(二)百羽の空
◆ 二 十羽ずつ
リオルは外へ出た。
仮設本部の前に広がる草地には、簡易の召喚陣が描かれている。
その周囲に、メルセナ、カイル、ミレイユが立つ。
空は晴れていた。
煙は遠くに残っているが、風は弱い。
鳥たちを飛ばすには、悪くない。
リオルは胸の前で手を合わせた。
「来られる子だけでいい」
淡い光が足元に広がる。
「怖い場所へは行かなくていい。煙が濃いところや、危ないところには近づかなくていい。見たものを覚えて、戻ってきて」
一羽。
二羽。
三羽。
小鳥たちが召喚陣から現れる。
羽の色も、大きさも、少しずつ違う。
十羽が揃ったところで、メルセナが静かに右手を上げた。
「第一班、調査指揮を受け取ります」
リオルは頷いた。
「第一班の調査指揮を、メルセナ先生へ委任します。魔力負担は、先生が九割、僕が一割です」
召喚陣の光が少しだけ変わった。
同時に、リオルの肩から重さが抜ける。
「……軽くなりました」
「魔力維持の九割はこちらで負担しています」
「本当に違います」
「ただし、あなたの一割は残っています。負担が積み上がれば、そこで止めます」
「はい」
メルセナは鳥たちを見る。
「あなたたちは、人の集まる場所を見てください。水場、休憩地、道の曲がり角、荷馬車が止まる場所。人が人目を避ける場所。何かを渡している場所。無理に近づかず、見たものを覚えて戻ること」
鳥たちは首を傾げた。
メルセナは少し言い換える。
「水のところ。車が止まるところ。木のかげ。人がこそこそするところ。ものが、こちらからあちらへ移るところ」
数羽が、小さく鳴いた。
リオルは驚いた。
「先生、鳥に合わせて言い直してるんですね」
「はい。指示は、相手に通る形で出します」
「人間向けの依頼文じゃ駄目なんですね」
「駄目です。鳥に『盗品の流通経路を確認してください』と言っても、鳥は困ります」
「それは僕でも少し困ります」
「あなたは、もう少し困らないようになってください」
「はい」
第一班が飛び立つ。
続いて、リオルは第二班を呼ぶ。
また十羽。
また、リオルは呼びかける。
怖ければ戻ること。
煙に入らないこと。
竜を見ても近づかないこと。
見たものを覚えて戻ってくること。
第二班の調査指揮がメルセナへ委任される。
魔力負担が、メルセナ九割、リオル一割へ移る。
メルセナは第二班にも、鳥に通る言葉で行き先を伝えた。
水のところ。
車が止まるところ。
木のかげ。
人がこそこそするところ。
ものが、こちらからあちらへ移るところ。
第三班。
第四班。
第五班。
鳥が増えていく。
空に、点が増えていく。
リオルは汗をかいていた。
それでも、倒れそうな重さではない。
いつもなら十羽で詰まるところを、メルセナが支えている。
自分が呼ぶ。
先生が支える。
先生が、鳥に分かる形で指揮する。
それが、今の運用だった。
「まだ続けられますか」
第六班を終えたところで、メルセナが尋ねた。
「はい。少し重いですけど、まだ大丈夫です」
「鳥たちは」
リオルは空を見た。
鳥たちは、嫌がってはいない。
むしろ、呼ばれたことを不思議がりながらも、空へ散っていく。
「大丈夫そうです。怖がってる子は戻します」
「よい判断です」
第七班。
第八班。
第九班。
リオルの一割負担は、確かに積み上がっていた。
胸の奥に、薄い重さがある。
だが、限界ではない。
鳥たちとの繋がりは切れていない。
「第十班、調査指揮を受け取ります」
メルセナが最後の班を受け取った時、空には百羽の鳥がいた。
リオルは息を吐いた。
「百羽……」
「成立しましたね」
メルセナが言った。
「僕、そんなに呼べたんですか」
「あなた一人の魔力量で維持しているわけではありません」
「はい。それは分かります」
「ですが、呼んだのはあなたです」
リオルは空を見上げた。
百羽の鳥が、十の流れに分かれていく。
「どうして、こんなに来てくれたんでしょう」
「おそらく、あなたの関係性が個体で止まっていないからです」
「個体で止まっていない?」
「親鳥。その雛。さらにその雛。同じ餌場にいた鳥。近くの群れ。あなたに応じた鳥の周囲にいる鳥たちへ、関係が広がっている可能性があります」
「僕が直接知っている鳥だけじゃない」
「はい。ただし、これは推測です」
「推測」
「実際に百羽が応じた。その結果から見た推測です。最初から百羽呼べると分かっていたわけではありません」
リオルは、空を飛ぶ鳥たちを見た。
自分が呼んだ。
けれど、自分だけで支えているわけではない。
自分が知っている鳥だけが来たわけでもない。
関係が、思っていたより広かった。
「僕が呼び、先生が支えて、先生が使える形にする」
「はい」
メルセナは地図を広げた。
「ここからが本番です」
◆ 三 十チームの空
「百羽を十羽一組、十チームにします」
メルセナは地図の上に十の印を置いた。
「第一班、ロウゼ村周辺。第二班、カンナ村周辺。第三班、北東街道北側。第四班、北東街道南側。第五班、休憩地と水場。第六班、古物商が立ち寄る市周辺」
ミレイユがそのまま記録する。
「第七班、避難民の移動路。第八班、荷馬車の迂回路。第九班、森の縁と山側へ続く地形。ただし、焼け跡の奥や熱の残る場所には近づかない。第十班、予備、連絡、再確認」
「熱いところには行かせないんですね」
リオルが確認する。
「行かせません」
メルセナは即答した。
「今回は赤竜を探す調査ではありません。人と荷の流れを見る調査です」
「はい」
「各班は十羽一組。先頭、左右、後続、戻り役を作ります。見落としを減らし、迷子を避けるためです」
カイルが地図を見ながら言う。
「最初から五羽ではないのですね」
「最初は目印合わせが必要です」
メルセナは答えた。
「鳥の目印と人間の地図は違います。鳥は川の光り方、屋根の色、木の形、風の流れで覚えます。人間は村名と街道名で記録します」
リオルは思い出した。
鳥にとっての道と、人間にとっての道は違う。
鳥は地図を見て飛ぶわけではない。
「太陽が最も高くなったら、各班は五羽ずつに分かれてください」
「鳥たち、正午って分かるんですか?」
「人間の時刻は分かりません。だから太陽の高さで伝えます」
「太陽が一番高くなったら」
「はい。鳥に通る言葉で指示します」
カイルが頷く。
「十羽で広く、太陽が高くなった後は五羽で細かく」
「はい」
ミレイユが記録欄を二つに分けた。
「太陽が高くなる前の報告と、その後の報告で分けます」
「お願いします」
リオルは空を見上げる。
鳥たちが、広がっていく。
百羽。
ただの数ではない。
班があり、役割があり、戻る条件がある。
見に行くものと、見に行かないものがある。
数が力になるのは、整理する人がいる時だけなのだと、リオルは少しずつ分かり始めていた。
※第9話「鳥百羽の報告書」は全六回です。
続きます。
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