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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第一章:予言を廻る物語(帝国歴1182年)

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第3話「銀の魔法使いのこと」

 慌てて気を取り直して、ブレシャナビアは杖を再度、持ち上げました。


 辺りには、まさに一触即発という異様な空気が立ち込めておりました。

 先刻まで王が糾弾(きゅうだん)すべき人物としてその槍玉に挙げられていた者。双杖との議論の対象になっていた、あの銀の魔法使いが示し合わせたかのように王宮に現われたのですから、そうなるのも当然でした。


 王と双杖、銀の魔法使いは互いに距離こそ保たれていました。時間という間隔にしろ感覚にしろ銀の魔法使いに、あらゆる面で凌駕されている、双杖は空間的な間隔を設けて対抗するしか優位に立つこはできませんでした。


「おいおい。そう殺気立つんじゃないよ、白いの、黒いの。何も取って食おうってんじゃないんだからさ」

 へらへら笑いながらヴァンガーディーは言いました。その青い目は自身に向けられたふたつの杖という、双杖の敵意の象徴をしっかりと捉えていました。

「何をぬかすか、銀の魔法使い! 王の御前なるぞ!」リヴァキュールが強く言いました。

「もっともだ! 何用か! お主!!!」ブレシャナビアがもっと強い口調で言いました。

「その国王陛下様に御用があってこうして馳せ参じたのさ」ヴァンガーディーは白銀の髪をはらりとなびかせながら言います。「あまり時間がないんだ。通してくれないかい?」


「そう易々と通したりなぞできるか!」

 感情に任せ高圧的にリヴァキュールがそう返答する中で、ブレシャナビアにはひとつ気がかりなことがありました。

「なに? 時間がない、だと……?」

 ブレシャナビアは驚いて、思わず声を上げました。

 ヴァンガーディーは600年近くを生きる、エルフです。エルフは不老不死で知られています。

 戦って死ぬか、もしくは自ら死を選ぶか以外に、ほとんど死ぬこともありません。そうして永遠の中に生きるために時間というものを軽視するのが常です。エルフの古いことわざに『瞬き100年、眠れば1000年』というものがあります。100年、1000年なんて一瞬に過ぎ去るものという意味です。

 ブレシャナビアはヴァンガーディーとも昔から知り合いでしたし、彼女以外にもエルフの知り合いは数人おりましたが、時間について気にかけるエルフに会うのは初めてでした。

──ヴァンガーディーの身に一体、何があったのだ?

 だから、ただ事ではないということにすぐに勘付いて固唾をのんで、見守ることにします。


「余に一体、何の用か。銀の魔法使い」王は双杖がいるのも魔法がかかっているのもありましたがこの状況にまるで動じてはいませんでした。また、付け入る隙を探しているようでもありました。「此度の嵐についての予言が不発で陳謝にでも来たか?生憎だがもう余の決意は固まっておる。其方に責に──


「まるで違います、陛下」ヴァンガーディーはぴしゃりと言い放ちました。「あえて陛下が常々、申されている『責務論』を借りませば、わたしめの役割を果たしに来たといいましょうか。わたしにしかできぬこと、それは言うまでもなく予言でしょう。したがって、ご所望の予言をもたらしに参りました」


「……そうか。わざわざこんなところまで、ご足労ありがとう。余はそんなものに、もとより期待はしておらんがな。それにこれからも期待はするつもりはない」


「ご安心ください。王のご期待の程は、わたしの関知するところではございません。今、この場に正しい判断のできる者がひとりでもおりませば」そう言ってヴァンガーディーはブレシャナビアに向かってウインクしました。「これがわたしからの最後の予言となりましょう」


──最後の予言!?

 リヴァキュールもさすがに今回は普段とは状況が違うことに気づきました。

 そのままに最後という文言を飲み込んでいいかどうかが少しはばかられました。けれども、ヴァンガーディーの呼吸も拍動も目の動きも変わっていませんでしたし、それがハッタリで彼女が話を通しやすくする術の中に組み込まれているとしても、わざわざこんな大胆な手段をとってまで予言を伝えに来たことで既に不利な状況から出発している背景があり、その最後という発言はあまり有効には機能しません。

──たしか、あまり時間がない、とも申していたな。

 そう考えると、緊急性こそ彼女の行動によって裏付けられているといえます。


「ほう、ほう。それはまことに惜しまれることだ。しかしな。余は其方に期待をしておらんと言ったが、同時に信用もしておらんのだ」

 王は玉座に腰を据えて、頬杖をつきながら意地悪に言いのけました。最後の予言というのもあまり信用してはいないようでした。


「ですが、お聞き届けていかねば困ります。これより来るは暗黒の時代です。如何にして民がこれを乗り切るかは、上に立つ者に責があるのです」


「其方……自分が王にでもなったつもりか!?」

 王は憤慨して怒鳴りつけました。

 今、王の頭の中にはなんとして目の前の銀の魔法使いを排除することしか頭にないようでした。

 そのため、「双杖よ。早くそやつを捕らえよ!! 侵入者である! それにこの嵐のときに民の不安を煽る賊の疑いもあるぞ!」と顎をしゃくって付け加えました。


「お待ちくださいませ。王よ」

 ブレシャナビアが見兼ねてそれを制止しました。早くしなければ、リヴァキュールが得意の闇魔法(ダナグ)にしろ、束縛魔法(ジェルキー)にしろ、魔法を放つことが予見されたからです。彼の周りに流れる魔力の微妙な揺らぎから予言者でなくてもその程度のことはわかりました。


「ほう。我が忠臣、ブレシャナビアよ。其方は銀の魔法使いの肩を持つとな?」

 ぎろりと王はブレシャナビアを睨みました。


「いいえ、決してそうではございませんが、何か銀の魔法使いの言には含みがございます。一聴の価値があるかと」

 ブレシャナビアは焦りながら言いました。『時間がない』、『最後の予言』、『暗黒の時代』。そのどれもがつながりを感じさせる言葉でしたから。


「……わたくしからも、進言いたします。処断なさいますのはこやつを最大限に利用した後でもよろしいかと」

 やや物騒な物言いでしたが意外にもリヴァキュールが乗ってくれてブレシャナビアはまだ気は抜けませんが首の皮一枚つながったと思いました。


 双杖が両名とも同様に意見するのですから王も一度、考え直すしかありません。


「……ふーむ。双杖の言ももっともか。それもそうだな……通してやれ」

 王はあまりにも引き際があっさりとしていて、そのさまは奇妙でした。もう少し、ふたりを責め立てて押し問答をしてもおかしくはない状況でしたし、話は後から聞くから早く予言者を捕らえよ、と念を押して言うこともここまでの流れを見ればありえましたが、それをしませんでした。王は双杖がそのような意見をしてくることも予め計算しているようでした。


──自分から凡君であるように見せかけておいて、その実はなんと強(したた)かなお方だ……保身のためにはその才を抜群に発揮なさる……

 ブレシャナビアはギリアム王に感心していました。ひとつのことしか見えていないように見えて、それをより遠くからあくまでそのひとつにまとわりつく全てを見ているように思えました。但し、自らの地位が危うくなったときや、いいように見せたいときに限りましたが。


 ようやく双杖は杖を降ろし、一旦、戦闘態勢を解きました。

「いやいやご苦労、ご苦労。お仕事、頑張ってるね」 

 ふたりの間をヴァンガーディーが軽口を叩きながらぽんぽんとふたりの肩に手を触れて通り抜けていきます。風が吹き抜けていくみたいでした。外は雨が降っているにも関わらず、まったく彼女が雨に濡れている様子は確認できませんでした。彼女からはハーブのような香りがしました。そしてほんのり死の匂いがしました。それはヴァンガーディーの死なのか、来るべき多くの死なのか、それとも両方なのか、まだわかりませんでした。


 そして王の前に立つとヴァンガーディーは跪きました。長い白銀の髪も床につきました。


「ご無礼をお許しください。そして、お通しいただきありがとうございます」


「前置きはいい。申してみよ。其の予言とやらを」


「では、仰せのままに……わたしはこの度、三つの予言を持って参りました」

 ヴァンガーディーは面(おもて)を上げて言いました。

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