(一)本人確認
◆ 一 本人確認
赤竜は、しばらく黙っていた。
再契約。
その言葉が、洞窟の奥の熱の中で、ゆっくりと形を持っていくようだった。
財宝は戻る。
けれど、戻れば終わるわけではない。
契約を果たせなかったという感覚。
守護者としての威厳を失ったように感じていること。
そして、そもそもその契約が、現代の制度で扱うには古すぎること。
メルセナ・オルブライトは、そのすべてを混ぜずに並べた。
赤竜は、怒りを消したわけではない。
だが、少なくとも話を聞いていた。
「再契約をすると言ったな」
赤竜が低く言った。
広間の熱が、声に合わせて震える。
リオル・ロステルは、思わず背筋を伸ばした。
赤竜の言葉は質問というより、確認だった。
メルセナは頷く。
「はい。ただし、すぐにはできません」
「なぜだ」
「あなたの現代制度上の本人確認が必要です」
赤竜の瞳が、わずかに細くなった。
「本人確認」
リオルも思わず言った。
「赤竜本人なのに?」
その言葉に、後方から静かな声が返ってきた。
「本人であることと、制度上本人と確認できることは別です」
ミレイユだった。
先ほどまで後方の記録位置に控えていたが、メルセナの合図を受け、広間の入口付近まで進んできている。
腕には、耐熱処理された記録板と、分厚い書類束を抱えていた。
こんな場所で書類。
リオルは一瞬、赤竜よりそちらの方に現実感を失いかけた。
カイル・レイヴァンが小声で言う。
「本当にここで始めるのですか」
「ここでしかできません」
メルセナは淡々と答えた。
「本人がいます」
「本人が竜ですが」
「なおさらです」
赤竜が、ミレイユの持つ書類束を見た。
「我を見ても、我だと分からぬのか」
「分かります」
メルセナは即答した。
「ですが、書類に残す必要があります」
「書類」
赤竜は、その単語を噛むように繰り返した。
リオルは横から小さく呟く。
「先生、赤竜が書類に負けそうです」
「負けません」
メルセナは言った。
「通します」
「通すんですね」
「はい。契約ですので」
赤竜はしばらく沈黙した。
そして、不本意そうに言った。
「契約ならば、仕方ない」
リオルは、少しだけ赤竜への印象を改めた。
怒っている。
怖い。
巨大で、熱だけで人の村を燃やせる存在。
けれど、契約という言葉には真面目に反応する。
この赤竜は、契約を軽く見ていない。
むしろ、重く見すぎている。
ミレイユが記録板を開いた。
「まず、確認項目を整理します」
「項目」
赤竜がまた繰り返す。
「この赤竜が、旧財宝守護契約の守護者本人であること。旧契約の守護対象と現在の財宝が対応していること。契約相手が不在であること。旧契約が現代制度へ未移行であること。現在も意思表示可能な知性を持つこと。再契約に同意できる主体であること」
リオルは、途中から少し遠い目になった。
「急にギルドの奥の部屋みたいになりました」
ミレイユは淡々と返す。
「実際、ギルドの奥の部屋で行うべき内容です」
「ここ、赤竜の洞窟ですけど」
「出張手続きです」
赤竜が低く唸った。
「人間は、面倒なことを持ち込む」
メルセナは静かに言う。
「古い契約を現代の形へ移すには、必要です」
「我が、我であることを示せばよいのだな」
「はい」
「何で示す」
ミレイユが少しだけ顔を上げた。
「財宝目録です」
赤竜の瞳が、わずかに動く。
「目録などない」
「あります」
メルセナが言った。
「あなたが覚えています」
赤竜は、当然のように答えた。
「当然だ」
リオルも、もう驚ききれずに言った。
「当然なんだ……」
「当然だ。守るものを覚えずに、何を守る」
ミレイユは記録板に筆を置いた。
「では、照合を始めます」
※第13話「竜の印鑑証明」は全六回です。
続きます。
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