(三)赤竜から盗むということ
◆ 四 赤竜を怒らせた人間
「赤竜が人間を探していたとして、何を探すのでしょう」
カイルが尋ねた。
メルセナは地図を見たまま答える。
「人間そのものではないでしょう」
「人間を見ていたのに?」
リオルが言う。
「人間に興味があるのではなく、特定の人間が持つ何か、あるいは特定の人間がしたことに反応している可能性があります」
ミレイユが記録板に線を引く。
「赤竜を怒らせることをした人物がいる」
「または、赤竜から何かを盗んだ人物がいる」
カイルが続けた。
リオルは思わず聞き返した。
「赤竜から、盗む?」
「仮説です」
メルセナはすぐに言った。
「そんなこと、できるんですか」
「通常は不可能です」
「不可能」
「はい」
メルセナは、証言記録を指で押さえた。
「ただし、赤竜が何かを探している。人間を確認している。村を焼いてまで探している。その証言を仮に正しいと置くなら、赤竜にとって重要なものを人間が持ち去った可能性は、候補に入ります」
「でも、赤竜から盗むなんて」
「あり得ないに近いです」
「じゃあ」
「近いだけです。不可能と断定するには、まだ情報が足りません」
リオルは黙った。
あり得ない。
でも、消せない。
最近、何度も似たことを聞いている気がした。
分からないものを、分からないまま置く。
あり得ないものも、証言と状況がそれを指すなら、完全には捨てない。
「可能性は四つ」
メルセナは言った。
「一つ。赤竜を怒らせることをした人間がいる。二つ。赤竜から何かを盗んだ人間がいる。三つ。赤竜と特別な契約、または因縁を持つ人間がいる。四つ。村人の証言が誤認である」
ミレイユがそのまま記録する。
「現時点で、最も太い線は」
カイルが問う。
「赤竜から何かを盗んだ者がいる、です」
メルセナは言った。
リオルは地図を見る。
燃えた二つの村。
避難民の証言。
赤竜。
そして、人間を見ていたという話。
赤竜が人間を探す。
それだけで、何かが大きくずれている気がした。
◆ 五 赤竜から盗むということ
「赤竜から盗むのは、並の盗賊では不可能です」
メルセナは、最初にそう釘を刺した。
「どうしてですか」
リオルが尋ねる。
「魔力で分かります。気配で分かります。熱の流れ、空気の乱れ、地面の振動。赤竜に近づくというだけで、生き物として目立ちます」
「隠れても?」
「隠れたつもりになるだけです」
カイルが続ける。
「魔道具で隠れれば」
「魔力で分かります」
メルセナは即答した。
ミレイユが少し考える。
「精霊具なら」
「人間や番犬相手なら補助になるかもしれません。ですが、赤竜相手に通用するとは考えにくい」
「精霊具でも駄目なんですか」
リオルが聞く。
「駄目とは言いません。ですが、精霊具は基本的に効果が小さい。足音を散らす、匂いを流す、衣擦れを紛らせる。その程度の補助で、赤竜の感知を抜けられるとは考えにくい」
「でも、もし感知を抜けられたら」
「それでも終わりではありません」
メルセナは地図の外側に、小さな円を描いた。
「赤竜は、洞窟や山腹の深い場所を棲み処にすることが多い。仮に財宝や所有物があるなら、簡単に近づける場所には置きません」
「そこへ行くまでに」
「魔獣や地形、熱、空気の薄さ、赤竜の眷属、あるいは罠。障害はいくつも考えられます」
カイルが腕を組む。
「戦闘が起これば、赤竜も気づきます」
「はい」
リオルは眉を寄せた。
「じゃあ、やっぱり無理じゃ」
「無理に近いです」
メルセナは言った。
「しかし、だからといって不可能とは断じません」
「どうしてですか」
「何かしらの手段で、赤竜の感知を避け、洞窟内を移動し、魔獣との遭遇を避け、目的物を持ち去った可能性は、ゼロとは断言できないからです」
「ゼロじゃない」
「はい」
カイルが低く言う。
「あり得ないが、消せない」
「正確です」
ミレイユが記録板の端に、候補として線を引いた。
「赤竜からの盗難可能性。極めて低いが、現時点では棄却不可」
リオルは、その文字を見た。
極めて低い。
でも、消せない。
それが一番怖い気がした。
※第8話「竜は人を見ていた」は全四回です。
続きます。
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