(三)竜籍と竜爪印
◆ 三 竜籍と竜爪印
「次に、竜籍登録が必要です」
ミレイユが言った。
「竜籍」
赤竜が低く繰り返す。
リオルは首を傾げた。
「竜にも戸籍みたいなものがあるんですか」
「あります」
メルセナが答える。
「主に小型竜の運用や契約管理のためです。言葉を話せない個体も多いですが、人間の言葉をある程度理解し、物流や騎乗、竜騎士運用に関わる場合があります」
「竜騎士」
「国によって制度は違いますが、竜を契約主体、または準主体として扱う登録制度が整備されています」
赤竜が不満そうに言った。
「我は小型ではない」
「存じております」
ミレイユは即答した。
「ですので、備考欄が足りません」
リオルは思わず言った。
「そこなんだ」
「はい」
ミレイユは真剣だった。
「体格、属性、知性、契約履歴、守護対象、危険度、休眠期、活動領域、爪印規格。すべて通常の小型竜登録欄では不足します」
「備考欄では済まないのでは」
カイルが言う。
「追加様式にします」
ミレイユはもう別の板を出していた。
赤竜が、少しだけ引いたように見えた。
「人間は、我を欄に入れるのか」
「欄に入らないので、欄を増やします」
メルセナが言った。
「そういう問題なのか」
「制度上はそうです」
赤竜は、重々しく沈黙した。
リオルは小声で言った。
「赤竜が制度に巻き込まれてる……」
「巻き込むのではありません」
メルセナは訂正する。
「登録します」
「より書類っぽくなりました」
ミレイユは、淡々と次の問題を出した。
「代筆が必要です」
「我が書けばよいのか」
赤竜が爪を少し持ち上げた。
リオルは、その爪を見た。
大きい。
鋭い。
熱を帯びている。
「紙が一瞬で燃え尽きそうです」
「実際に燃えます」
メルセナが言った。
「紙だけで済めばよいのですが」
ミレイユも続ける。
「筆記台ごと損傷する可能性があります」
赤竜は、不服そうに言った。
「我の言葉を、人間が書くのか」
「読み上げ確認を行います」
ミレイユが答える。
「異議があれば訂正できます。代筆者は私、説明者はメルセナ様、確認者はカイル様で記録します」
「なぜ分ける」
「利害関係と記録責任を分けるためです」
赤竜はしばらく黙った。
「面倒だな」
「契約ですので」
メルセナが言った。
赤竜は、また少しだけ沈黙してから答えた。
「契約ならば仕方ない」
リオルは、赤竜の攻略法が少し見えた気がした。
契約と言えば、だいたい聞いてくれる。
ただし、聞いてくれるだけで、納得するとは限らない。
ミレイユはさらに言った。
「次に、竜爪印登録が必要です」
「爪を押せばよいのか」
「通常の紙には押さないでください」
メルセナが即座に言った。
リオルも頷く。
「紙が一瞬で燃え尽きるからですね」
「紙だけで済めばよいのですが」
ミレイユがもう一度言った。
カイルが、後方から重そうな板を運んできた。
黒い金属と石を合わせたような、分厚い登録板だった。
「耐熱、耐圧、魔力保持加工済みです」
カイルが言う。
「これでも割れた場合、王都の法務部に報告します」
「割れる前提なのですか」
リオルが聞く。
「赤竜ですから」
カイルは真顔だった。
赤竜が登録板を見下ろす。
「我の爪は印になるのか」
「なります」
メルセナは答えた。
「今後、契約上の本人確認に使います」
「爪まで登録するのか」
赤竜は低く言った。
リオルはぽつりと呟いた。
「竜の印鑑証明……」
「正確には、竜爪印登録証明です」
メルセナが訂正した。
「さらに書類っぽくなった」
ミレイユは登録板を赤竜の前に置いた。
「押印時は、熱を抑えてください」
「抑えている」
赤竜が爪を近づける。
登録板が、じわりと赤くなった。
カイルが顔をしかめる。
「抑えている状態でこれか」
リオルは小声で言う。
「鼻息で村が燃える竜ですし」
「リオル」
メルセナがすぐに言った。
「事実ですが、今は言い方に注意してください」
赤竜がリオルを見る。
「我も注意している」
ミレイユが淡々と返した。
「では、さらに注意してください」
「人間の注意は細かい」
「書類も細かいです」
「そうか」
赤竜はなぜか納得した。
爪が登録板へ降りる。
ぎしり、と音がした。
登録板が赤く光り、爪の形が刻まれる。
割れない。
燃えない。
ただし、部屋の温度は明らかに上がった。
リオルは汗を拭う。
ミレイユは登録板を確認し、頷いた。
「竜爪印、採取できました」
赤竜は、重々しく言った。
「これで我は、書類上も我か」
「仮登録上は」
ミレイユが答える。
「仮」
赤竜が少しだけ嫌そうに言った。
「本登録には、もう一つ必要な項目があります」
その場の空気が、少し変わった。
※第13話「竜の印鑑証明」は全六回です。
続きます。
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