(一)混ぜない記録
◆ 一 記録元を分ける
リグル村の集会小屋には、まだ焦げた匂いが入り込んでいた。
窓の外では、村人たちが壊れた柵を直し始めている。王国軍の一部は第二防衛線から戻らず、街道側で魔物の残りを警戒していた。
村は守られた。
だが、森が焼けた理由は分かっていない。
メルセナ・オルブライトは、集会小屋の机に地図を広げていた。
地図には、リグル村、北東の森、南東街道、王国軍の第二防衛線、魔物の流れ、火災範囲の推定線が書き込まれている。
カイル・レイヴァンが、数枚の報告書を机に置いた。
「王国軍、地方防衛会議、街道警備の記録を照合しました」
その反対側で、ミレイユ・グレインが通信水晶に手を当てている。
「こちらはギルド依頼記録、召喚士派遣履歴、魔力感知記録を照会しています」
リオル・ロステルは机の端に立ち、二人の手元を見比べた。
紙が多い。
記録板も多い。
地図も、同じ場所を示しているのに、書き込み方が違う。
「そんなに分けるんですか?」
「分けます」
メルセナは短く答えた。
「記録元が違えば、目的も精度も違います」
カイルが頷く。
「王国側は防衛線と街道の安全を重視します」
ミレイユも続ける。
「ギルド側は依頼内容、召喚士の動き、契約記録を重視します」
「同じ出来事でも、記録のされ方が違います」
メルセナは地図の上に指を置いた。
「混ぜると誤ります」
「混ぜないために、分ける」
「はい」
リオルは少しだけ納得した。
前なら、全部まとめて「火事の情報」と思っていたかもしれない。
けれど、同じ火事を見ても、軍、ギルド、村、街道警備で見るものが違う。
なら、最初から混ぜてはいけない。
「その中で、火災以前から北東街道沿いに盗賊の噂が出ています」
カイルが言った。
「盗賊?」
「ただの盗賊なら珍しくはありません。ですが、噂の内容が少し妙です」
「妙とは」
メルセナが促す。
「見張りが気づかない。番犬が吠えない。荷を開けられても、足音を聞いた者がいない。強引に扉や箱を破った形跡が少ない」
カイルは一拍置いた。
「通称、気配を消す盗賊」
リオルは思わず窓の外を見た。
焦げた森。
魔物の群れ。
村の被害。
そこへ急に、盗賊の話が入ってきた。
「火事と関係あるんですか?」
「現状では、関係があるとは言えません」
メルセナは即答した。
「街道警備の報告として扱うのが妥当です」
カイルが言う。
ミレイユも通信水晶から顔を上げた。
「ギルド側にも、似た噂を前提にした護衛依頼の相談が二件あります。ただし、どちらも正式依頼にはなっていません」
「正式依頼じゃないんですか」
「はい。噂があるので不安だ、という相談段階です」
「じゃあ、まだ事件とも言い切れない?」
「被害報告はあります。ただし、盗賊本人を確認した記録はありません」
リオルは眉を寄せた。
盗賊がいるかもしれない。
でも、火災と関係があるかは分からない。
被害はある。
でも、正式依頼にはなっていないものもある。
何だか、つかみにくい。
「ギルド側では、関連未確定の周辺記録として残します」
ミレイユが言った。
「それでよいです」
メルセナは頷いた。
「盗賊の噂は出す。ただし、火災とは結びつけない」
「はい」
「消さないが、混ぜない」
「記録します」
ミレイユの筆が動いた。
リオルは、その筆先を見た。
気配を消す盗賊。
それは、地図の端に小さく書き加えられた。
◆ 二 分からないものを置く
カイルとミレイユが記録を照合している間、リオルはメルセナを見ていた。
メルセナはいつも通り無表情だった。
火災範囲。
魔物の移動。
第二防衛線。
避難民。
街道警備。
盗賊の噂。
ギルド記録。
それらを一つずつ確認し、分けて、並べていく。
リオルは、少し前までメルセナを万能な人だと思っていた。
実際、彼女はリオルが思いつかないことを、平然とやってのける。
敬礼する熊を呼んだ。
通常熊を使って魔物の流れを変えた。
国の判断にも異議を出した。
村を守った。
けれど、今のメルセナは、何もかもを最初から知っているようには見えなかった。
分からないものを、分からないまま置いている。
消さずに並べている。
そして、一つずつ、混ぜてはいけない理由を見つけている。
すごいのは、全部分かることではないのかもしれない。
分からないものを、雑に捨てず、雑に繋げないことなのかもしれない。
「先生は、最初から全部分かってるわけじゃないんですね」
リオルが言うと、カイルが少しだけ驚いたようにこちらを見た。
メルセナは平然と答える。
「分かっていません」
「でも、いつも分かってるみたいに見えます」
「分からないものを、分からないものとして置いているだけです」
「それが難しいんだと思います」
メルセナは、少しだけリオルを見た。
「よい観察です」
「今のは普通に褒めました?」
「普通に褒めました」
リオルは少しだけ嬉しくなった。
そして、少しだけ怖くもなった。
分からないものを分からないまま置く。
それは、答えを急がないということだ。
同時に、見落としを残さないということでもある。
メルセナの調査は、派手ではない。
けれど、雑ではなかった。
※第7話「気配を消す盗賊」は全四回です。
続きます。
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