(三)戻って地図になる
◆ 三 戻って地図になる
「二百体を四班に分けます」
メルセナは洞窟入口から見える左右の通路を指した。
「第一班、五十体。右通路の右壁。第二班、五十体。右通路の左壁。第三班、五十体。左通路の右壁。第四班、五十体。左通路の左壁」
ミレイユが記録する。
「中央は使わないのですね」
カイルが確認した。
「使いません。中央は大型ガーディアンの通路になりやすい。足音や振動が伝わりやすく、隠れる場所も少ない」
メルセナは、足元のハツカネズミたちを見る。
「壁沿いに進ませます。壁沿いなら、隙間に逃げ込める。分岐を見つけやすい。壁の熱や振動も感じやすい」
「この子たち、地図は描けませんよ?」
リオルが言うと、メルセナは頷いた。
「描けなくて構いません。どこで分かれたか、何がいたか、大きいか小さいか、戻れそうか危ないか。それだけ分かれば十分です」
「十分なんですか?」
「前提があります。ここは洞窟で、赤竜がいて、ガーディアンがいる。前提が正しければ、断片でも地図になります」
「断片でも」
「はい。地図を描くのはハツカネズミではありません。断片を地図にするのが、私たちの仕事です」
メルセナはさらに条件を伝えていく。
「分かれ道があれば、同じルールで分隊を作ります。右壁担当は右壁を、左壁担当は左壁を見ます。報告は必ず元の班へ戻すこと」
リオルは、ハツカネズミたちに言葉を柔らかくして伝える。
「右の壁を見る子。左の壁を見る子。分かれ道があったら、また右と左に分かれる。でも、少なくなりすぎたら戻ってきて」
メルセナが補足する。
「分隊が三匹以下になったら引き返します」
「三匹以下」
「はい。単独行動は禁止。二匹行動も危険。三匹以下は、探索継続ではなく報告帰還の条件です」
「どうして三匹なんですか?」
「周囲を見る目と耳が減るからです。一匹が前を見る。一匹が後ろを見る。一匹が壁際を見る。最低でもそれが必要です」
リオルは足元のハツカネズミを見た。
「危ないところまで行かせるんですか」
「行かせません。危険を見つけたら戻るのが任務です」
「見つけたら戻る」
「はい。死ぬまで進む索敵ではありません。戻って地図になる索敵です」
「戻ることが大事」
「戻らなければ、情報になりません」
リオルは、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
使い捨てではない。
この子たちは、戻るために行く。
地図になるために戻る。
メルセナは撤退条件を読み上げた。
「強い熱。焦げた匂い。大きな足音。床の震え。壁の動き。光る目。滑らかな白いもの。赤黒いもの。動く壁のようなもの。仲間が戻らない場合は追わずに報告。赤竜の気配を感じたら全班撤退」
リオルは一つずつ、ハツカネズミたちへ伝えた。
小さな耳が動く。
小さな鼻が揺れる。
やがて、二百体のハツカネズミが、四つの流れに分かれて洞窟の壁沿いへ散っていった。
リオルは不安で、思わず言った。
「この子たち、奥から僕に話しかけられるわけじゃないですよ」
「分かっています。遠距離念話は前提にしません」
「じゃあ、どうやって報告を?」
「戻ってもらいます。分隊から班へ。班からこちらへ。報告を段階的に戻します」
「伝言みたいに?」
「はい。ただし、誰が見た情報かを消してはいけません」
カイルが頷く。
「報告が遅れる前提で動くわけですね」
「はい。即時性より、確実性を優先します」
メルセナは洞窟図の上に四つの大きな線を引いた。
「小さな偵察員たちが、戻ってきて報告することで成立する地図作りです」
※第11話「ハツカネズミ二百体の地図」は全六回です。
続きます。
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