(二)気配を消す盗賊
◆ 三 気配を消す盗賊
カイルは、街道警備の報告を読み上げた。
「被害は小さいものが多い。食料、古い道具、旅商人の荷、薬草袋、替えの刃物。盗まれた物そのものに、明確な偏りはありません」
「高価なものを狙っているわけではない?」
リオルが尋ねる。
「少なくとも、そうは見えません」
カイルは別の報告書を机に置いた。
「妙なのは、警備が厚い場所を狙う割に、盗む量も価値も大きくないことです」
「危ないところへ入るのに、大したものは盗らない?」
「そうです」
リオルは首を傾げた。
「それ、盗賊として得なんですか?」
「得ではありません」
カイルは即答した。
「だから妙なのです」
ミレイユがギルド側の記録を確認する。
「護衛依頼の相談にも、似た傾向があります。見張りが二人以上いた荷置き場。番犬がいた商家。柵と施錠が整っていた倉庫。いずれも、普通の盗賊なら避ける場所です」
「なのに、盗まれた物は?」
「干し肉、古びた携帯鍋、荷札の付いた小袋、空の小箱」
「空の小箱?」
「はい」
リオルはますます分からなくなった。
見張りがいる。
番犬がいる。
柵も鍵もある。
そんな場所に入り込んで、空の小箱を盗む。
「鍵を壊したり、扉を破ったりした形跡は?」
「少ないです」
カイルが答えた。
「壊して入ったというより、見張りの目を抜け、鍵を開け、あるいは開いている一瞬を突いた可能性が高い」
「すり抜けたわけじゃないんですね」
「報告を見る限り、そうした能力は確認されていません」
メルセナが続けた。
「物を素通りできるなら、もっと違う被害が出ます。金庫、密閉箱、封印庫。狙える場所が変わる」
「じゃあ、これは」
「侵入がうまい盗賊です。少なくとも、現時点では」
カイルは報告書に視線を落とした。
「成果ではなく、侵入そのものを目的にしているようにも見えます」
メルセナは報告書を見つめる。
「危険な場所を選んでいる」
「そう考えますか」
「断定はしません」
メルセナは言った。
「ただ、盗品への執着より、厳重な警備を抜けることへの執着が見えます」
「警備を抜けることへの執着……」
リオルは小さく繰り返した。
盗むために危険を冒すのではない。
危険を冒すために盗んでいる。
そんなふうにも聞こえた。
「死地に近い場所を選んでいる可能性があります」
メルセナは淡々と言った。
「死地……」
「失敗すれば捕まる。場合によっては殺される。その危険がある場所を選んでいる」
「そんな人、いるんですか」
「います」
カイルが答えた。
「兵にも、賊にも、貴族にも、商人にも。危険の近くでしか自分の価値を感じられない者はいます」
リオルは黙った。
理解できない。
けれど、いないとは言い切れないのだろう。
ミレイユが記録板を確認する。
「ギルド記録では、認識阻害系の魔道具反応は確認されていません。少なくとも、残留魔力はかなり薄いようです。ただし、記録自体が不完全です」
「認識阻害系の魔道具?」
リオルが聞き返す。
「人に気づかれにくくする魔道具です」
メルセナが答えた。
「ですが、そうした魔道具を使えば、多くの場合は魔力感知にかかります」
「今回は、それが薄い」
「はい。ならば、魔道具ではなく、精霊具を補助的に使っている可能性がありますね」
「精霊具?」
リオルは初めて聞く言葉に首を傾げた。
「魔道具とは違うんですか?」
※第7話「気配を消す盗賊」は全四回です。
続きます。
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