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召喚士が召喚した召喚士 ~基礎から始める召喚マネジメント講座~  作者: KEI
第5話 敬礼熊は中間管理職

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(一)地図上の損耗枠

◆ 一 北方召喚防衛統括官


 狼による羊探しを終えた翌日、リオル・ロステルはメルセナ・オルブライトとともに召喚士ギルドへ来ていた。


 今日も依頼掲示板の前で、依頼文の読み方を学んでいる。


 少し前なら、リオルは依頼札を見ると、まず「何を呼べばいいのか」を考えていた。


 だが今は違う。


 依頼者が望んでいること。


 依頼者が分かっていること。


 依頼者が分かっていないこと。


 どこまでやれば終わりなのか。


 危険になった時、どう止めるのか。


 まず、それを考える。


「この依頼はどうですか」


 メルセナが指したのは、屋根に引っかかった布を回収する依頼だった。


「目的は布の回収。分かっていることは、屋根の高さ、布の位置、建物の場所。分かっていないことは……屋根の状態と、周囲の風です」


「よいです」


「鳥なら取れそうですけど、布が大きいと難しいかもしれません。風精霊で落とせるかもしれないけど、下に人がいると危ないです」


「続けて」


「だから、下の安全確認をしてから。布を落とすなら、落とす場所を決める。鳥に頼むなら、くわえられる大きさか確認する」


「よい判断です」


 リオルは少しだけほっとした。


 先生に「よい」と言われると、まだ少し嬉しい。


 その時、ギルドの入口側で空気が変わった。


 誰かが入ってきた。


 濃紺の軍装に、黒い外套。


 短く整えられた黒髪。


 鋭い灰色の目。


 腰には剣。胸元には王国軍の徽章。


 男は迷いなくメルセナの前まで来ると、姿勢を正し、敬礼した。


「ヴァルセイン王国北方召喚防衛統括官、メルセナ・オルブライト閣下」


 リオルは固まった。


 長い。


 今、先生の名前の前に、とても長いものがついた。


 男は続ける。


「カイル・レイヴァン、緊急報告のため参りました」


 メルセナは静かに男を見た。


「カイル。報告を」


「はい」


 カイル・レイヴァン。


 その名を聞いて、ミレイユ・グレインが記録板を抱え直した。


 リオルは小声で尋ねる。


「あの、ミレイユさん。今の肩書きって……」


「メルセナ様の正式な役職です」


 ミレイユも小声で答えた。


「北方方面における召喚防衛の統括官。魔物の大規模移動、国境防衛、災害時の召喚運用などを統括する立場です」


「先生、そんな人だったんですか」


「昨日から何度か、かなり偉い方だとは説明したと思います」


「聞いてましたけど、肩書きが長いと急に実感が……」


 リオルがそう言う間にも、カイルの報告は始まっていた。


「北東リグル村近隣の森で火災が発生。火災により森内の魔物が押し出され、南側へ移動しています」


「規模は」


「確認できている先頭群で四十前後。森内には後続多数。総数は不明です。少なく見積もっても百五十以上の可能性があります」


 リオルの背筋が冷えた。


 四十。


 それだけでも多い。


 だが、カイルの言い方では、それは全体ではない。


 見えている分だけだ。


 その後ろに、まだ数倍の魔物がいる。


「リグル村には簡易柵がありますが、対魔物用の防壁ではありません。先頭群だけなら時間稼ぎは可能かもしれませんが、後続まで押し寄せれば持ちません」


「接近までの時間は」


「およそ一刻」


「避難状況は」


「未完了です。高齢者と家畜の移動に時間がかかっています」


 メルセナの表情は変わらない。


 けれど、リオルには、先生のまとう空気がわずかに冷えたように感じた。


「国側の判断は」


 カイルは一瞬、言葉を止めた。


 それから、背筋を伸ばしたまま答える。


「北方臨時防衛会議の暫定決定では、リグル村は維持困難として放棄扱いです。第二防衛線の構築を優先し、村の防衛は主目的から外されています」


 リオルは意味を理解するのに少し時間がかかった。


「放棄……?」


 ミレイユが目を伏せる。


 カイルは続けた。


「理由は、魔物の総数が不明であること。火災によって後続が継続的に押し出されていること。村の柵が長時間の防衛に耐えないこと。そして、村へ戦力を割けば第二防衛線が薄くなることです」


 メルセナは、すぐには否定しなかった。


「総数不明の魔物群として見れば、その判断には一定の筋があります」


 カイルがわずかに目を伏せる。


「はい」


「ですが、それは群れを一つの塊として見た場合です」


「閣下?」


「先頭の魔物に後続が引きずられている群れ流れであれば、見方は変わります」


 メルセナは地図へ視線を落とした。


「全体を止める必要はありません。先頭の進路を変えれば、後続もそれに引きずられる可能性があります」


「つまり、村を守れると」


「守れる可能性があります。少なくとも、現場確認の前に損耗枠へ入れてよい状況ではありません」


「その判断は、誰が通しましたか」


 カイルは一度、言葉を整えた。


「北方臨時防衛会議の暫定決定です。緊急防衛規定に基づき、王印代理承認を経て現場へ通達されています」


「王印代理承認」


 リオルには聞き慣れない言葉だった。


 だが、カイルの声がわずかに硬くなったことで、それが軽い手続きではないことだけは分かった。


「国王陛下の事前裁可を待てない緊急時に用いられる承認手続きです。手続き上は正式な通達です」


「陛下には、何が上がっていますか」


 メルセナの声が、さらに平坦になった。


 カイルは一瞬だけ言葉を選んだ。


「リグル村周辺で火災による魔物の大規模移動が発生。総数不明。村の維持は困難。第二防衛線の構築を最優先すべき、という要旨です」


「二次案は」


「上がっていません」


「村前で群れ流れを変え、第二防衛線へ誘導する案は」


「含まれていません」


 リオルは、そこでようやく少し分かった。


 国王が村を見捨てたのではない。


 国王のもとへ届いたのは、村を守る別案ではなかった。


 総数不明の魔物。


 火災による継続流入。


 避難未完了。


 第二防衛線の重要性。


 それだけを聞けば、国として第二防衛線を優先する判断はおかしくない。


 おかしくない。


 けれど、それは全部を見た判断ではなかった。


「緊急時の対応ラインを使ったこと自体は理解します」


「はい」


「ですが、魔物の大規模移動に関する判断で、私を事後報告にしましたか」


「……はい」


 ギルドの中が静まり返った。


 メルセナは怒鳴らなかった。


 表情も変わらなかった。


 ただ、声だけが冷えた。


「村人が残っている村を、地図上の損耗枠に入れて」


「はい」


「人が残る村を、守る努力の前に損害計算で切りましたか」


「……はい」


 メルセナは一度だけ、細く息を吐いた。


「行きます」



※第5話「敬礼熊は中間管理職」は全六回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/summoning-management-course-basic-top/

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