(二)財宝目録
◆ 二 財宝目録
赤竜の広間にある財宝は、人間の目には山だった。
古い金属と宝石と魔道具が、長い年月の熱に晒され、無造作に積まれているように見える。
だが、赤竜にとっては違う。
一つ一つに、形がある。
色がある。
場所がある。
向きがある。
魔力と精霊力の気配がある。
ミレイユは広間の右奥を指した。
「では、右奥の銀杯の隣にあるものは」
「黒い箱」
赤竜は即答した。
「その上に青石。青石の底に欠け。箱は東へわずかに傾いている。箱の中身は空。元は小さな風鳴りの鈴が入っていたが、七百年ほど前に腐食して崩れた」
リオルは口を開けた。
「七百年ほど前」
カイルもさすがに目を細める。
「年数まで覚えているのか」
「当然だ」
赤竜は重々しく言った。
「崩れた時、音が変わった」
「音」
「鈴が鈴でなくなる音だ」
リオルは、思わず黙った。
何かが少しだけ変わる。
赤竜はそれを覚えている。
財宝を守るということが、急に怖いほど細かい行為に思えた。
ミレイユは記録する。
「黒箱、青石、底部欠け、東向き傾斜、内部品腐食消失。確認対象として記録」
「次」
メルセナが別の場所を指す。
「南壁寄りの金貨」
「三百二十七枚」
赤竜は言った。
「いや、今は三百二十六枚だ」
広間の熱が少しだけ上がる。
「一枚は、盗人が落とした。洞窟の入口から四つ目の分岐、左壁の割れ目にある」
カイルが顔を上げた。
「それは回収すべきですね」
「後で確認します」
メルセナが言う。
リオルは、少しだけ顔を引きつらせた。
「落ちた金貨一枚まで……」
「当然だ」
赤竜は言った。
「守護対象だ」
ミレイユは淡々と書き続ける。
「南壁寄り金貨、登録上三百二十七枚。現存広間内三百二十六枚。逸失一枚、洞窟入口第四分岐左壁割れ目に落下。後ほど確認」
赤竜が低く言った。
「別紙にせよ」
リオルが小声で言う。
「赤竜が書類を増やした」
メルセナは静かに訂正した。
「ヴァルセイン王国召喚契約実務上、必要な別紙です」
「財宝より書類の方が増えてませんか」
「増えていません」
ミレイユは即答した。
「ただし、財宝目録を正確に作れば、相応に増えます」
「増えるんですね」
ミレイユは次の財宝を確認した。
「欠けた冠について」
「北側、壺の後ろ。金ではない。金に見えるが、古い合金だ。左側の飾りが欠けている。欠けたのは我が契約する前だ」
「契約前損耗」
ミレイユがすぐに記録する。
「重要です。守護開始前の欠損は不履行対象外の可能性があります」
赤竜が、わずかに黙った。
「……そうか」
メルセナが頷く。
「はい。いつ欠けたかは重要です」
「我は、欠けたまま守っていた」
「であれば、欠けていること自体は守護不履行ではありません」
赤竜は、何も言わなかった。
ただ、熱が少しだけ揺れた。
リオルは、それを見て思う。
赤竜は、ずっと自分に厳しく守ってきたのだ。
欠けたものも。
腐食したものも。
変質したものも。
盗まれたものも。
全部、自分が守るべきものとして。
ミレイユはさらに記録を進める。
「翼の意匠を持つ魔道具について」
赤竜の目が細くなる。
「元は、青黒い風の気配を持っていた。置き場所は黒箱から三つ左。下に薄い布。向きは翼先が北。火の気配が強くなったのは、守護開始から長く経ってからだ」
「現在は火属性へ変質」
ミレイユが書く。
「はい」
メルセナが補足する。
「先の確認で、四精霊反応は火に大きく偏っていました。元は風の魔道具。赤竜の火の精霊力に長期間晒されたことで変質したと見ています」
「我が変えたのか」
赤竜が問う。
「結果としては」
メルセナは答えた。
「ただし、それが意図的かどうかは別です」
「意図はない」
赤竜は言った。
「守っただけだ」
「では、そのように記録します」
ミレイユが筆を動かす。
「変質は守護環境による副次変化。守護者の意図的改造ではない、と」
リオルは、ミレイユの手元を見る。
赤竜の言葉が、書類になっていく。
威圧的な声も、熱も、怒りも。
全部、人間の字へ変わっていく。
少し可笑しい。
少し不思議だった。
赤竜は、財宝の位置、形、色、欠け、腐食、変質を次々と答えた。
答えられないものはなかった。
ミレイユの記録板の余白が、どんどん埋まっていく。
やがて、ミレイユが息をついた。
「本人性確認としては、十分すぎます」
「十分すぎる?」
赤竜が問う。
「はい。守護者本人でなければ把握し得ない情報量です」
「当然だ」
赤竜はまた言った。
「守るとは、そういうことだ」
リオルは、今度は突っ込まなかった。
たぶん、本当にそうなのだ。
※第13話「竜の印鑑証明」は全六回です。
続きます。
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