます」
メルセナが言う。
「そういうものか」
「はい。少なくとも、書類上は今日からヴァルグです」
赤竜は不満そうに鼻を鳴らした。
「書類の方が、我より先に慣れている」
リオルは少しだけ笑った。
赤竜に名前がついた。
ただの赤竜ではなく、ヴァルグ。
それは、古い守護者が現代の制度に入るための名前だった。
可笑しい。
けれど、少しだけ寂しい。
リオルは、まだその寂しさの理由を言葉にできなかった。
※第13話「竜の印鑑証明」は全六回です。
続きます。
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