第2話「招かれざる客のこと」
まず黒い魔法使いが口を開きました。
「しかし、それでは全市民に責任の皺寄せが及ぶ恐れがあります。また上の者が音を上げれば、末端の者に責がいくような歪な支配構造となることも十二分に考えられます。いくら陛下が予言者に不信感を募らせておいででも、その者のみに責任を追及するのは道理に叶いませぬ」閉じていた方の目を見開いて、黒い魔法使いは意気揚々と続けます。「されど、陛下には我ら、双杖がついているではございませんか。もし、銀の魔法使いに国政を壟断するような怪しい動きが見られれば、我々が速やかに対処いたします。汚れた部分は我らが負います故、陛下は正道をおいきください」
それはいつにも増して、爽やかな物言いでした。嵐が来る前の春の陽気をそのまま運んで来たかのような物言いでした。それだけに白い魔法使いにとって、頭をより一層、白くさせてしまうような白々しいことこの上ないものでした。
また調子のいいことを──と言いたげに白い魔法使いは横目で黒い魔法使いをじろりと睨みました。白い魔法使いは彼が正しい見識をもって忠言できる能力があることを知っていましたが、そうやってその場しのぎに聞こえのいいことを言っては、場を収めようとする論法を好んで使うことも同時に知っていました。白い魔法使いは口酸っぱく、それを度々、諫めてきました。黒い魔法使いのいらぬ、おべんちゃらが結果的に王の悪しき部分の成長を促す、追肥となっていることを懸念していました。
たしかにそのような論法を用いれば、王の機嫌は一時的によくなって、その場自体は丸く収まるでしょう。
けれども、あくまで双杖とは王を翼賛する第一人者としての中立的な立場を出てはならず、国益に適う最も正しい選択をしなければなりません。それに王権を尊重しつつも王のご機嫌伺いをするために存在するのではありません。そのような信条を白い魔法使いは持っておりました。
されど前半こそ正しい忠言。一度、そちらを強調しておいた方が良いと白い魔法使いは判断したようでした。
「リヴァキュールの言を私も支持いたします。いいですか、陛下。ことは天災です。誰も責任を問われるいわれはないのです。銀の魔法使いが嵐を呼んだわけでもありませんのに、それを裁こうとするのは、適当にそこらを歩いている民たちを捕まえて、あらぬ罪という罪を着せて回るようなものと如何に違いがありましょうか?」白い魔法使いはもう一方の魔法使いをリヴァキュールと呼んでそれに賛同の意を示しました。さらに淀みなく、形式を整えた忠言を一息で吐き出してしまいます。「それに銀の魔法使いには過去の『グラテウナの災禍』の予言のこともございます。民からの信頼も厚い、銀の魔法使いを一方的に我らが断罪したとなれば、嵐が去った後には国土が荒れるに留まらず、民の心も荒れ果てますぞ」
たしかに『グラテウナの災禍』は銀の魔法使いによって予言されていました。この予言を受けて先代のキッツ王が動き、適切な貯蓄がなされ、王国の40万人の民が救われたという話もあります。それ以来、人々から銀の魔法使いは崇敬されていました。
それだけに此度、銀の魔法使いによって天災の予言がなかったことは白い魔法使いにとっても残念でした。けれど、それをもとに銀の魔法使いをお縄にすることは到底、出来かねました。それはまさしく責任転嫁で、大自然の怒りを鎮めるための生贄としてもはばかれないものだからです。
白い魔法使いがそう言い終わると途端に、ぱああと玉座の間一面が光に包まれたかと思うと、ずどんとこれまでで最大の雷鳴が響き渡りました。空気がぴりりと張り詰めました。
不気味な間があった後、国王がその静寂を破りました。それは先ほどの雷鳴とはまるで違う、落ち着いた穏やかな口ぶりでした。
「ふむ。やはり其方達は、余の忠臣として正しい役割を全うしてくれる。特にブレシャナビア。其方は余が赤子の頃から宮廷につくしてくれているな。其の言葉はまさしく金言だ。其を失うくらいならシェラレザート地方の全ての都市を手放してもいいくらいだ」
王はまるで自然を慈しむ詩を読み上げるかのような甘い口調で、白い魔法使い──ブレシャナビアに向かって語りかけました。
顔色や声色から少し王の機嫌が直ってきているのがわかりました。ですが王が日ごとの功を労い始めたということは、かなりまずい流れに持ちこませようとしていることを、長い付き合いだからこそブレシャナビアは一瞬で看破し、眉を顰めました。そしてそれを阻止しようと逸る気持ちを抑えきれず、食い気味に返答しました。
「私めには勿体ないお言葉です。幸甚の極みにございます。ですが──
「おっと余は贔屓はせぬぞ。リヴァキュールもだ」すかさずブレシャナビアの言葉を遮るように、王が口を開きました。駆けだしたところを魔法で強く白いローブの裾を引っ張られたかのようにブレシャナビアはぐらっとよろめきました。王の眼はリヴァキュールの方に既に注がれていました。「其方は余の懐にひょいともぐりこむ術をよく心得ている。其方が申すことは余は一点の曇りのない晴れやかな気持ちで実行することができる。其方を失うくらいならガラシオ地方の全ての都市を差し出すのも惜しくない」
「王あっての私です。どうぞ、これからもお頼り下さい、必ずご期待に応えてご覧にいれましょう」
また都合のいいことを──とブレシャナビアは思いましたが、もはやそんなことを案じている場合はありませんでした。こういうときは決まって、王は自身の我儘を通そうとするときなのです。
──まさか。陛下は本気で……いけない、そんなことを言っては……
「さて、その上で余の意も聞き届けてほしいのだ。天災とな。たしかにこの嵐は天より来る災いである。しかし神は決して間違えぬ。神は不当に我々を苦しめたりはせぬ。即ち、此度の嵐も試練と解するべきだろう。人間たちの能力を試す試練とな。神の下には王と民の二種しかおらぬのだ。勿論、王である余が誤ったなら余が喜んで灰をかぶろうぞ。だが民を救い未然にそれを予期する力を持っているにも関わらず、それを活かそうとせん、銀の魔法使い、悪しき予言者のこの所業は民とそれを統べる王家に対する反逆も同義であると、そうは思わぬか?」
ブレシャナビアは恐れていたことが起きた、と思いました。これまではそこまで王は我儘とはいっても実害の規模は小さいような、庭園に新しい東屋を建てたいだの、お忍びで絵画展に行きたいだの、子供のおねがり程度のものだったのです。それが今、人を陥れようとするような悪しき利己性を帯びたものへと変わったのですから。
──やはりだ。陛下は責任なきところに責任を見出そうとしている。はなから全て理解した上で、本気で自分の意思を押し通して、銀の魔法使いを排除しようとしているのだ。
そう考えると、ブレシャナビアは王がやはり王家の華々しい歴史の裏にある影なる部分を引きずっている人であることを改めて理解しました。それどころか、王家の亡霊に取り憑かれているとまで思うようになり、双杖という歯止めがなければこの人はどのように動いていたのだろうと人生で初めて王のことが恐ろしくなりました。
一方でリヴァキュールはついぞ王が本気で無辜なる市民を排斥しようとする、暴君の誕生を目の当たりにしながらブレシャナビアよりも冷静でした。リヴァキュールは彼ほど長く、宮廷に仕えていたわけではありませんし、決して王が純然たる人となりであることを期待してはいませんでしたから。しかし理由としては腑に堕ちぬところでもありました。
──なぜ陛下は引き下がらず、執拗にも予言者を訴追するか。
リヴァキュールは考えを巡らしてみることにします。
「おいおい、黙ってしまってどうしたのだ? 我が忠臣たちよ。余の論理が間違っているというなら正したまえ」
業を煮やしてギリアム王が言いました。リヴァキュールには王の目の奥に一瞬、怯えの色を見出だしました。
──おそらく王家の地位の揺らぎを案じているに違いない。神の下には王と民しかおらぬとはその意を示しているのだ。
思えば、銀の魔法使いとは異常な存在です。王には仕えず、民から崇められています。王とも民とも違います。
リヴァキュールは合点がいきました。
──神の御心を知るような予言をもたらす者の出現。それは新たな神の代理人たる王の誕生に他ならない。ギリアム王にとって銀の魔法使いは不穏分子以外の何者でもないのだ。
リヴァキュールは合理主義者でもありました。主君の敵になり得る可能性を持った者なら早めにその芽を摘むにこしたことはないと考える程度の合理主義者でした。
──にしても、銀の魔法使いを捕らえるとなると、何か決定打となる理由が必要になるな……
ふたりが思い思いに逡巡する渦中にその者は現れました。
ギリアム王が丁度、先ほど入って来た扉ががたんと音を立てて開きました。その音を聞くと双杖はその名に恥じず、すぐさまふたりとも立ち上がって亜空間から長杖を取り出すと、戦闘態勢になって身構えました。
「王よ! 我らの側から離れますな!!!」ブレシャナビアがそう言いながら魔法を唱えました。「全体要塞魔法!」
淡い青い色の光が三人を包み込みます。王の王冠の宝石がきらりと光りました。ブレシャナビアが発動させたのは高位防御魔法で、物理耐性と魔法耐性を底上げする魔法でした。
なぜこのように迅速に動けるのかは理由がありました。
それは双杖の腕が立つことは勿論ですが、王と双杖の謁見時は宰相ですら玉座の間への入室は不可能でその法を知らぬは招かれざる客、すなわち侵入者となるからです。
もう一度、雷鳴が轟いて、玉座の間が光に包まれました。
「なっ、お前は──
その姿を視認したブレシャナビアは思わず声を漏らし、一度、杖を降ろしてしまいました。リヴァキュールはそんなブレシャナビアを見てもうろたえず絶えず、杖をまっすぐ侵入者とおぼしき者に向け続けます。
「よう。わたしの話をしてたね? それも予言通りだよ」
そこに立っていたのは銀の外套を纏った、妙齢のエルフがひとり。
銀の魔法使い、大予言者。
ヴァンガーディー=ラムスターヘーン、その人でした。




