(四)植物は何を見たか
## 五 植物は何を見たか
地図に火災範囲を書き込みながら、リオルはふと思った。
森が焼けた。
木々が倒れ、草が焦げ、地面に灰が積もった。
そこにいた動物や魔物は逃げた。
なら、焼け残った木や草は何かを見ていないのだろうか。
「先生」
「何でしょう」
「植物から話を聞くことってできないんですか?」
メルセナの手が少し止まった。
「植物から、ですか」
「森が焼けたなら、焼け残った木とか草が、何か見てないのかなって」
カイルが少しだけリオルを見る。
ミレイユも記録板から顔を上げた。
リオルは慌てて付け足す。
「あ、変なこと言いましたか?」
「いいえ」
メルセナは首を横に振った。
「発想は悪くありません」
「じゃあ」
「ですが、ほぼ不可能です」
「早い」
「植物も召喚対象にはなります。しかし、意思疎通はほぼ不可能です。能動的な行動も期待できません」
「植物も召喚対象になるんですね」
「なります」
「じゃあ、植物召喚って何に使うんですか?」
「受動的な用途です」
メルセナは指を折りながら説明する。
「木を呼んで防壁にする。蔦で通路を塞ぐ。草木で視界を遮る。根の張った植物で地面を補強する。棘のある植物で侵入経路を狭める。葉や枝で一時的な遮蔽物を作る」
「動いて何かをするんじゃなくて、そこにあることで役に立つ」
「正確です」
リオルは少し感心した。
鳥や狼や熊のように動くわけではない。
それでも、使い道はある。
「でも、それって便利そうです」
「便利です」
「なら、もっと使われてもよさそうですけど」
「使いにくい理由があります」
メルセナは淡々と言った。
「植物を呼べるということは、その植物を日ごろから世話しているということでもあります」
「世話?」
「召喚対象との関係は、突然作れるものではありません。木でも蔦でも草花でも同じです」
「防壁用の木を呼べる人は、普段からその木を育ててるんですか?」
「多くの場合は」
「大変そうです」
「大変です」
メルセナはさらに続けた。
「さらに、防壁にするということは、その木が傷つくということです」
リオルは、すぐには言葉が出なかった。
「攻撃を受ければ、枝が折れます。幹が裂けます。燃やされるかもしれません。切られるかもしれません。踏み潰されるかもしれません」
「あ……」
「普段から世話をしている植物を、戦術のために傷つける。できる召喚士はいますが、多くはありません」
「使えないからじゃなくて、使いたくない人も多い」
「はい」
リオルは、森の方を見た。
焼けた木々。
黒くなった草。
防壁として呼ばれた植物が、同じように焼かれることを想像した。
それを自分が育てたものだとしたら。
便利だから使えばいいとは、とても言えなかった。
「その点、人間は扱いやすい面があります」
カイルが言った。
リオルは驚いて振り返る。
「人間が?」
「金、名声、義務、忠誠。理由があれば、人間は自分から危険な場所へ行きます。戦争もします」
「……それ、扱いやすいって言っていいんですか」
「良い言い方ではありません」
メルセナが答えた。
「ですが、召喚士が黒くなりやすい理由の一つです」
「黒く」
「契約、報酬、名声、義務。それらで人間を動かすことに慣れすぎると、相手を人としてではなく、危険を引き受ける手段として見始めます」
リオルは眉を寄せた。
「人を、依頼の条件みたいに見てしまうってことですか」
「はい」
メルセナは静かに頷いた。
「誰が傷つくのか。誰が怖い思いをするのか。誰が帰ってこられないかもしれないのか。そこを見ずに、契約上できるかどうかだけを見るようになります」
「それは、嫌です」
「嫌だと思えるなら、まだよいです」
リオルは黙った。
人間は自分で危険な場所へ行く。
命令され、報酬を受け、名誉を求め、義務で動く。
それは確かに、植物より扱いやすい面があるのかもしれない。
動物よりも、契約しやすいのかもしれない。
だからこそ、怖い。
「だから、何を呼ぶかだけでなく、何を傷つけるのか、誰に危険を引き受けさせるのかを考える必要があります」
メルセナは言った。
「召喚は、呼ぶ前から始まってる」
「そして、呼んだ後にも責任があります」
リオルはゆっくり頷いた。
植物から話を聞けるか、という疑問から、ずいぶん遠くへ来てしまった気がした。
けれど、遠くではなかったのかもしれない。
森が焼けた。
植物は傷ついた。
召喚士が何を使うかは、何を傷つけるかでもある。
それは、目をそらしてはいけないことだった。
## 六 照合
カイルは王国側の報告を並べ直した。
「王国軍側では、北東街道の巡回報告がいくつか上がっています。魔物の移動、避難民の通過、荷馬車の遅延。内容はばらばらです」
ミレイユもギルド側の記録を確認する。
「ギルド側にも、同じ地域から相談記録があります。護衛依頼、荷の確認依頼、召喚士派遣の問い合わせ。ただし、正式依頼になっていないものも多いです」
「同じ話なんですか?」
リオルが尋ねる。
「分かりません」
カイルが答えた。
「同じ出来事を別の言い方で記録している可能性もありますし、ただ同じ地域で別々に起きただけかもしれません」
ミレイユも言う。
「今は同一視しないでください」
メルセナが指示した。
「別の点として置く」
「はい」
カイルが報告書を一枚ずつ確認する。
「近隣村の被害報告は三件。うち二件は火災前、一件は火災後です」
「避難民の証言は食い違っています」
ミレイユが続ける。
「煙を見た者、魔物を見た者、何も見ていないが家畜が怯えたと話す者」
「ばらばらですね」
「ばらばらでよいです」
メルセナは言った。
「揃っていないものを、揃っているように扱う方が危険です」
リオルはその言葉を心の中で繰り返した。
揃っていないものを、揃っているように扱う方が危険。
人はきっと、分からないものを見ると、何か一つの形にしたくなる。
火災。
魔物。
盗賊。
煙。
家畜の怯え。
全部が一つの事件に見えた方が、分かりやすい。
けれど、分かりやすいことと、正しいことは違う。
「では、分類はどうしますか?」
ミレイユが尋ねる。
「火災、魔物の移動、近隣村、避難民、街道、盗賊の噂。関連未確定で分けてください」
「承知しました」
「盗賊の噂は街道警備側へ回しますか」
カイルが聞く。
「はい。主調査には含めません」
「探さないんですか?」
リオルは思わず聞いた。
気配を消す盗賊。
奇妙な盗品。
危険な場所ばかりを狙う動き。
気にならないわけではない。
「今は探しません」
メルセナは答えた。
「動機が足りません。火災との関連も未確定です。街道警備の範囲に収めるのが妥当です」
「でも、記録には残す」
「はい」
「今は使わない情報なんですね」
「はい。今は使いません」
ミレイユの筆が動く。
「では、記録上は関連未確定として残します。近隣村の被害報告、避難民の証言、街道の通行記録、気配を消す盗賊」
「お願いします」
メルセナは頷いた。
リオルは、地図の端に書き込まれた小さな文字を見る。
気配を消す盗賊。
火災に比べれば、小さな噂に見える。
現状では、むしろ無関係な別件に見える。
だが、メルセナはそれを消さなかった。
焼けた森。
押し出された魔物。
その大きな出来事の横に、小さな噂が置かれた。
気配を消す盗賊。
盗まれた物は、どれも大したものではない。
けれど、その盗賊は、なぜか危険な場所ばかりを選んでいた。
まだ何にも繋がっていないその点を、メルセナは地図の端に残した。
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