(三)財宝、契約、威厳
◆ 三 財宝、契約、威厳
「怒りを分けます」
メルセナが言った。
赤竜の目が細くなる。
「分ける?」
「はい」
メルセナは、声を落とさず続けた。
「第一に、盗まれた品そのもの。第二に、守護契約を果たせなかったと感じていること。第三に、その結果として守護者としての威厳が失われたように感じていること」
赤竜は、じっとメルセナを見た。
リオルはその視線だけで足がすくみそうだったが、メルセナは平然としていた。
「この三つは、似ていますが同じではありません」
「人間は、よく切る」
「切り分けなければ、戻せるものと戻せないものを間違えます」
リオルは小さく繰り返した。
「戻せるものと、戻せないもの」
「品は戻せます」
メルセナは言った。
「ですが、守れなかったと感じている事実は消せません。威厳も、ただ物を返せば戻るとは限りません」
赤竜が低く唸る。
それだけで、壁の古い文字が熱を帯びたように見えた。
「ならば、どうする」
「順に扱います」
メルセナは、カイルへ視線を向けた。
カイルが、布に包まれたものを慎重に前へ出す。
赤竜の瞳が、そこで明らかに変わった。
金色の目が、細く、鋭く、熱を帯びる。
「盗まれたと見られる品は、回収しています」
「出せ」
赤竜の声が低く響いた。
カイルの肩に力が入る。
リオルも思わず身構えた。
だが、メルセナはすぐには布を開かなかった。
「確認のために示します。返還条件は、この後に詰めます」
「条件だと?」
赤竜の熱が増す。
空気が鳴った。
カイルが一瞬だけ前へ出そうになる。
メルセナは片手でそれを制した。
「はい。返すだけで終わる問題ではないと、あなた自身が示しました」
赤竜の目が、わずかに揺れた。
怒りではない。
言われたことを理解した揺れだった。
「返せば終わるなら、交渉は不要です。ですが、あなたは契約を果たせなかったこと、威厳が傷ついたことに怒っている。ならば、品の返還だけでは不足します」
赤竜は黙った。
メルセナは、そこで布を開いた。
翼の意匠。
赤黒い筋。
風の形をしながら、火を帯びた古代魔道具。
リオルは、前にも見たその魔道具を、もう一度見た。
風の道具だったはずなのに、近くにあるだけで熱い。
火の精霊力が強すぎる。
赤竜の火に長く晒され、変質したもの。
赤竜は、それを見た。
長い沈黙が落ちた。
やがて、赤竜が言った。
「……それだ」
その声は、怒りだけではなかった。
痛みに近いものがあった。
リオルにはそう聞こえた。
メルセナは布を完全には外さず、魔道具を示したまま聞く。
「これを戻せば、あなたは村を焼くことをやめますか」
赤竜は答えなかった。
リオルは、思わず赤竜を見る。
「赤竜……」
赤竜は、魔道具を見つめたまま言った。
「我は、守れなかった」
メルセナが頷く。
「つまり、品の返還だけでは足りない」
「守る契りを結び、守れなかった。その事実は、戻らぬ」
「はい」
メルセナは、否定しなかった。
慰めもしなかった。
ただ、事実として受け止めた。
「ですから、契約の問題に入ります」
※第12話「赤竜、交渉か?」は全六回です。
続きます。
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