(六)風の翼、火の熱
◆ 八 風の翼、火の熱
商人が確保されたのは、夕方近くになってからだった。
場所は北東街道の検問所。
カイルが王国側の権限で荷を確認し、ミレイユがギルド記録を照合した。
商人は丸い体格で、細い目をしていた。
短いあごひげもある。
リオルは、鳥たちの報告を思い出して、少しだけ気まずくなった。
ぷくぷく。
かなり合っていた。
「待ってくれ。ただ買っただけだ」
商人は汗を拭きながら言った。
「珍しい古物だって言われて、買っただけで。盗品だなんて知らなかった」
「知っていたかどうかは後で確認します」
メルセナが言った。
「今は荷を見ます」
「俺は本当に」
「黙っていてください」
「はい」
商人はすぐに口を閉じた。
荷の奥から、赤い布で包まれたものが取り出される。
布を開いた瞬間、リオルは一歩下がった。
熱い。
火が見えるわけではない。
けれど、近くにいるだけで、肌の表面が焼けるような気配がある。
布の中にあったのは、古い魔道具だった。
腕輪にも、短い杖にも見える。
金属とも石ともつかない材質。
表面には、翼の意匠が刻まれている。
だが、その翼の溝には、焦げたような赤黒い筋が走っていた。
「これ、羽ですか?」
リオルが尋ねる。
ミレイユが慎重に記録する。
「翼の意匠ですね。古い風属性の魔道具によく使われます」
「風の魔道具?」
カイルが眉を寄せる。
「でも、近くにいると熱いです」
リオルは言った。
メルセナが魔道具を見下ろす。
「ええ。風の意匠ですが、火が強すぎます」
「妙です」
ミレイユが言った。
「魔道具反応はあります。ただし、通常の火魔道具とも風魔道具とも一致しません」
商人が小さく声を上げた。
「だから俺は知らないんだ。ただ、珍しい古物だって」
「黙っていてください」
「はい」
メルセナは魔道具へ手をかざした。
すぐには触れない。
熱を見ている。
魔力を見ている。
その奥にある何かを、確かめているようだった。
「確認します」
メルセナは静かに言った。
「火、水、風、土。小精霊を呼びます」
リオルは目を瞬かせた。
「四精霊って、そんな簡単に」
「確認用の小精霊です。大げさなものではありません」
メルセナの足元に、小さな四つの召喚陣が灯った。
◆ 九 四精霊
最初に現れたのは、火の小精霊だった。
小さな炎の粒のような姿をしている。
火の小精霊は、魔道具を見た瞬間、ふわりと近づいた。
喜んでいるようにも見える。
警戒しているようにも見える。
ただ、強く反応していることだけは分かった。
次に、水の小精霊が現れた。
水滴のような体を震わせると、すぐに距離を取った。
嫌がっている。
風の小精霊は、翼の意匠へ近づいた。
だが、中心部へ触れようとした瞬間、横へ逃げるように流れた。
最後に土の小精霊が現れる。
土の小精霊は、ほとんど動かなかった。
重く、鈍い反応だけを示す。
メルセナは四つの反応を見た。
「精霊バランスが火に大きく寄っています」
「風の意匠なのに」
ミレイユが呟く。
「元は風。現在は火。そう見るのが自然です」
「変質、ですか」
カイルが言った。
「はい」
リオルは魔道具を見た。
「変質って、属性が変わるんですか」
「変わることがあります。極めて稀ですが」
メルセナは翼の意匠を指した。
「この意匠と構造を見る限り、元は風魔法の適性がない者でも中級風魔法を扱えるようにする魔道具です」
「中級風魔法」
「風を起こす。風の刃を作る。短距離の浮遊補助。煙や霧を払う。音や匂いを散らす。そうした用途でしょう」
「じゃあ、もともとは便利な風の道具だった」
「はい。高級ではありますが、戦略兵器ではありません」
メルセナは、赤黒い筋へ視線を移す。
「ですが、現在の出力はそれを超えています」
カイルが確認する。
「火属性に変わっただけではない?」
「格が上がっています」
ミレイユの筆が止まった。
「格上がり、ですか」
「はい。現在は、上級火魔法に相当する力を扱える魔道具です」
リオルは息をのんだ。
中級風魔法の道具が、上級火魔法の道具になっている。
属性が違うだけではない。
強くなっている。
「そんなことがあるんですか」
「あります」
メルセナは答えた。
「極めて稀ですが」
「原因は」
カイルが問う。
「長期間、強い火の精霊力に晒された結果でしょう」
その場にいる全員が、同じものを思い浮かべた。
赤竜。
巨大な赤い竜影。
森を焼いた火。
二つの村を燃やした熱。
「赤竜が守護していたものと見て、ほぼ間違いありません」
メルセナは言った。
その言葉で、リオルの胸が重くなる。
鳥たちが見つけた赤い包み。
商人の荷。
翼の意匠。
火へ変質した魔道具。
それは、赤竜が探していたものなのかもしれない。
◆ 十 竜に守らせる理由
「竜に財宝を守らせるのって、強いからじゃないんですか?」
リオルは、魔道具を見ながら尋ねた。
メルセナは小精霊たちを帰還させてから答えた。
「それも理由です」
「それも?」
「竜の精霊力や属性力に長く晒されることで、財宝や魔道具が変質する場合があります」
ミレイユが補足する。
「保管と強化を兼ねた守護ですね」
カイルが少しだけ眉を動かした。
「古い権力者が好みそうな話です」
「実際に、そうした例はあります」
メルセナは言った。
リオルは魔道具を見た。
風の翼。
火の熱。
長い時間、赤竜のそばにあったもの。
「じゃあ、この魔道具もそのために?」
「そこまでは分かりません」
「分からない?」
「この魔道具が赤竜の火の精霊力に長く晒されていたことは分かります。赤竜が守っていたものと見るのが妥当です。ですが、守らせた者が強化を狙っていたかまでは分かりません」
「事実と、意図は別」
「正確です」
リオルは黙った。
事実として、魔道具は赤竜の火に染まっている。
事実として、格も上がっている。
事実として、赤竜は何かを探していた。
でも、誰が、なぜ、それを赤竜に守らせたのかは分からない。
過去の誰かの意図までは、今の自分たちには届いていない。
「この魔道具が赤竜の守護物なら、赤竜が人間を探していた理由になります」
カイルが言った。
「盗んだ者、売った者、買った者。どこまで知っていたかを確認する必要があります」
ミレイユが記録する。
商人は、顔を青くしていた。
「俺は、本当に知らなかったんだ。珍しい古物だって言われて、少し高く売れると……」
「それは後で確認します」
メルセナは淡々と言った。
リオルは魔道具を見つめたまま尋ねる。
「これを返せば、赤竜は止まりますか?」
「分かりません」
「分からない」
「赤竜が求めているのが、この魔道具そのものなのか。盗まれたという事実への怒りなのか。あるいは、もっと別のものなのか。まだ分かりません」
「でも、原因には近づいた」
「はい」
メルセナは魔道具の上に布をかけた。
「確実に近づきました」
◆ 十一 報告書
夜になっても、仮設本部の灯りは消えなかった。
ミレイユは鳥たちの報告を報告書にまとめている。
鳥の表現。
リオルの解釈。
人間側の照合結果。
人相書きへの反応。
四つを分けて、丁寧に書いていく。
ぷくぷく。
赤い包み。
熱い荷。
嫌がる馬。
翼の模様。
木陰の黒ずくめ。
小さい袋。
ちゃり。
水場。
道じゃない道。
もっとぷくぷく。
目細い。
あごひげあごひげ。
黒い髪。
ぼろぼろの黒い布。
腰の光るもの。
足、音ない。
こいつ、そっくり。
それらは、最初はばらばらだった。
人間の言葉にもなりきっていなかった。
証拠とは呼べない、小さな断片だった。
けれど、捨てなかった。
混ぜなかった。
鳥の見たものとして残し、リオルの解釈として残し、メルセナの人相書きで確認し、人間の記録と照合した。
その結果、赤い包みの商人へ辿り着いた。
商人の荷から、古い魔道具が見つかった。
風の翼を刻まれながら、火に焼かれた道具。
赤竜の火の精霊力に、長く晒され続けたもの。
リオルは、窓枠で眠りかけている鳥を見た。
「ありがとう」
小さく言うと、その鳥は片目だけを開けた。
それから、また目を閉じる。
リオルは少しだけ笑った。
鳥たちが運んできたのは、言葉になりきらない断片だった。
ぷくぷく。
赤い包み。
熱い荷。
嫌がる馬。
翼の模様。
こいつ、そっくり。
そのひとつひとつを繋げた先に、古い魔道具があった。
風の翼を刻まれながら、火に焼かれた道具。
それは、赤竜が守っていたものと見て、ほぼ間違いなかった。
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