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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第二章:初めての冒険(帝国歴1202年)

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第32話「守るもののこと」

 ぐぐぐと大柄の使者によってカケンの首が徐々に締まっていきます。カケンは足をばたつかせながら、口からは溺れた蟹のように泡がぶくぶくと溢れ出し始めました。からんと音が鳴ってカケンが手に握っていた剣がゆるりと落ちて、マークガーヤの足元にまで転がっていきました。


 シュナイザーはとてもカケンまで見殺しにはできず、剣をまた横に立てて構えると地を蹴ってまっすぐ飛び出しました。先ほど、使者をひとりこれで葬った、剣技『円虹』の構えでした。机をいくつも蹴って空中を駆け抜け、勢いをつけることで進む、さながら八艘飛びを用いているようでした。


──これが一番、相手の喉元に届く!


「ホウ。マタ円弧ヲ描く斬撃か。芸がないナ。悪いが既に学習済ミダ」

 ぐいっと使者がカケンを放り投げます。まっすぐ投げつけられた成人男性の体躯はシュナイザーの順路を物理的に妨害するだけでなく、視界を奪いました。


 空中でシュナイザーはできるだけ身体を大きく反らしましたが、正確に投げれらたカケンと衝突します。そりゃ、ぶつかったのでひるみはしましたがすぐに切り替え、騒がしい酒場の客の声音の中からわずかな異音に耳を澄ませます。移動するだけでも風の音、衣の擦れる音、呼吸をする音から位置を割り出せます。彼らが動くときの独特の音はシュナイザーも先ほどの戦いの中で天性の勘で記憶していました。


 しかし、無音。


──相手はどこだ? もしやまた感覚を狂わされたか?

 シュナイザーは『典型的な酒場に思考を固定化する魔法』──彼が仮称するこの長ったらしい魔法の影響を考慮していました。それはあまりにも彼が理で戦っている故でした。ラチュウであればなんなく切り抜けられたでしょう。シュナイザーの感覚は正常で、魔法はそう疑心暗鬼の材料になっているに留まりました。既に一度、酒場から出た時点で魔法は解けていたのです。


 その瞬間、カケンの身体ごとシュナイザーの肩がまっすぐ射貫かれました。使者は真正面からまったく動くことなく単純に一直線に攻撃を放ったのです。

「っつ!……移動していない……だと?」

 本来であれば第一撃で先手を打って相手の視界を奪うのは、戦いの上で有利な位置に移動し、第二撃を加えるための布石です。もちろん、それをシュナイザーは知っていました。


 シュナイザーは己の理によって足元をすくわれたのです。彼はカケンとともに音を立てて机とともに舞い上がる塵の中に消えました。けれども、すぐに持ち前の屈強さでカケンを押しのけるとシュナイザーは跳ね起きます。木がちくちくと刺さっていました。貫かれた肩の傷は内側で組織が焼き焦げて死んだため血が出たりはしていませんでした。

 カケンがごほごほと咳をします。彼もまた脇腹辺りを貫かれていましたが命に別状はないようでしたがそこに丸まったまま動くことはできないようでした。


「ホウ。ナカナカ復活が早いナ」

 意識の外から声がして、シュナイザーが剣をろくに構えられていない内に巨大な手が彼を包んだかと思うとそのまま反対側の壁にまで吹き飛ばしました。シュナイザー型の印章が血を朱肉に壁に打ち付けられました。そのままずるりと力無く下に落ちていきます。

「ダガ明後日の方向を見ているヨウじゃな。視野が狭イ狭イ」

 ですが、まだシュナイザーは剣を杖代わりに立ち上がります。


「……どうして、私はいつもこう、戦いの度に傷だらけなんだろうかな? 無傷で終わったことなんてほとんどない」シュナイザーはへらへらと笑いながらも全身を震わせながら言いました。「そうだ……常に考えてないと気が済まないんだ。ギャラル師範にもよく叱られたな。『戦いは頭だけでやるもんじゃない』って」


「ホウ。走馬灯デモ見だしたカ。憐れな奴メ」使者がそう吐き捨てるように言うと、ずんぐりとイーラーケルの方へと旋回してシュナイザーに背を向けました。そして手を揺り籠のかたちに変形させながら伸ばします。「サア。サッキも言ったろ? 大人しく赤子を渡しナ」


 マークガーヤがすかさずカケンが落とした剣を拾うとぐっと睨みつけて構えました。

「指一本、この子には触れさせん!!!」

 マークガーヤはすさまじい覇気を放っていました。

 使者さえも一瞬、たじろぐようなすさまじい声量でした。客にかかった魔法もかき消してしまうかと思えるほどの声量でした。

 彼とシュナイザーの最悪の出会い方をしたあのときと同じ熱量でした。そこにあるのは子を守る父の姿でした。イーラーケルはシャンティの腕の中でその背中をしかと見ていることでしょう。


 シュナイザーとマークガーヤは会って早々に互いの武器を交えました。

(「誤解だ! 説明させてくれ! 皇帝陛下よりの勅命が下ったのだ! 我々は君たちを守るために来たのだ!!!」)

 シュナイザーは剣。


(「嘘をつけ!!!」)

 マークガーヤはハンマーでした。


「ああ……やはり父は強しだな」シュナイザーがよろよろと足を引きずりながら近づきます。誰が見ても限界の近い足取りでした。「けれど私が守らないと……私が」


 あの場では、アーファンルンク家ではシュナイザーが忘れたことにして許しました。互いに非を感じていましたが、真に旅の仲間として信頼し合えたわけではありません。

 だけどあの森でともに倒木を処理した後。真に互いが心を許したのはあの瞬間でした。

(「…………ありがとう。無茶につきあってもらって…………ひとりじゃ無理だったかもしれないからな」)


(「いえいえ、お礼を言うのはこっちです。ときには理屈じゃないってことを教えてもらいました。これからの旅も力を貸してください」)


「……ああ、そうか」シュナイザーはぐっと力を足に力を込めます。剣を角みたく立てました。『鷹羽』の構えです。「マークガーヤ殿! せーの、でいきますよ!」


 後ろから飛んできたやけに生気の宿った清々しいほどよく通った声に使者は揺り籠にした腕を解いて、ちらりと振り返りました。


──理ではなく直感の赴くまま、真っすぐに。


「せーの?」シュナイザーは自分とマークガーヤを指差し、最後に使者をぐっと差してから首に線を引きました。「…………ああ、ああ! そういうことか。せーの、でな!」


 その言葉で気持ちがつながった気がしました。シュナイザーは深く頷きます。


──一方的に私が守る関係じゃない。ともに守る関係だ。あの子を。


「ホウ。せーのダト? 何ノ秘密の暗号だ? 威勢のイイコトを」使者の関心がシュナイザーの方に向きます。完全に今度は「ソンナぼろぼろの身一つで何がデキル?」


「身ひとつ? おっと、視野が狭い狭い」シュナイザーが不適に笑って言いました。「私はね。いつも師範に叱られていたが唯一、ずっと褒められてきたことがある」


「ホウ。聞いてヤロウじゃないか?」


「『お前は絶対に勝って帰って来る』ってね!」シュナイザーはざっと改めて構えました。「いきますよ? せーの!」


 シュナイザーはぐっとつま先に力を込めるとまっすぐ飛び出しました。客の頭を縫うように進みます。

 使者は射殺す好機と見て、指先に魔力を集中させ始めます。爪に光が灯りました。蜂の巣にするつもりのようでした。

「馬鹿メ。突っ込ムダケなど芸がナイ。空中じゃイイ的──

 使者が全てを言い終える前に、使者の胸を背後から剣が貫きました。マークガーヤによる一突きでした。

 使者はその事態に驚きつつ、胸を反らして剣を折ると片手でマークガーヤを振り払い突き飛ばしました。けれど指への魔力集中は既に途切れていたのでした。


「がっ……」

 口から血を吐いてマークガーヤは飛ばされていきましたが、どこか顔は剣を一本、鍛え上げたみたいに満足そうでした。


 シュナイザーは空中で剣を横向きに持ち替えました。マークガーヤが生んでくれた隙を無駄にはしません。

 すぐにシュナイザーの方に向き直った使者はかっと開いた目から熱線が飛び出て応戦したために、シュナイザーは額に大きくやけどを負いました。けれどその程度でシュナイザーの勢いは殺せませんでした。 

 極限まで近付くと再度、机を踏んで勢いづけてさらに跳躍しました。頭に天井から下がるランタンが軽く触れました。


「ギャラル流剣技・真菰刈!!」


 剣はその届く範囲にある、近距離のものを根こそぎすべて刈り取りました。それは大柄の使者の首を斬り取るには十分すぎるほどの一太刀でした。

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