(三)報告が散らかる
◆ 五 報告が散らかる
森の入口で待つ時間は、長かった。
実際には、それほど長くなかったのかもしれない。
けれど、リオルにはとても長く感じられた。
森の向こうで、地元の捜索隊が動いている。
ミレイユは連絡用の水晶で、依頼者側と情報をやり取りしている。
メルセナは森の地図を広げ、東の小道、小川、倒木が多い場所、最近獣が出た場所を確認していた。
リオルは何度も空を見た。
「まだかな……」
「戻るまでの時間も情報です」
メルセナが言った。
「早く戻れば近い。遅く戻れば遠い。あるいは迷った、危険を避けた、確認に時間がかかった」
「鳥が戻ってくる時間も、見るんですね」
「はい。情報は、言葉だけではありません」
その時、一羽目の鳥が戻ってきた。
右側の森へ向かった班の一羽だった。
鳥はリオルの肩近くまで来て、ばたばたと羽を動かす。
「赤い」
「赤い?」
「赤い、あった」
リオルは顔を上げた。
「赤い帽子?」
「赤い」
「どこ?」
鳥は森の方を向いて鳴いた。
その直後、二羽目が戻ってきた。
「黄色、ひらひら」
「黄色い布?」
三羽目。
「水、近い」
「水?」
四羽目。
「木、倒れてる」
「倒木?」
五羽目。
「怖い。大きい」
「大きいって何が!?」
六羽目。
「人、いた」
「人!? 子ども!?」
鳥たちは次々と戻ってくる。
赤い。
黄色。
水。
木。
怖い。
人。
リオルの頭の中で、全部が同時に広がった。
「待って、順番に、順番に!」
鳥たちは順番に話しているつもりなのかもしれない。
けれど、リオルには同時に聞こえる。
柵に残っていた連絡役の鳥も、なぜか一緒に鳴いている。
「君は落ち着かせる役じゃなかったの!?」
連絡役の鳥は首をかしげた。
「落ち着いてください」
メルセナが言った。
「鳥がですか? 僕がですか?」
「あなたです」
「はい!」
「全てを同時に聞かない。班ごとに分けます」
メルセナは地図の上に小石を三つ置いた。
「小道沿いの班。右側の班。左側の班。まず、赤いものを見た鳥」
リオルは鳥たちを見た。
「赤いものを見た子」
一羽が跳ねた。
「右側?」
鳥は鳴いた。
リオルには、それが肯定に聞こえた。
「右側です」
「戻るまでの時間は早い。つまり、そう遠くありません」
メルセナは地図の右側に印をつける。
「黄色いものを見た鳥」
別の鳥が羽を動かす。
「同じところ?」
「近い」
「近いって言ってます」
「右側の森、小道から離れすぎていない。水が近いと言った鳥は」
三羽目が鳴く。
「同じ?」
「水、きらきら」
「水辺です」
ミレイユが地図を覗き込んだ。
「地元の地図では、東の小道の右側に小川があります。小さな橋はありませんが、浅瀬があるそうです」
「倒木の報告は」
「右側の子です」
「大きい、怖いと言った鳥は」
リオルが鳥を見る。
鳥は羽を膨らませた。
「黒い。長い。動かない」
リオルは少し考えた。
「動かない?」
「倒木の影かもしれません」
メルセナが言う。
「大きな獣と断定しないでください。鳥にとって、大きく黒いものは怖い。動かないなら、倒木か岩か影の可能性があります」
「たぶん、で記録ですね」
「はい。たぶん、です」
ミレイユが記録板に書く。
「右側の森。小川付近。倒木または黒い影。赤いもの、黄色いもの、人影の報告あり」
「見つかったんですか?」
リオルは思わず聞いた。
「可能性が高い場所が絞れました」
メルセナは即座に訂正する。
「見つかった、とはまだ言いません」
「はい」
「鳥は地図を描けません。人間側が地図にします」
リオルは地図を見る。
鳥たちは見てきた。
でも、そのままでは情報が散らかっている。
赤い。
黄色。
水。
木。
怖い。
人。
それを並べて、場所にしているのはメルセナだった。
「情報って、集めるだけじゃ足りないんですね」
「今日の学びとしては早いですが、正しいです」
「まだ終わってないですもんね」
「はい。行きます」
◆ 六 迷子の森
小道の右側へ入ると、森の空気が変わった。
ギルド前の広場とは違う。
土の匂い。
湿った葉の匂い。
小川の水音。
足元には根が張り出し、ところどころ落ち葉が深く積もっている。
リオルは先に飛ぶ鳥を見上げた。
鳥たちは枝から枝へ移りながら、時々振り返る。
「こっちみたいです」
「走らないでください。足場を確認します」
「はい」
前を行く地元の捜索隊員が、小さく声を上げた。
「倒木があります!」
地図で見た場所だった。
大きな木が、斜めに倒れている。
黒く見えたのは、濡れた幹と影だった。
鳥が怖がったものは、獣ではなかったらしい。
リオルは少しだけ息を吐いた。
しかし、安心するのはまだ早かった。
小川の音が近くなる。
枝に赤いものが引っかかっていた。
「赤い帽子……!」
リオルは駆け出しかける。
「リオル」
メルセナの声で足を止めた。
「帽子があることと、本人がいることは別です。周囲を確認」
「はい」
捜索隊員が倒木の反対側を覗き込む。
次の瞬間、声が上がった。
「いた!」
リオルの胸が跳ねた。
小川のそば。
倒木の陰。
泥で汚れた黄色い肩掛け。
小さな薬草籠。
八歳くらいの子どもが、膝を抱えて座り込んでいた。
顔は涙と泥で汚れている。
足首を押さえて、動けないようだった。
「……お母さん?」
子どもが小さく言った。
リオルは膝をつく。
「大丈夫。迎えに来たよ」
子どもは泣き出した。
安心したような、怖かったような、全部が混ざった泣き方だった。
リオルはどうしていいか分からず、少しおろおろした。
メルセナはすぐに指示を出す。
「足を確認してください。動かさずに。捜索隊は担架を」
「はい!」
「ミレイユさん、救護班へ連絡を」
「もう繋いでいます」
「よいです」
子どもの足首は腫れていたが、命に別状はなさそうだった。
リオルはようやく、肩の力を抜いた。
鳥たちは近くの枝にとまっている。
そのうち一羽が、赤い帽子の枝をつついた。
「それはもう見つけたから大丈夫」
リオルが言うと、鳥は首をかしげた。
メルセナがリオルの横に立つ。
「依頼目的は達成です」
「はい」
「ただし、鳥だけで解決したわけではありません」
「鳥が見つけてくれて、先生が整理して、捜索隊が来てくれました」
「正確です」
「僕は……」
「呼びました。頼みました。危険なら戻るよう伝えました」
「それも仕事ですか?」
「はい。十分に仕事です」
リオルは枝の上の鳥たちを見た。
胸の奥が、少し熱くなった。
※第3話「十羽の鳥と迷子の森」は全四回です。
続きます。
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