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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第二章:初めての冒険(帝国歴1202年)

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第29話「南方の使者についての情報が明かされ始めたこと」

 テプタタがそう言ったのを聞いて、酒場にいた者たちが待ったをかけて、口を挟みます。

「ええー! マスター、そりゃないぜ! あんたの『狩人風煮込み』だって引けを取らねえ!」

「そうともさ。客の感想も聞かないで勝敗を決めるんじゃねえ!」

「あんたも自分の料理も食ってみなよ。話はそっからだろ?」


 テプタタはそう言われて自分の『イノシシの狩人風煮込み』の載った皿に手を伸ばしました。それに口を付けたかと思うとすぐにぺろりとたいらげてしまいました。彼は汚れた口を大雑把にも手の甲で拭ってから言いました。


「……ああ、やはりおれっちの直感は間違っちゃいなかった……おい、いいか? 対戦相手のおれっちが白旗上げたんだ。これ以上、誰にもこの勝負に文句はつけさせねえぞ」テプタタは満足げな表情をしていました。それからびしっとフォークをラチュウに向けます。「美味いのはあいつの方だ。勝ったのはラチュウだ」


 その見事なまでの敗北宣言は華麗さすら感じるものでした。

 そこまでテプタタから言われてしまっては皆も卓で「自分はマスターの方が好みだった」や「マスターの言う通りだ」と個人的な会話をしても大々的に結果について異議を唱えようとはしませんでした。ただひとり、ラチュウという男を除いて。


「だが、じじい。いや、テプタタ。あんたの料理も最高だ」ラチュウは立ち上がって言いました。「だから僕はあんたが勝ったって思ってる」


 店内が騒がしくなります。カケンとスイケンもこの勝負、どうなるのかと酒と固唾をがぶ飲みに見守っていました。シュナイザーとドトが行く末を案じて顔を見合わせました。イーラーケルはマークガーヤに抱き替えられて、ラチュウの方を見つめていました。


 テプタタはそれを聞いても冷静に黙っていました。ですが、棚の方に向き直るとこの店で一番、度数の高い蛇酒である『蟒蛇(うわばみ)殺し』を取り出しました。栓を抜くと、がんと机に打ち出したジョッキにそれを遠慮せず、全て流し込みます。それを持つとまたカウンターをひょいと軽々飛び越えてラチュウの前まで来ました。鼻が曲がってしまうかのような、きついアルコールの匂いが店内を満たしました。

「おい、ラチュウ。対戦相手のお前にも文句は言わせねえぞ?」ジョッキをぐいっとラチュウは突き出しました。「ケツの青い台詞を言ってんじゃねえ。この世の中にどっちも勝ちなんて生易しい道理はねえのさ。今回はお前が勝ったんだ。おれっちが先に負けを認めたんだからな。勝利の美酒に酔いしれる資格はお前にあるってもんだ」


 そう言うと、とれと催促するみたいにテプタタは顎をしゃくりました。ラチュウはそれを一度は拒みましたが、さらにぐいっと胸に押し当てられて渋々、受け取ります。テプタタは飲めとさらに顎をしゃくりあげます。テプタタは飲むまで帰らないという風に立ちはだかっていました。勝利を無理にでも自覚させようとしているみたいでした。荒療治でした。


 しばらく向き合っていましたがようやくラチュウが折れました。


「……ああ。わかったよ。僕の勝ちだ」

 観念したラチュウはそう言ってから、『蟒蛇殺し』を飲みました。ラチュウの口の中にざらりと蛇が入ってくるかのような固い舌触りがしました。蛇毒を飲んだように喉がぴりぴりと鳴りました。一部から歓声が上がります。


「さあ、これで勝者が決まった! 酒を手に取れ! 飲み明かせ!」

 テプタタが音頭をとると、さらに歓声は強まり、皆が勝者が確定したことを祝うように乾杯しました。それからひとりが歌い始めるとまたひとり、またひとりと歌い出しました。机に床が、食器にジョッキが全て楽器になりました。口が食べ物でふさがっていて歌えない者も、料理に舌鼓を打ちながら、手を叩いて歌の律動に乗りました。ラチュウはふらふらと席に座りました。


 さあさあ飲むぞ はりきり飲むぞ

 おいらの腹にゃ 入る一樽

 さあさあ食うぞ たらふく食うぞ

 おいらの腹みろ みるみる育つ

 さあさあ歌え  とことん歌え

 おいら腹うちゃ 奏でる音色

 さあさあ暮れる 日が暮れてゆく

 おいら腹から  夜が主戦場


 歌い終わると拍手が起こりました。

 料理対決の最後はテプタタの威圧にラチュウが押し負け、彼が勝利を宣言させられるというとても変わった幕の降り方をしたのです。


「その酒はおれっちからの奢りだ」

 テプタタは手をふらっと上げるとカウンターの方に帰っていきました。




 一行もしばらく食事を楽しんでいましたが頃合いを見て、シュナイザーがスイケンの肩を叩きました。ぼろ衣からほこりが舞います。

「さて料理もしっかり堪能できたことだろう」シュナイザーが待ちかねたように言います。「『南方の使者』とやらについて今一度、詳しく聞かせてもらいたい」


「ああ、そうだったな。お宅はその話をしたがってたんだったな」口の周りを盛大に汚したスイケンが言いました。彼はカケンの方を向いて判断を仰ぎます。「どうする? カケン。仮にも盗み聞きしてた奴だぜ? 乗り気がしねえな」


「スイケン、待ってたらこんな美味い物にありつけたんだ。盗み聞きなんてたいしたことじゃないって思えてこねえか?」カケンは気前よく言いました。けれど、それから少し考えこむように俯きます。「……だが、ただで教えてやるってのもな」


「ああ。俺もそう思ってたとこだ。盗み聞きは許せても、ただじゃな」わかるだろ?、とスイケンがこちらを卑しい目で見つめながら言いました。「情報には対価が必要だろ?」


「もちろん、私もただでとは言っていない。こちらも情報に見合うだけの礼はしようと思っている」

 シュナイザーがすぐに言いました。そう言えば、話を後回しにされたとはいえ、話すことを了解されたわけではありませんでした。ですが、ラチュウの料理が功を奏したのか、入口としては成功していました。あとはどれほどの金か物品を請求してくるかです。


──『南方の使者』については旅を安全なものにする上で喉から手が出るほど、急いで手に入れたい情報。だが、あまりそれを悟られては足元を見られるだけだ。


「……もっとも、何も知らないってんじゃ喋ってもらわなくて結構だ。他の者に訊くだけだからな。我々にとっても、そこまで急ぐほどのことじゃないんだ」

 シュナイザーはちらりとイーラーケルを見てから余裕そうに言いのけました。主導権はあくまでこちらにあることを意識させておかなけばなりませんでしたから。


「いや、今は気分はいい。それに乗り掛かった舟というやつだ。話してやろう。情報ならあるからな」カケンは主導権を譲るつもりはないようでした。「そうだな……まず、ここのお代を俺らの分まで含めて払うのを約束してもらおうか」


「……ああ、いいだろう。話してくれ」

 シュナイザーが少し間を置いて答えました。間は悩んだふりでした。カケンとスイケンがもうけたな、と互いの拳をぶつけました。シュナイザーは渋っておいて、その程度の価値の情報かとも思いましたが、聞いておいて損はないとも思いました。「そうだな……まずどこで知ったのだ? その『南方の使者』とやらついては」


「どこで知ったか、……そうだな……たしか、あれはそうだ。ロップルから聞いたんだ」

 カケンが言いました。


「ロップル?」


「ああ。東のデイアって町で薬草屋をやっている奴だ。ヤーバクーにも時々来る。

 そいつが言うには今から三日前のことだ。

 薬草を摘みに歩いて秘密の場所に向かっている最中。目の前で黒い犬みたいな奴らに荷馬車が襲われていたのが見えたらしい。ロップルは野犬だ、追い払ってやろうと思って近くの木の枝をもって勇敢にも近付いていったら、荷馬車の馬が押し倒された拍子にその犬みたいなのは急にすくっと立ち上がってな、荷室の中に前足をがっと突っ込んだらしい。

「ロップルはそれを見て、すぐに蛇に睨まれた蛙みたいにぎょっと全身の筋肉が固まって動かなくなったそうだ。そいつはこっちに気付いたみたいだった。顔をこちらに向けると何かを咥えてから再び四足になってこっちへ走ってきた。

 もう終わりだと思ってロップルは目を瞑った。何か鼻息のようなものが顔にかかって次には赤ん坊の泣き声がした。恐る恐る目を開けると、そこにはフードを深くかぶってはいたが、ちゃんと美人とわかる女の顔があった。だが口が耳まで裂けていたらしい。女は死人のような冷たい色の手で赤ん坊を抱いていた。そいつは片言でこう言った。

 『我らハ、南ヨリキタ、アル尊き身分のお方ノ使者ナリ。コノ辺リで赤子が産まれたトイウ報ヲ聞イタコトハアルカ?』とな。

「ロップルは我ラという言葉を聞いて辺りを見回した。優に六人ほどのそいつの仲間の女がロップルを取り囲んでいた。

 関わりたくないと思ったロップルは知らないと必死に言ったそうだが、五度目の知らないを言おうとした瞬間、ロップルの唇を厚い接吻が襲った。

 奴はわけがわからず困惑したが何か呪いをかけられたみたいで口が勝手に動き始めてしまったらしい。 

 すぐにこの前聞いた、ガライユの町で子どもが生まれたというのをべらべらと話してしまった。

 そいつらはそれを聞くと後は何もせずに赤ん坊を口に咥えなおすと走り去っていったそうだ。ガライユの方向に向かって」

 カケンが物語るかのように畳みかけて言いました。魔物のようでいて人の顔を持っている。二足でも四足でもある。


「まさしく悪しき魔女だ。それに犬に変身できるなんて、噂通りのスキンウォーカーの姿だ。呪術的な儀式と紐づけて当然だ。南と言うのもロッカーテがぴったりハマってる」

 スイケンが口を挟んで言いました。

 スキンウォーカー──シュナイザーにとっても聞き慣れない言葉ではありません。動物に擬態する魔法を会得した魔法使いは度々、この名で呼ばれていました。


「割り込むんじゃねえさ。訊かれてもねえことをむざむざ言う必要もねえだろうよ」カケンが適当にいなしてから言います。

「おっと、話を続けよう。

 逃げ帰ったデイアでロップルはあれが幻だと信じて自分を落ち着かせようとしたらしい。

 だが次の日に心配でならなくて町の同業者にそれとなく訊いたら、ガライユでも赤ん坊の誘拐騒動があったというのを無情にも聞くことになった。

 あれは幻なんかじゃなく、赤ん坊を狙う者がいることに警鐘を鳴らすべきだと決意したロップルはそれから会うもの全てにこの話をして回っていた。

「あんまり皆、信じちゃいなかった。俺も初めはそうだった。

 だが、俺は実際に見た。丁度、デイアからスイケンと落ち合うためにヤーバクーで向かう最中のことだ。山の頂上に黒い何かが見えた。初めは動物かと思って気にしなかったが、そいつは次見た時にはすくっと立ち上がって頭身が伸びて辺りを見回していた。まさしくロップルが話していた通りの姿だったんだ」


「なんだ、カケンもあれを見たのか。俺も見たんだぜ? だから話を振ったんだ」

 驚いたようにスイケンが言いました。


「……魔物である可能性は考慮しなかったのか?」

 シュナイザーがただ確認したくて訊きました。

 そこまでの話を聞いていて喋っていてなぜ彼らはその正体が人間であるという確信を持っているのか、が妙に気になったのです。


「そりゃ……考えもしなかったな。だって、魔物は普通、人の言葉を喋ったりはしないだろ? 魔物の言葉ってもんがあるんじゃないか? それに人の顔を真似るだなんて聞いたことがないしな」

 カケンが答えました。それは単純な思い込みというより、思考が強引にも修正されている感じがしました。得体の知れない異形の存在なら魔物として疑い始めて、最後は人にまで行くというのならわかります。しかし、はなから人として認識することが当たり前のようになっていてそれが当然の了解である、というのは実に奇妙な事態だったのです。

──もちろん、あのスヴェトロノスのように人の言葉を解する魔物はごまんといる。それを知らない人はいるだろうが、魔女という人が犬に変身出来て、どうして魔物が人に変身できないとまで思えるのだ?


「そうともさ。使者って名乗って自我があるってなら、自分が人間ってことを言っているようなもんだろ? 魔物は魔物であって、人を自称するなんて変じゃないか。人間様は俺たちだぜ?」

 スイケンがさらりと言います。それは人としての傲慢さがありながらもどこか違和感のある言い回しでした。まるで魔物が人を自称するときと同じ響きを伴っているのでした。

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