(三)鳥十羽の確定情報
◆ 三 村の柵
リグル村へは、ギルドの早馬で向かった。
馬車では間に合わない。
カイルが先導し、メルセナがその後ろにつく。リオルはギルド職員が手配した鞍にしがみつくようにして、必死に姿勢を保っていた。
ミレイユも同行していた。
片手で手綱を取り、もう片方の腕には革紐で固定した記録板と、小型の通信水晶を抱えている。
リオルは思わず言った。
「ミレイユさん、乗れるんですね」
「ギルド職員ですから」
「ギルド職員って、馬に乗れるんですか?」
「緊急依頼担当は、乗れないと困ります」
「ギルド職員って大変ですね……」
「はい」
ミレイユは短く答え、すぐに通信水晶へ視線を落とした。
「第二防衛線、構築中。村側の避難はまだ完了していません」
カイルが前方を見たまま頷く。
「了解」
風が顔に当たる。
道の脇の草が流れていく。
北の空には灰色の煙が上がっていた。
近づくほどに、焦げた匂いが強くなる。
道の脇には、森から逃げてきた小動物の痕跡があった。
鳥が低く飛び、野兎が草むらへ飛び込む。
遠くでは、何かが枝を折る音もした。
「魔物が村を襲おうとしているというより、火災で押し出されているのです」
馬を走らせながら、メルセナが言った。
「住処を失って、逃げている」
「はい。ただし、逃げているから村へ入れてよい理由にはなりません」
「村の人には危ないから」
「その通りです」
半刻ほどで、リグル村の外れが見えた。
低い木柵。
避難する村人。
森から上がる煙。
そして、北側の森縁で揺れる、小さな影。
リオルは息をのんだ。
魔物だ。
まだ遠い。
だが、確実にこちらへ向かっている。
リグル村は、低い木柵に囲まれていた。
柵といっても、魔物の大群を防ぐためのものではない。
畑と家畜を守るための簡易なものだ。
村人たちは、柵の内側で避難の準備をしていた。
荷物を抱える者。
家畜を引く者。
老人を支える者。
泣いている子ども。
まだ全員が逃げられる状態ではない。
リオルは胸の奥が重くなった。
この村が、地図の上では放棄扱いにされた。
その事実が、急に現実味を持った。
「リオル」
「はい」
「鳥を呼びなさい」
メルセナは短く言った。
「確認するのは三つです。先頭の魔物の位置。後続の流れ。村内の逃げ遅れ」
「はい」
「戦わせる必要はありません。見るだけです」
「分かりました」
リオルは両手を胸の前で軽く合わせた。
「来られる子だけでいい。上から見てほしい」
足元に淡い召喚陣が広がる。
一羽。
二羽。
三羽。
次々と鳥が現れる。
十羽目が現れたところで、リオルの額に汗が浮いた。
「十羽までです」
「十分です」
メルセナは地図を広げる。
「三羽は森縁。三羽は後続。二羽は村内。二羽は退避路です」
リオルは頷き、鳥たちへ向き直った。
「森の端を見て。魔物がどこから出ているか。後ろにどれくらいいるか。村の中で逃げ遅れている人がいないか。南の道が空いているか。見たら戻ってきて」
鳥たちが一斉に飛び立った。
空へ上がり、煙の下を避けるように広がっていく。
待つ時間は長くなかった。
だが、リオルにはやけに長く感じられた。
最初の鳥が戻ってきた。
「黒いの、たくさん。前、四十くらい」
リオルはすぐに復唱する。
「先頭は四十前後」
ミレイユが記録板へ走り書きする。
「先頭群、四十前後」
二羽目。
「後ろ、もっと。道みたいに続く」
「後続多数。列になってる」
「後続、多数。列状」
ミレイユが記録する。
三羽目。
「前の後ろ、ついてくる。止まらない」
リオルは顔を上げた。
「先生。後ろの魔物、前についてきています」
メルセナの目がわずかに細くなる。
「群れ流れですね」
ミレイユは通信水晶に手を当てた。
「ギルドへ共有します。先頭群四十前後、後続列状。群れ流れの可能性あり」
さらに鳥が戻る。
「村、中、人いる。南、歩く」
「村内に残留者あり。南側の退避路はまだ使えます」
「村内残留者あり。南側退避路、使用可能」
「柵、低い。下、空くところある」
「柵下に隙間あり」
ミレイユが顔を上げる。
「柵下の隙間は防衛上の弱点になります。板、荷車、土嚢代わりになるものを村側から集めさせます」
メルセナが頷いた。
「お願いします」
ミレイユはすぐに村人の方へ走った。
「煙、こわい。森、まだ出る」
「後続はまだ出ています」
リオルは報告をまとめながら、地図に印をつける。
赤い帽子を探した時より、ずっと速く、ずっと怖い。
だが、鳥たちは見てくれている。
空から、人間では間に合わない場所を見てくれている。
メルセナは地図を見た。
「カイル」
「はい」
「先頭群四十前後。後続は列状。村を狙った進軍ではなく、火災に押し出された群れ流れと判断します」
「確定情報として扱いますか」
「扱います。リオルの鳥による複数方向からの確認です」
カイルは一瞬だけリオルを見た。
それから、地図へ視線を戻す。
「承知しました」
メルセナは地図上で、森から村へ向かう線を指でなぞった。
「総数不明の魔物群として正面から受ければ、この村では持ちません。軍の暫定判断は、その見方に基づいています」
「じゃあ、軍が完全に間違っていたわけではない?」
「判断材料だけ見れば、一定の妥当性はあります」
メルセナは北の森を見る。
「ですが、現場で見るべきものは総数だけではありません。流れです」
「流れ」
「火に追われた魔物は、全てが状況を見て走っているわけではありません。後ろの魔物は、前を走る魔物の背と足音についていきます」
メルセナは地図の上で、村へ向かう線を少し横へ曲げた。
「牧羊でも、野生の獣でも似たことが起きます。先頭が曲がれば、後続は一拍遅れて曲がる。自分で道を選んでいるように見えても、実際には前の群れに引きずられます」
「群れ流れ……」
「はい。群れ流れです」
リオルは牧草地の向こうを見る。
森から出てくる魔物たちは、村を選んで襲おうとしているようには見えなかった。
ただ、走っている。
火から逃げている。
前が走るから、後ろも走っている。
「だから、先頭をそらす」
「正確です」
メルセナは頷いた。
「先頭を削り、横から圧をかけ、村ではなく南東街道側へ逃げ道を見せます。先頭がそちらへ流れれば、後続も引きずられる」
「全部を倒すんじゃなくて、流れを変える」
「はい。今回の勝利条件は討伐数ではありません。群れ流れを変えることです」
「でも、先頭を止めすぎると?」
「後続が詰まり、横へあふれます。村へ押し込まれる危険が増えます」
「だから、塞がない。逃げ道を残す」
「よいです」
リオルは小さく息を吸った。
倒すのではない。
止めるのでもない。
群れの先頭を少しずつずらし、後続ごと流れを変える。
それが、村を守るための戦い方だった。
※第5話「敬礼熊は中間管理職」は全六回です。
続きます。
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