(三)北境伯は村を捨てない
◆ 四 北境伯
カイルは説明を続けた。
「加えて、メルセナ様には北境伯の称号があります」
「北境伯?」
リオルは聞き返した。
また知らない言葉が出てきた。
「それも、先生の肩書きなんですか?」
「はい。辺境伯相当の称号です」
「辺境伯って、領地を持っている貴族ですよね」
「通常はそうです。ただし、北境伯は少し違います」
メルセナが口を挟む。
「私は領地を持っていません」
「持ってないんですか?」
「はい。一代限りの防衛称号です。北方防衛に関わるため、必要な格を与えられているに過ぎません」
「格」
「会議の席に座るための椅子です」
メルセナの言い方は妙に簡単だった。
カイルが少し補足する。
「歴史的には、北境伯が途中から領地を持ち、正式な辺境伯家になることもありました。しかしメルセナ様は、少なくとも現状では領主ではありません」
「じゃあ、リグル村の領主でもない」
「違います」
メルセナが答える。
「でも、村を守る責任はある」
「北方防衛として、あります」
「難しいですね」
「難しいです」
メルセナはあっさり認めた。
リオルは少しだけ安心した。
先生でも難しいと思うのなら、自分が混乱するのは当然なのだ。
「先生は、領主じゃない。軍の全部を動かせるわけでもない。ギルドの長でもない。でも、北方の召喚防衛には強く関われる」
「よい整理です」
「それで、国の判断にも異議を出せる」
「はい。召喚戦力に関わる防衛判断であれば」
「全部ではない」
「全部ではありません」
リオルはうなずいた。
メルセナはすごい。
けれど、王国そのものではない。
だからこそ、怒る時には理由があるのだ。
◆ 五 なぜ怒ったのか
リオルはしばらく考えてから、もう一度尋ねた。
「先生は、村を見捨てるのが嫌だったから怒ったんですか」
「それもあります」
「それも」
「守れない村があることは、私も理解しています」
リオルは言葉を止めた。
その言い方は冷たく聞こえた。
けれど、メルセナの声は冷たくなかった。
「すべてを守る、と言うだけなら簡単です。ですが現場では、戦力、時間、地形、避難状況を見て、守れない判断をしなければならないこともあります」
「じゃあ、今回も」
「違います」
メルセナは即答した。
「今回の問題は、判断が早すぎたことです」
カイルが続ける。
「避難は未完了。第二防衛線の構築も未完了。召喚戦力による進路変更案も検討されていませんでした」
「その状態で、村を地図上の損耗枠へ入れた」
メルセナは静かに言った。
「そこに怒っています」
「守れないかもしれない、じゃなくて」
リオルは言葉を探した。
「守れるかもしれない方法を試す前に捨てた」
「正確です」
「だから僕も連れてきたんですか」
「はい」
メルセナはリオルを見た。
「あなたの小動物召喚は、通常戦力では拾えない情報を拾える可能性がありました。現場の選択肢を増やすためです」
「訓練じゃなくて」
「現場です。ただし、あなたを前線に出すつもりはありませんでした」
「先生の管理下で、情報確認と判断補助」
「覚えていますね」
「今のは」
「普通に褒めました」
リオルは少しだけ笑った。
怖かった。
今も、怖い。
けれど、自分がなぜ連れてこられたのかは分かった。
戦うためではない。
先生の判断を助けるため。
村を守るための選択肢を増やすためだった。
そこへ、カイルが少しだけ声を低くした。
「閣下。今回の判断は正しかったと思います」
「珍しく前置きがありますね」
「ですが、学生を連れたことへの批判は避けられません」
リオルは反射的に頭を下げた。
「すみません」
「あなたを責めているのではありません。責められるのは閣下です」
「慣れています」
「慣れないでください。あなたが面倒を増やすたび、こちらも書類が増えます」
リオルは目を瞬かせた。
「腹心って、こういうことも言うんですね」
「言います。カイルですので」
「親の代からの付き合いです。言わないと増えます」
「何がですか?」
「無茶が」
「必要な無茶です」
メルセナが言う。
カイルは表情を変えずに返した。
「その判定を毎回あなた一人でしないでください」
リオルは、カイルを少し見直した。
ただ従っている人ではない。
止める人でもある。
メルセナが北方の安全装置なら、カイルはそのメルセナに対する安全装置なのかもしれない。
◆ 六 ギルドの記録
ミレイユが記録板を閉じた。
「ギルド側の初期記録は整いました。今回の件は、救援支援、緊急防衛補助、召喚対象運用記録として残します」
リオルは首を傾げる。
「召喚士ギルドって、国のものなんですか?」
「直接国が運営しているわけではありません」
ミレイユが答えた。
「でも、王国と関係はありますよね」
「はい。国からの出資がありますし、召喚士の登録や契約管理、防衛協力も行います。ですから各国ごとの影響下にはあります」
カイルが補足する。
「ただし、完全な国営組織ではありません。だから、ギルドの記録と王国の命令は、常に同じ意味ではありません」
「それも難しいです」
「難しいです」
メルセナがまたあっさり認める。
「ですが、召喚士は契約を扱う職です。誰が命じ、誰が責任を持ち、どの記録に残るのかを見なければなりません」
ミレイユは記録板を軽く叩いた。
「今回の件も、ギルド記録では救援支援。王国側では放棄判断の修正。防衛会議では命令系統の逸脱として扱われる可能性があります」
「同じことをしたのに、記録が違う」
「はい。だから記録は重要です」
リオルは少しだけ、記録板が怖くなった。
何をしたか。
誰が命じたか。
誰が責任を持つか。
同じ出来事でも、残され方が違えば、後から見える意味も変わる。
召喚の依頼文を読む時に、メルセナがしつこく条件と終了を確認させた理由が、また一つ分かった気がした。
※第6話「北境伯は村を捨てない」は全四回です。
続きます。
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