(一)村は残った
◆ 一 村は残った
リグル村の北側には、焦げた匂いがまだ残っていた。
魔物の群れは村を外れ、南東街道側へ流れていった。王国軍の第二防衛線がその大半を受け止め、村へ戻ってくる流れは今のところ確認されていない。
だが、何もなかったわけではない。
木柵は一部が歪み、下側には板で塞がれた隙間が残っている。畑の端は踏み荒らされ、逃げる途中で倒れた荷車もあった。
村人に死者は出なかった。
その一事だけが、この場にいる全員の胸を少しだけ軽くしていた。
村長は何度も頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。村は……残りました」
リオル・ロステルは、村長の後ろに並ぶ村人たちを見た。
泣いている者。
座り込んでいる者。
壊れた柵を見つめる者。
抱えた荷物をまだ下ろせずにいる者。
助かった。
けれど、日常がそのまま戻ってきたわけではない。
「全部は守れませんでした。柵も、畑も」
リオルがそう言うと、メルセナ・オルブライトは静かに答えた。
「村人が残りました。今回はそこが最優先です」
「はい」
「柵は直せます。畑も時間をかければ戻せます。人は、戻せません」
その言葉は淡々としていた。
だが、軽くはなかった。
カイル・レイヴァンが通信水晶から顔を上げる。
「第二防衛線へ流れた魔物は、王国軍が受け止めています。村への再流入は、現時点では確認されていません」
リオルは胸をなで下ろした。
「よかった……」
「まだよくありません」
メルセナが言った。
リオルは思わず顔を上げる。
「え?」
「村を守っただけです。なぜ森が焼けたのかは残っています」
メルセナの視線は、北の森へ向いていた。
灰色の煙が、細く空へ上がっている。
火は弱まっているように見える。
けれど、完全には消えていない。
それはまるで、森の奥で何かが息を潜めているようだった。
◆ 二 放棄判断の後始末
村の集会小屋が、臨時の現地本部になった。
といっても、机が一つ、椅子が数脚、壁際に村の地図が貼られているだけの場所である。
ミレイユ・グレインは記録板を広げ、村の被害状況と避難人数を確認していた。
「村内残留者、全員確認済み。重傷者なし。軽傷者七名。家畜の一部が未確認。柵北側に破損、畑北東部に被害。ギルド記録には救援支援として残します」
「お願いします」
メルセナが短く返す。
そこへ、カイルが通信水晶を手に戻ってきた。
「閣下。北方臨時防衛会議より確認です」
「内容は」
「放棄判断下の村に対し、閣下が独自に防衛行動を取った件について、説明を求めるとのことです」
リオルは思わず声を上げた。
「独自に、って……助けたのに?」
「組織は、結果だけでは動きません」
メルセナは静かに言った。
「結果として村は維持。魔物の主流も第二防衛線へ誘導済み。軍側からの抗議は、現時点ではありません」
カイルは続ける。
「ただし、防衛会議側は命令系統上の確認を求めています」
「では、説明は簡単です」
「どのように」
「北方召喚防衛統括官として、放棄判断の前提条件が不十分だったため、現場で修正しました」
カイルは少しだけ目を伏せた。
「そのまま報告すると、会議側は反発します」
「反発してください。次から私を通す理由になります」
リオルはメルセナを見る。
「先生、怒ってます?」
「怒っています」
「普通に言った」
「怒っていることを隠す理由がありません」
メルセナの表情はいつも通りだった。
だが、その声は冷たい。
村が救われたことと、手続きが正しくなかったことは別なのだと、リオルにも少しずつ分かってきた。
「先生は、国の判断に逆らったんですか?」
「一部、修正しました」
「一部」
「はい。第二防衛線を維持する判断は間違っていません。魔物の主流をそこへ流す必要もありました。問題は、村を現場確認前に損耗枠へ入れたことです」
「損耗枠……」
その言葉は、何度聞いても冷たい。
「地図上で切られたものは、現場でまだ生きていることがあります」
メルセナは静かに言った。
「今回は、それを確認する前に切ろうとした。だから怒っています」
※第6話「北境伯は村を捨てない」は全四回です。
続きます。
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