(一)赤竜の戻る場所
◆ 一 戻る場所
古い魔道具は、厚手の布の上に置かれていた。
翼の意匠を刻まれた、風の魔道具。
ただし、今は風ではない。
近づくだけで肌が熱を拾い、四精霊の反応は火に大きく偏った。元は中級風魔法を補助する程度の魔道具だったはずなのに、今では上級火魔法に相当する力を持っている。
長く、強い火の精霊力に晒され続けた結果。
メルセナ・オルブライトは、その判断をすでに下していた。
「赤竜の守護物と見て、ほぼ間違いありません」
仮設本部の空気が、そこで一段重くなる。
リオル・ロステルは、布の上の魔道具を見た。
風の翼を刻まれながら、火に焼かれた道具。
これを赤竜が守っていたのだとすれば、赤竜が人間を探していた理由になる。
だが、理由が見えたからといって、赤竜が止まるわけではない。
カイル・レイヴァンが地図を広げた。
「魔道具の確認結果を受け、赤竜の住処特定を優先します」
ミレイユ・グレインも、ギルド側の記録束を机に置く。
「ギルド側では、古代文献、守護契約、竜に関する記録を照会します」
リオルは顔を上げた。
「赤竜を探すんですか?」
「違います」
メルセナは即答した。
「赤竜そのものを追うのではありません」
「違うんですか?」
「はい。赤竜の戻る場所を探します」
「戻る場所……住処ですか」
「はい」
メルセナは地図の上に指を置く。
「赤竜を直接追うのは危険すぎます。仮に発見できても、こちらが接触する前に焼かれる可能性が高い。追い立てれば、被害はさらに広がります」
リオルは、燃えた村のことを思い出した。
赤竜が暴れた場所では、人間が主導権を持てない。
「では、どうして住処ならいいんですか」
「守護している場所だからです」
メルセナの声は淡々としていた。
「赤竜が守護者であるなら、その場所では無闇に暴れられません。自分が守るもの、自分の居場所、自分の役割。その中心にいる時の方が、外で探し回っている時より冷静になれる可能性があります」
カイルが頷く。
「相手の懐が、最も危険で、最も安全ということですか」
「はい」
リオルは思わず地図を見た。
相手の懐。
そんな場所に行くことを、安全と呼んでいいのかは分からない。
だが、村を焼きながら動き回る赤竜を追うよりは、まだ交渉の形を作れる。
「目的は討伐ではありません」
メルセナは言った。
「赤竜の怒りの理由を確認し、止めることです。そのためには、まず戻る場所を特定します」
ミレイユが記録板を立てた。
「班を分けます。文献調査班、聞き込み班、鳥班、追跡獣班、記録整理班」
カイルが王国側の書類をまとめる。
「王国軍、地方防衛会議、街道警備は私が取りまとめます」
「ギルド記録と文献照会はこちらで」
ミレイユが続ける。
メルセナは全員を見る。
「情報は混ぜないでください」
リオルは瞬きをした。
「混ぜない?」
「はい。文献は文献。証言は証言。鳥の報告は鳥の報告。追跡獣の反応は追跡獣の反応。最初から一つの結論へ寄せると、間違えます」
「最後に重ねるんですね」
「正確です」
メルセナは地図の余白へ、四つの欄を作った。
文献。
聞き込み。
鳥。
追跡獣。
その下に、まだ空白の大きな欄がある。
重ね合わせ。
そこへ、これから赤竜の戻る場所が落ちるのだと、リオルは思った。
※第10話「西の山脈の守護者」は全五回です。
続きます。
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