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召喚士が召喚した召喚士 ~基礎から始める召喚マネジメント講座~  作者: KEI
第4話 狼は羊の毛だけを持ち帰る

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(三)狼の距離

## 六 毛だけでは分からない


 牧草地へ戻ると、羊は簡単な手当てを受けた。


 足に大きな怪我はない。


 しばらく休ませれば歩けるだろうと、羊飼いは何度も頭を下げた。


「ありがとうございました。本当に、ありがとうございました」


「礼はリオルと狼へ」


 メルセナが言う。


 リオルは慌てて手を振った。


「僕は、ちゃんとできたわけじゃないです。昨日のうちに場所を聞けなかったので」


「それは課題です」


「はい」


 羊飼いは狼の方を見た。


 まだ少し怖そうだった。


 けれど、最初よりは違う目になっている。


「その狼にも、礼を言うべきなんでしょうな」


 狼は羊飼いを見た。


 羊飼いはびくりとする。


 それでも、帽子を取った。


「……助かった。うちの羊を見つけてくれて、ありがとう」


 狼は返事をしなかった。


 ただ、鼻を鳴らした。


 それで十分だった。


 リオルは鞄から肉を干したものを取り出した。


 鳥用の穀物とは違う。


 狼に渡せるように、ミレイユが用意してくれたものだ。


「ありがとう。無理させてごめん」


 リオルは肉を地面に置き、少し下がった。


 狼は近づき、匂いを嗅ぎ、それをくわえた。


 その場で食べず、少し離れてから食べ始める。


 メルセナが言う。


「よい距離です」


「近づきすぎない方がいいですよね」


「はい。あなたは分かっています」


「分かってないところもあります」


「それも分かっています」


「先生、言い方」


「正確です」


 リオルは苦笑した。


 メルセナは、地面に置かれた羊の毛を見た。


「今回の問題を整理します」


「はい」


「一つ。召喚対象の選定は妥当でした。鳥では見えない。精霊では報告できない。匂いを追う必要がある。狼は目的に合っています」


「はい」


「二つ。狼に任せる範囲を限定したのは良かった。発見まで。保護は人間側。これは正しい」


「でも」


「三つ。戻る場所と報告方法が不足していました」


 リオルは頷く。


「僕は、見つけたら戻ってきてとしか言っていませんでした」


「はい」


「でも、狼にとっての戻る場所は、僕のところとは限らない」


「はい。自分の住処である可能性が高いです」


「それでも、狼は来てくれた。しかも、羊の毛を持ってきてくれた」


「かなり意図を汲んだ行動です」


「でも、羊の毛だけだと、食べたのか、見つけたのか分かりませんでした」


「はい。狼にとっては十分な報告だった可能性があります」


「羊の匂い。羊の毛。見つけた証」


「ですが、人間側には不十分でした」


「人間が分かる形にする必要がある」


「その通りです」


「羊の毛だけじゃ、場所は分からない」


「その通りです」


 リオルは狼を見る。


 狼は肉を食べ終え、前脚を舐めている。


 悪びれる様子はまったくない。


 たぶん、本当に悪いことをしたとは思っていない。


 羊を見つけた。


 毛を持って帰った。


 それで十分だと思ったのだろう。


「僕が、狼に分かるように頼めてなかったんですね」


「はい」


「でも、狼はちゃんと見つけてくれた」


「はい」


「それに、ただ戻るだけじゃなくて、分かるものを持ってきてくれた」


「はい」


「じゃあ、次は戻る場所と、報告の仕方を決めればいい」


「よい学びです」


 リオルは、鳥たちの報告を思い出した。


 赤い。


 黄色。


 水。


 木。


 怖い。


 人。


 あの時も、集まった情報をそのまま受け取るだけでは足りなかった。


 鳥には鳥の伝え方があり、狼には狼の伝え方がある。


 それを人間が使える形にするところまで考えなければ、依頼は終わらない。


「鳥の時も、今回も、同じなんですね」


「はい。見つけることと、人間が使える形で伝えることは別です」


 リオルは少しだけ笑った。


 失敗した。


 でも、全部が失敗ではなかった。


 狼は羊を見つけた。


 羊は無事だった。


 狼は、リオルの意図を汲んで、羊の毛を持ってきた。


 リオルは報告設計が足りないことを知った。


 それは、次に直せる失敗だった。


## 七 狼の距離


 依頼完了の記録は、ギルドへ戻ってから行われた。


 ミレイユは記録板に、今回の経過を丁寧に残していく。


 召喚対象、若い狼。


 召喚理由、羊の匂い追跡。


 初回指示、対象発見後の帰還。


 結果、翌朝に羊の毛を持ち帰る。


 追加指示、発見場所への案内。


 羊は生存。


 依頼達成。


 課題、戻る地点および報告方法の事前設計不足。


 リオルは横からそれを見て、少し顔をしかめた。


「記録にすると、僕の失敗がすごく分かりやすいですね」


「記録はそのためにあります」


 ミレイユが言う。


「成功だけ書くと、次に同じ失敗をしますから」


「そうですよね……」


 メルセナも頷く。


「今回の記録は有用です。鳥と狼で、報告の違いが見えました」


「鳥は見たものをばらばらに持ってきました」


「はい」


「狼は羊の毛を持ってきたけど、場所を言えませんでした」


「はい」


「召喚対象ごとに、報告方法を考えないといけない」


「その通りです」


 リオルは深く息を吐いた。


「召喚マネジメント、難しいですね」


「はい」


「即答」


「簡単なら、私の仕事はもっと少ないです」


「先生は忙しいんですか?」


「重要な仕事は多いです」


「退屈では?」


 メルセナは一瞬だけ止まった。


「重要な仕事は多いです」


「二回言いました」


「重要なので」


 ミレイユが記録板の陰で少し笑った。


 リオルは気づかなかった。


 その時、ギルドの外で狼の気配がした。


 リオルが顔を上げる。


 裏口の少し離れた場所に、灰色の狼が立っていた。


 もう召喚状態ではない。


 けれど、まだ帰りきっていない。


 リオルは近づこうとして、一歩で止まった。


 狼は犬ではない。


 呼んだからといって、撫でていいわけではない。


 助けてくれたからといって、飼いならせたわけでもない。


「ありがとう」


 リオルはその場で言った。


「次は、もっとちゃんと頼む」


 狼はリオルを見た。


 それから、何事もなかったように背を向けた。


 森の方へ歩いていく。


 リオルは追わなかった。


 その距離が、たぶん正しい。


 メルセナが隣に立つ。


「よい判断です」


「追いかけたら、嫌がりますよね」


「はい」


「でも、また来てくれるでしょうか」


「関係を壊さなければ、可能性はあります」


「関係を壊さない」


「無理に近づかない。無理に使わない。できないことを任せない。できたことには報いる」


「鳥と同じですね」


「はい。相手が鳥でも狼でも、原則は同じです」


 リオルは、狼が消えていった森の方を見た。


 鳥は空から見た。


 狼は匂いを追った。


 どちらも、自分とは違う世界を持っている。


 召喚士は、その世界を借りる。


 けれど、借りたものを人間の都合だけで使えば、たぶんうまくいかない。


 同じ依頼の中に、いくつもの任務がある。


 それを分けて、相手に合う形で頼まなければならない。


「狼は、羊の毛だけを持ち帰る」


「はい」


「でも、それは狼なりの報告だった」


「はい」


「戻ってきて、だけじゃだめだったんですね」


「だめ、というより、不足です」


 メルセナは淡々と言った。


「言葉は、相手の世界に合わせて設計します」


 短い言葉だった。


 けれど、リオルにはそれだけで十分だった。


 鳥には鳥の見え方がある。


 狼には狼の戻る場所がある。


 同じ言葉でも、相手が違えば意味が変わる。


「次は、そこまで考えます」


「よいです」


 メルセナは頷いた。


 そして、リオルを静かに見た。


 リオルの召喚は、契約というよりお願いに近い。


 呼びつける。


 従わせる。


 命じる。


 そういう形ではない。


 来てほしい。


 助けてほしい。


 無理なら帰っていい。


 危ないなら戻っていい。


 その言葉は、召喚士の命令としてはあまりに柔らかい。


 けれど、だからこそ鳥が来る。


 だからこそ狼が応じる。


 メルセナは、その無邪気さを美徳としてだけ見ることはできなかった。


 無邪気さは、白ではない。


 白なら、すでに善意という色がある。


 だが、リオルのそれは白というより、まだ色のついていないものだった。


 無色。


 相手を支配しようとしない。


 押しつけようとしない。


 だから、小さな鳥も、警戒心の強い狼も、リオルに応じる。


 だが、無色は白にも染まる。


 黒にも染まる。


 誰が何を教えるかで、簡単に変わる。


 リオルの召喚は、得がたい資質だった。


 同時に、とても危うい資質でもあった。


「先生?」


 黙ったメルセナを見て、リオルが首をかしげる。


「何か、だめでしたか?」


「いいえ」


 メルセナは答えた。


「あなたは、狼を犬扱いしませんでした」


「はい」


「それは大事なことです」


 リオルは少しだけ安心したように息を吐いた。


「でも、戻る場所までは考えられてませんでした」


「だから、次に考えます」


「はい」


 リオルは、森の方へもう一度頭を下げた。


 灰色の狼の姿は、もう見えない。


 けれど、あの狼が残した羊の毛の意味は、今なら少し分かる気がした。


 見つけた。


 持ってきた。


 あとは、お前が分かれ。


 狼は、たぶんそう言っていたのだ。


 リオルは苦笑した。


「次は、分かれるようにします」


「よいです」


 メルセナは頷いた。


 先生でいる理由が、一つ増えた気がした。


 召喚士の仕事は、また少し広がった。


 空の次は、匂い。


 鳥の次は、狼。


 そして、見つけることの次には、報告することがあった。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/summoning-management-course-basic-top/

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