(五)ぷくぷくそっくり
◆ 六 人相書き
鳥たちの報告は集まっていた。
ぷくぷく。
目、細い。
あごひげ。
赤い包み。
馬が嫌がった。
熱い荷。
黒ずくめの人物。
木のかげ。
赤い包み、黒ずくめの人物からぷくぷくへ。
小さい袋、ぷくぷくから黒ずくめの人物へ。
ちゃり。
情報は多い。
だが、それだけでは人間側の記録と結びつけるには足りなかった。
「鳥たちは、顔を覚えているんですよね」
リオルが尋ねると、メルセナは頷いた。
「覚えています。特に、自分にとって印象の強い人間はよく覚えます」
「じゃあ、この人、って分かるんじゃないですか?」
「鳥同士なら分かるでしょう。ですが、人間の記録にある名前や商会名とは結びつきません」
「あ……」
「鳥にとっては、ぷくぷくで、目が細くて、あごひげで、赤い包みを持っていた人です。人間側では、どこそこの商人、何某商会の誰々、という記録になります」
メルセナは紙を一枚取った。
「その間を繋ぐために、人相書きを作ります」
「鳥に見せるんですか?」
「はい。鳥たちが覚えている顔を、人間側の記録へ変換するための補助です」
メルセナは炭筆を持った。
綺麗な絵ではない。
顔を飾るためのものでもない。
特徴を拾うための線だった。
丸い頬。
細い目。
短いあごひげ。
厚い首。
荷を抱える時の肩の下がり方。
メルセナは最初の人相書きを鳥へ向けた。
鳥は首を傾げた。
「ぷくぷく」
「見た人ですか?」
リオルが聞く。
「ちがう。ぷくぷく、ちがう」
「ぷくぷく具合が違うみたいです」
「分かりました」
メルセナは輪郭を描き直した。
頬をもう少し丸くする。
顎を少し短くする。
首元を太くする。
鳥が羽を膨らませた。
「もっとぷくぷく」
「もっとだそうです」
「では、さらに」
メルセナは迷わず直した。
ミレイユが横で記録する。
「鳥の反応、初稿は不一致。修正点、輪郭、頬、首回り」
次に、メルセナは目を描いた。
鳥がすぐに鳴いた。
「目、細い」
「もっと細い?」
「細い。目、細い」
「はい」
目を細くする。
眉の位置を下げる。
目尻を少し上げる。
別の鳥が近づいてきた。
「あごひげ。あごひげ」
「ひげが足りないみたいです」
「短いですか。濃いですか」
リオルが鳥に聞く。
鳥は嘴で自分の胸元をつつくような仕草をした。
「あご。黒い。ちょこ」
「顎に短く濃い髭」
メルセナは頷き、あごの線を濃くした。
鳥たちが少し騒がしくなる。
「ぷくぷく」
「目、細い」
「あごひげ」
「赤い包み」
リオルは人相書きを見た。
最初より、確かに顔になっている。
ただの丸い商人ではない。
鳥たちが見た誰かに、近づいている。
だが、メルセナはまだ筆を止めなかった。
「鳥が見たのは正面とは限りません。横顔も作ります」
「横顔も?」
「はい。荷を受け取る時、鳥は横から見ていた可能性があります」
メルセナは二枚目の紙に、横顔を描いた。
丸い頬。
細い目。
短いあごひげ。
少し下がった肩。
赤い包みを受け取る手。
それを見た瞬間、窓枠の鳥が大きく鳴いた。
「こいつ」
リオルは顔を上げた。
「え?」
「こいつ。見た」
別の鳥も続いた。
「ぷくぷくそっくり」
「目細い」
「あごひげあごひげ」
「赤い包み」
「こいつ、そっくり」
鳥たちの反応が、一気に強くなった。
メルセナは筆を置く。
「これで候補を絞れます」
カイルが人相書きを受け取った。
「街道警備の記録に照会します」
ミレイユも通信水晶へ手を伸ばす。
「ギルド側では、古物鑑定相談の受付記録と照合します」
リオルは人相書きを見た。
鳥たちは顔を覚えていた。
ただ、人間の名前では覚えていなかった。
ぷくぷく。
目が細い。
あごひげ。
赤い包み。
その断片を、人間の記録へ繋げるために、メルセナが顔へ戻したのだ。
「鳥の報告だけでは、名前には届きません」
メルセナが言った。
「ですが、鳥は見たものを覚えています。こちらが、鳥の記憶に合う形を作ればいい」
「鳥に分かる形で確認する」
「はい」
リオルは小さく頷いた。
報告書だけではない。
人相書きも、翻訳なのだ。
◆ 七 赤い包みの商人
黒ずくめの人物ではなく、商人を追う。
リオルには、最初それが少し不思議だった。
だが、地図を見れば理由は分かった。
黒ずくめの人物は、鳥でさえ見失いかけている。
名前もない。
行き先もない。
荷馬車もない。
残った特徴は、黒い髪、黒い服、ぼろぼろの黒いマント、腰の光るもの、静かな足音。
怪しい。
だが、追いにくい。
一方で、商人には荷馬車がある。
水場を通った記録がある。
古物鑑定相談の記録がある。
そして、赤い包みを受け取った可能性が高い。
もし赤竜が探しているものがその包みの中にあるなら、先に押さえるべきは商人だった。
人相書きは、すぐに街道警備へ回された。
結果が戻るまで、長くはかからなかった。
「該当者がいます」
カイルは人相書きと街道記録を並べた。
「北東街道の第三水場を昨日午後に通過した商人。丸い体格、細い目、短いあごひげ。荷馬車一台。赤布で包んだ古物を積んでいたとの記録があります」
ミレイユも通信水晶から顔を上げる。
「ギルド側にも一致する相談記録があります。古物鑑定の事前相談。登録商人ではありませんが、名前は残っています」
「鳥の報告との一致点は」
メルセナが尋ねる。
ミレイユは記録を読み上げる。
「体格、目、あごひげ、赤い包み、水場、馬が荷を嫌がった反応。加えて、木陰で黒ずくめの人物と接触した可能性」
カイルが続ける。
「鳥の報告では、赤い包みが黒ずくめの人物から商人へ。小袋が商人から黒ずくめの人物へ移っています」
「商取引の可能性が高いですね」
メルセナは言った。
「ただし、盗品と知っていたかは別です」
「はい」
カイルが頷く。
「商人を確認します」
「荷も確認してください」
「承知しました」
リオルは記録板を見る。
鳥の原文。
リオルの解釈。
人相書き。
街道記録。
ギルド記録。
それらが重なって、一人の商人へ近づいていた。
それでも、メルセナは犯人とは言わない。
取引した可能性が高いこと。
盗品と知っていたかどうか。
その二つを、まだ混ぜていなかった。
※第9話「鳥百羽の報告書」は全六回です。
続きます。
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