(二)信用されるための柵
即断だった。
リオルは思わず先生を見る。
「先生」
「はい」
「行くんですか」
「行きます」
メルセナはリオルを見た。
その目は、いつも通り静かだった。
だが、リオルには分かった。
先生は怒っている。
ただ感情で怒っているのではない。
北方召喚防衛統括官として、防衛判断を通されなかったこと。
まだ人が残る村を、守る前に切り捨てたこと。
その両方が、メルセナの職責と防衛観に反していた。
「リオル」
「はい」
「あなたも来なさい」
リオルは目を見開いた。
「僕も、ですか」
「はい」
カイルがすぐに口を挟む。
「閣下。見習いを現場へ連れていくのですか」
「前線へ出すためではありません」
メルセナは即答した。
「情報確認と判断補助です」
「しかし危険です」
「危険だから、私の管理下に置きます」
メルセナはリオルを見る。
ほんのわずかに、考える間があった。
リオルの召喚は、契約というよりお願いに近い。
その無色の危うさを、メルセナは昨日見た。
だからこそ、軽々しく危険地帯へ連れて行くべきではない。
だが、今回必要なのは、大型召喚による制圧だけではない。
村人の残留位置。
魔物の流れ。
退避路の確認。
森際の見落とし。
大型召喚や王国軍では間に合わない、小さく広い情報。
リオルは鳥を十羽呼べる。
その一点に限れば、情報収集においてメルセナを超える成果を出す可能性がある。
そして、守れる。
村を守る。
リオルも守る。
一刻あれば、早馬で半刻以内に到達できる。
残りの時間で鳥を飛ばし、メルセナの仮説を確定情報に変えられる。
自分の召喚だけでも、防衛線を維持できる算段はつく。
その上で、リオルの鳥を使う。
メルセナは、そう判断した。
「リオルを前線で戦わせるつもりはありません。私の管理下で、村を救うための情報確認をさせます」
「承知しました」
カイルは敬礼した。
その横で、ミレイユが記録板を抱え直した。
「オルブライト閣下。私も同行します」
リオルは驚いてミレイユを見る。
「ミレイユさんもですか?」
「はい。これは召喚士ギルドへ入った緊急依頼です。現場状況の記録、依頼内容の更新、王国軍との通信、追加依頼の処理が必要になります」
ミレイユは少しだけ表情を引き締めた。
「それに、村が放棄扱いになっているなら、ギルド側でも現場を確認しておく必要があります」
メルセナは短く頷いた。
「よい判断です。通信水晶を持ってください」
「準備済みです」
「では、現場記録と通信をお願いします」
「承知しました」
リオルは喉を鳴らした。
怖い。
だが、行くと言われて逃げたいとは思わなかった。
「僕、行きます」
「よい返事です」
メルセナは頷いた。
◆ 二 委任と準委任
出発前、ミレイユは急いで依頼書を整えた。
緊急依頼。
依頼者、リグル村自治会。
受託者、ヴァルセイン王国中央召喚士ギルド。
現場統括、メルセナ・オルブライト。
軍連絡、カイル・レイヴァン。
現場記録、ミレイユ・グレイン。
補助参加、リオル・ロステル。
リオルは記録板の文字を追いながら、緊張で喉を鳴らした。
「先生。僕は、何をすればいいんでしょう」
「まずは情報確認です」
「鳥ですね」
「はい。ですが、現場ではそれだけでは足りない可能性があります」
メルセナは地図を畳みながら言った。
「状況次第では、私が召喚した対象の指揮を、あなたに一部任せます」
リオルは目を瞬かせた。
「先生が呼んだ召喚対象を、僕が指揮するんですか?」
「はい。委任契約を利用します。いえ、今回は準委任ですかね」
「どう違うんですか? そもそも委任契約も分かりませんけど」
「では順番に説明します」
メルセナは、淡々と続けた。
「委任契約とは、ある召喚士が呼び出した召喚対象を、別の召喚士の一時指揮下に置く契約です」
「一時指揮下」
「はい。所有や支配ではありません。召喚対象が、一定条件のもとで別の召喚士の現場指示を受ける契約です」
「つまり、先生が呼んだ相手に、僕が指示できるようになる?」
「はい」
「すごいですね」
「便利ですが、危険でもあります」
「危険」
「はい。指示できることと、動かせることは違います」
「違うんですか」
「違います。目的が曖昧なら動きません。終了条件がなければ止まりません。優先順位がなければ、召喚対象は召喚対象として妥当な判断をします」
「召喚対象として妥当な判断……」
「人間にとって都合がよい判断とは限りません」
リオルは、狼のことを思い出した。
戻ってきて、と頼んだ。
けれど、狼にとっての戻る場所は、リオルのところとは限らなかった。
相手には相手の世界がある。
それは、どんな召喚対象でも同じなのだろう。
「それで、準委任は?」
「準委任契約は、指揮権を渡しつつ、禁止事項や例外条件を付ける契約です」
「禁止事項」
「はい。追撃禁止。危険行動指示禁止。一定範囲外への移動禁止。委任元の確認なしの任務変更禁止。そうした安全柵を付けます」
「見習い用ですか」
「見習いにも、召喚対象にも必要です」
「召喚対象にも」
「はい。全権を渡すと、見習いにも召喚対象にも不幸です」
「じゃあ、僕が変な命令をしても……」
「契約上禁止されていれば、従いません」
「それは、僕が信用されていないということですか」
「違います」
メルセナはリオルを見た。
「あなたがこれから信用されるための柵です」
リオルは黙った。
その言葉は、責めるものではなかった。
突き放すものでもなかった。
ただ、必要なものを必要だと言っているだけだった。
「今回、あなたには私の召喚対象を一部指揮してもらいます」
「はい」
「ただし、すべての制限を説明するわけではありません。危険すぎる指示、目的から外れた指示、達成不能な指示は通らない。それだけ理解しておきなさい」
「詳細な安全柵は、先生が設定している」
「はい」
「僕は考える。先生が止める」
「正確です」
メルセナは頷いた。
「訓練とは、失敗してよい場所を作ることです。ただし、死んでよい場所ではありません」
リオルは背筋を伸ばした。
「分かりました」
「よい返事です」
※第5話「敬礼熊は中間管理職」は全六回です。
続きます。
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