(二)竜は人を見ていた
「分かりました」
メルセナは静かに言った。
「今はそこまでで構いません」
次の証言者は、カンナ村の女だった。
手を握りしめ、ずっと床を見ていた。
「逃げた者を、すぐには焼かなかったんです」
「赤竜が、ですか」
カイルが確認する。
女は頷いた。
「顔を、見ていた。いや、顔かどうかは分かりません。でも、一人一人を……」
「一人一人」
リオルは思わず繰り返した。
女は、リオルの方を見た。
その目は赤く腫れていた。
「あれは、ただ暴れていたんじゃない。誰かを探していたんです」
避難所の奥で、誰かがすすり泣いた。
ミレイユが別の記録板をめくる。
「同様の証言、別の村からもあります。ロウゼ村では、赤竜が広場を見回していた。カンナ村では、逃げる村人を追う時に、即座に焼かず、確認するように頭を下げた、と」
「証言を分けてください」
メルセナが言った。
「焼いた証言と、探していた証言を混ぜないように」
「承知しました」
「恐怖による誤認も候補に入れてください。ただし、二つの村で似た証言が出ている以上、捨ててはいけません」
「はい」
リオルは、避難民たちを見た。
村を焼かれた人たち。
家を失った人たち。
逃げてきた人たち。
その人たちが、同じようなことを言っている。
赤竜は、何かを探していた。
人を、一人一人見ていた。
その言葉が、火よりも怖かった。
◆ 三 竜が人を見る
竜が村を焼いた。
それだけなら、恐ろしいが、まだ分かる気がした。
怒り狂った巨大な存在が、目の前のものを壊す。
火を吐き、家を焼き、森を焦がし、人を逃げ惑わせる。
そんな光景なら、想像できてしまう。
想像できてしまうこと自体が嫌だった。
けれど、人を一人一人見ていた、という証言は違った。
竜が人を見ていた。
人間を、人間として見分けようとしていた。
その方が、ただ焼かれたという話よりも、ずっと怖かった。
避難所を出たあと、リオルはメルセナに尋ねた。
「先生、赤竜って、人間を見分けるんですか」
「通常は、見分けません」
「見分けない」
「赤竜にとって、人間は小さすぎます。敵として認識することはあっても、一人一人を確認する対象ではありません」
「じゃあ、どうして」
「そこが問題です」
メルセナは、避難所の外に置かれた粗い木机の前に立った。
ミレイユが証言記録を広げる。
カイルが地図を置く。
二つの村の位置。
燃えた範囲。
避難民の移動経路。
赤竜の目撃位置。
「赤竜が村を焼くこと自体は、あり得ます」
「あり得るんですか」
「怒れば、です」
メルセナは淡々と言った。
「ですが、怒りで焼くなら、探す必要はありません」
カイルが頷く。
「破壊そのものが目的なら、村人の顔を確認する意味がない」
「はい」
ミレイユが記録を確認する。
「二つの村で、何かを探しているようだった、という証言が出ています」
「証言をそのまま信じすぎてはいけません」
メルセナは言った。
「ですが、二つの村で似た証言があるなら、捨てることもできません」
「赤竜が人間を探していた、としたら」
リオルは言った。
「通常ではあり得ません」
メルセナが即答した。
リオルの喉が鳴る。
「あり得ないのに、そう見えた」
「はい」
「じゃあ、あり得ない理由がある」
メルセナが、少しだけリオルを見た。
「よい整理です」
リオルは嬉しくはならなかった。
今の答えは、褒められても怖いだけだった。
※第8話「竜は人を見ていた」は全四回です。
続きます。
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