(一)十羽を超える契約
◆ 一 足取りではなく、流れ
リグル村の仮設本部には、朝から紙と地図が積まれていた。
燃えた二つの村。
避難民の証言。
赤竜が人を見ていたという記録。
気配を消す盗賊。
それらは昨日まで、別々の点だった。
だが今は、一本の線になりかけている。
赤竜が人間を探していた。
ならば、人間側が何かをした可能性がある。
その中で最も太い線は、赤竜から何かを盗んだ者がいること。
そして、北東街道沿いには、気配を消す盗賊の噂がある。
カイル・レイヴァンは、街道警備から届いた記録を机に並べた。
「気配を消す盗賊の足取りを追うには、人手が足りません」
ミレイユ・グレインも記録板を抱えたまま頷く。
「ギルド側の護衛相談、盗難報告、魔力感知記録を照合していますが、点が散りすぎています。正式依頼になっていない相談も多く、追跡線としては弱いです」
リオル・ロステルは、地図の上に散った小さな印を見た。
盗難があった場所。
盗賊らしき噂があった場所。
荷馬車が立ち寄った休憩地。
避難民が通った道。
街道警備が巡回した地点。
確かに、ばらばらだった。
「鳥を使いますか?」
リオルが尋ねると、メルセナ・オルブライトはすぐに答えた。
「使います。ただし、探すのは盗賊本人だけではありません」
「本人だけじゃない?」
「はい。盗品があるなら、売られた可能性があります」
メルセナは地図の街道沿いに指を滑らせた。
「気配を消す盗賊は、盗品そのものに強い執着を見せていません。危険な場所へ入ること自体に執着しているなら、盗んだ物を持ち続けるとは限りません」
カイルが続ける。
「商人、古物商、荷馬車、休憩地、水場。盗品が流れる先を見ます」
「ギルド側では、怪しい古物の鑑定相談も照会します」
ミレイユが記録板へ書き込んだ。
リオルは少し考える。
「盗賊を探すんじゃなくて、盗んだ後の流れを探す」
「正確です」
メルセナが頷く。
「鳥で広く見ます」
その言葉に、リオルは自然と胸の前で手を合わせかけた。
だが、メルセナがそれを止めた。
「その前に、契約を結びます」
「契約?」
「はい。十羽を超えて運用するための契約です」
「十羽を超えて」
「あなた単独では、鳥十羽前後が限界です。ですが、魔力維持の大部分を私が負担すれば、それ以上の運用が成立する可能性があります」
「何羽まで呼べるんですか?」
「分かりません」
メルセナは即答した。
「分からないんですか」
「はい。あなたの魔力量、鳥たちがどれだけ応じてくれるか、委任後の維持負担がどこまで安定するか。それらを見なければ判断できません」
「じゃあ、やってみるしかない」
「正確です。ただし、無理はさせません」
リオルは手を下ろした。
今までの自分なら、呼べるだけ呼ぼうとしていたかもしれない。
けれど今は、少し違う。
来てくれることと、維持できることは別。
見に行けることと、戻ってこられることも別。
それを、考えなければならない。
「今回の形は、熊の時と逆です」
メルセナが言った。
「熊の時は、私が召喚した熊を、あなたが一部指揮しました」
「はい。準委任でした」
「今回は、あなたが召喚した鳥を、私が調査指揮します」
「逆になるんですね」
「はい。召喚関係はあなた側に残します。鳥たちが応じる理由も、あなたとの関係性です。ただし、調査指揮は私へ委任します」
「魔力は?」
「委任契約や準委任契約では、使用する魔力量を双方で一割から九割まで分配できます」
メルセナは地図の横に、簡易の契約陣を描いた。
「前回も今回も、基本は私が九割を負担します」
「先生が九割」
「はい。あなたは一割を負担します」
「ゼロにはならないんですね」
「なりません。召喚関係があなたに残る以上、完全に切り離すべきではありません。あなたの一割は、鳥たちとの繋がりを保つための魔力でもあります」
「僕は、鳥たちとの繋がりを持ったまま、先生に指揮を任せる」
「正確です」
「じゃあ、僕の役割は」
「召喚。呼びかけ。安心付け。負担確認。そして、必要なら中止を受け入れること」
「中止」
「はい。あなたの負担が上がりすぎれば、そこで止めます。鳥たちが嫌がっても止めます」
リオルは小さく息を吸った。
「分かりました」
「では、十羽ずつ呼んでください。十羽ごとに、調査指揮を私へ委任します。魔力負担は、私が九割、あなたが一割です」
「どこまで増やすんですか?」
「あなたと鳥たちの負担を見ながら決めます」
「最初から数を決めないんですね」
「決めません。数だけを先に決めると、召喚対象にも召喚士にも無理をさせます」
リオルは頷いた。
「来てくれる子だけ。続けられるところまで」
「はい。それが今回の運用です」
※第9話「鳥百羽の報告書」は全六回です。
続きます。
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