第28話「料理対決の全容が語られたこと」
「おっ、やってやすね」ドトが人込みをかき分けて顔をのぞかせました。「シュナイザーも連れて来やしたよ」
「あ、丁度いいところに来られましたね。もうすぐ完成ですよ」
シャンティがふたりが合流したのに気付いて言いました。
「ふたりはどんな料理を作ってたんですか?」
シュナイザーが気になって訊きました。カケンとスイケンが見やすい場所を探して背伸びをしたり、飛んでみたりしているのが見えました。
「…………それが気になるなら、もっと早く来たらよかったんじゃないか?」
マークガーヤが痛いところをついてきました。
「それもそうなんだが……」
イーラーケルのことで色々あった、と言うのもこの場では憚られました。いや、伝えてもよかったのかもしれませんが、今この場ではテプタタとラチュウを立てることにしました。
テプタタもラチュウもどちらもほぼ佳境みたいでした。
テプタタは腕を組み、蓋を閉じた鍋が火にかけられているのを見ておりました。ぱかぱか開閉する饒舌な蓋の間からワインのかぐわしい匂いが漏れ出ていました。
一方のラチュウはカウンター下の窯の前で蹲っていました。中からイノシシ肉の独特の香りが溢れ出してきていました。
さっきと違ってふたりの罵倒と貶し合いをもうそこにありませんでした。後は個人で時機を見て、最も美味いと思えるときに出して切り分け、提供するだけという最終局面に入っていました。
「よし! 私が何があったか教えてあげますよ!」
シャンティが今、来たばかりのドトとシュナイザーにこれまでどんなことがあったかを教えてくれることになりました。彼女は全て技術を盗んで帰るつもりだったらしく、声に出して説明するのは復習として丁度良いと言っていました。見ていない部分は他の人に教えてもらったそうです。
まずイノシシをどんと置き、ふたりはそれを半分に切り分けるところから始まりました。
腹をばっと裂いて内臓を傷つけないように出します。できたら皮を一気に剥いでいきます。白い生まれたてのような姿になったら、身に包丁を通していきます。イノシシの特徴である赤身肉が露になりました。
「この肉、よく包丁が通るじゃねえか。たぶんこいつは雌だな」テプタタはそっと呟きました。触れた瞬間、頭の中で全ての料理の工程が形作られていきます。彼を勝ちを確信してから言いました。「おい、鼻たれ面。どの部位がいくら欲しい?」
「ともばらを2000グルーもらう」ラチュウがぐいっと包丁で腹部の肉を切り取りながら言いました。彼もまた切り込みを入れた瞬間に勝ちを確信していました。「えらく余裕をかましてるじゃないか! 思い切りが足りないぜ? 『料理は食材と味付けと火加減と、そしてほんの少しの思い切りでできている』んだ!」
ラチュウは気付いたら自分の好きな言葉を引用していました。ダラメライ──かつて存在したガルシェッドという国の伝説の料理人の言葉です。
「ダラメライだな? ほらとっとと持ってけ」テプタタは当然のようにわかった上で顎で指示して、ラチュウが肉をとり終えると思い切って背中の肉をとっていきます。豪快に切ったロースを板の上に置きました。そして後から宣言します。「そんならおれっちはロースを2000もらう。残ったもんはうちで取っておくからな。言っとくがショバ代だ。安く済んだと思え?」
「好きにしろ……こっちも色々と借りるんだしな! じじいの古臭い調理道具を我慢して使ってやってんだ! こっちが金を貰いたいくらいだがな!」
「おう。使ってくれてありがとうよ! 後から負けたら味を道具のせいにすんじゃねえぞ? だせえからよ!」
ふたりはことあるごとにぶつからないと気が済まないみたいでした。
ラチュウはまずとった肉の血の塊がついたところを綺麗にとっていきます。それから少し時間を置いていたため臭みがついているのに気づき、塩水で軽く肉を洗っていました。
テプタタはそれを見て、口を出します。彼は酢で肉を洗っていました。
「へっ、コソ泥面。これだから素人は。塩水は洗うんじゃなくて、しばらくつけておいて使うんだよ! その方が臭みがとれるからな!」テプタタが葉っぱをかけます。「きゅっと身がしまって味が落ち着くようにするには酢か、ワインを使うんだよ!」
「黙って自分の調理に集中するんだな! 人のやり方に口出すんじゃねえ! 第一、料理はまだ始まってもいねえだろうが!」
「これだから覚悟が足りねえってんだ! 『料理は食材に最初に触れた瞬間から既に始まっている』んだよ!」
「てめえ、ダラメライを! こんのじじい! 喧嘩売りやがって!」
「あん? おれっちが引用しちゃいけねえってのか? ダラメライもレシピも皆のもんだぜ?」
もはやお互いの一挙手一投足が気に入らないという様子でした。
むすっとしたまま、ふたりは自分の料理に戻ります。この火種は消すのが大変そうです。
テプタタは酢で洗った肉を乾かしておいて、鍋に火をかけるとそこにバターを放り込みました。バターが溶けたところに刻んだ玉ねぎ、にんじん、パセリ、セロリをばーっといれました。それを塩を加えて炒めていきます。ワインに着けて一晩、置いてマリネにすれば臭みもとれて、美味しくなることは知っていましたが時間がありませんし、こういう野生の臭みを残した奥行きのある味わいもテプタタは嫌いではありませんでした。
「しかし、このイノシシ。綺麗に締められてるな」
テプタタは肉を広げながら感心して言いました。イノシシはすぐに酸化して内臓から臭くなってしまうものです。しかし、これは一瞬でとどめを刺されているために、時間が経ってはいても、まだ肉が死んだことにようやく気付き始めた程度の鮮度で保たれていました。相当の手練れによって倒されたのだろうと思いました。
「まだだろうか……」
ラチュウはというと、あれだけ非難されていながら考え直して、肉を塩水につけていました。頭を冷やすのは得意でした。待っている間にウイキョウ、ローズマリー、オリーブ、ニンニクを細かく刻んでおきました。そろそろいいだろうと肉を引き上げ、血で染まった水を捨て、その肉を板の上に置きました。良く味が浸透するように肉に包丁で切り込みを入れて塩コショウをまぶしていきます。さらにさっき刻んだ香草を上に乗せました。それを丸めていきまして、糸でくくると太くなった肉の塊を五つ作りました。
「かなりうまいこといったが、あとは火加減だな!」ラチュウはそう言って頷きました。工程が比較的、少なかったために後は焼くことを残すのみとなりました。「おい、じじい! 窯借りるぞ! 窯!」
「好きにしな」
テプタタはそっちを見ないで機嫌悪そうに答えます。
その返事を聞いて、ラチュウはすぐに焼き始めようとも思いましたが、ここで薪を使わないといつ使うのだと思い立ちました。彼はボールで肉の塊の上に蓋をしてから馬車に積んでいる薪を取りにこっそり裏口から出ていきました。もちろん、テプタタはこれに気付きました。
「ったく、自由な野郎だぜ」
テプタタは木製の大きなスプーンで鍋の野菜をかき混ぜてから、フライパンを出してオリーブオイルを引くとローズマリーを入れてから、並行して肉を焼き始めました。ぶわっと肉と香草の匂いが舞い上がります。
さらに追加のパイの注文があったのでその仕込みも始めました。
「そろそろかな?」
三分ほどしてフライパンの肉を裏返しました。綺麗に焼けています。満足そうに頷いて、そこで一度、テプタタの集中がパイの方に向いてしましました。
それから五分ほどして薪を抱えたラチュウが帰ってきました。
ラチュウは着くなりなんなり、鼻を犬のようにくんくんいわせると苦い顔をして薪をぼろぼろ落として駆け寄ります。
「あー! じじい!」ラチュウが肉を焼いているフライパンまでいって慌てて肉をベラでひっくり返します。肉に少し焦げ目がつき始めてる頃でした。「言わんこっちゃねえ! 肉を焼きすぎになるとこだ!」
「あん? てめえ!」テプタタがぴしゃりとラチュウの手を打ちました。ですが、たしかに肉の焦げを見てテプタタは動揺していました。助けられたことは自覚していました。それでも安易にお礼を言うほど素直な人ではありませんでした。「か、勝手に手出してんじゃねえぞ! 『人の料理に手を出すことは──
「『その人の娘に手を出すことと同じ』だろ?」
ふたりの間に沈黙が走りました。
そして次の瞬間、ふたりは笑っていました。そして指を突き合わせると声を合わせて言いました。
「「ダラメライ!!」」
それでまたふたりは笑いました。あんなにさっきまで険悪だったのに今は笑っているのですから不思議でした。人が打ち解けるのはほんの小さなきっかけ、ひとつなのかもしれません。
「おい、じじい! 改めて窯借りるぞ!」ラチュウはくるりと後ろを向いて足元に転がった、薪を拾いながら言いました。「あとついでに胸も借りてくぜ!」
「好きにしろい!」テプタタはフライパンにワインを入れると、足元に転がっていた薪を拾ってラチュウに渡しました。さっきまでの罵倒の掛け合いはいつの間にか小気味の良い掛け合いになっていました。「あと借りんのは窯だけにしときな!」
ラチュウは窯の下に薪を入れると、火が強くなっていくことを確認しました。ボールをのけると、肉にコショウを振って頃合いを見て、窯の中に入れてじっくり火を通し始めました。彼はその後、使った調理道具を洗い始めました。そこで初めて多くの人が自分たちの料理対決を見守っていたことに気づいて手が止まりました。
「おい! 手が止まってんじゃねえか!? ボケ面?」
ラチュウが緊張していることに気を利かせて、テプタタが声をかけました。
「……じじいの方こそ、他の注文に手取られて、疎かになってんじゃだろうな? 耄碌じじいが同時並行で料理なんて慣れないことなんて無理しちゃって!」
すぐにラチュウが調子を取り戻して言い返しました。
テプタタはワインで十分に煮込むのを終えると、今度はそれをそのまま半時間ほど炒めた野菜の鍋に投入しました。さらにトマトを絞って入れて掻き混ぜると蓋をしました。
「──というわけです!」
シャンティが話し終えました。時間が一瞬で過ぎ去ったみたいでした。それがこれまでの料理対決の全容のようです。
「あーい! あい!」
イーラーケルも話し終わったことを教えてくれています。
「ほぼ悪口しか記憶にないんですが……」
シュナイザーが言いました。一生分、悪口を聞いた気がします。
「…………改めて言われるとそうだな」
マークガーヤが言って苦笑しました。
「わふう……」
心なしかゲリも呆れているみたいでした。
「──いい話だなあ……」
ドトは感動してこのような話でも泣いているのでした。
そのとき、窯を覗き込んでいたラチュウが声を上げました。
「うし! できたぞ!」
「おれっちのもそろそろいいかな……」
テプタタもわずかに蓋を開けてメガネをずらすと隙間から中身を見ながら言いました。ふうと、彼は汗を拭います。
「ついに完成したらしいぞ!」と誰かが言って酒場全体で歓声が上がって、酒場が揺れました。
「料理対決だからな……名乗りを先に上げさせてもらうぜ?」テプタタがすかさず言いました。彼はカウンターに片足を乗っけると叫びました。「テプタタ=サファロエ! おれっちの一皿は『イノシシの狩人風煮込み』だ!!」
これまでで最も大きいざわめきが起きました。
「待ってました! 気まぐれ屋!」、「我らがマスター!」、「お前に賭けてるんだから勝てよ」と思い思いの言葉が飛び交います。
「僕だって……」ラチュウは皿を名いっぱい掲げて声を張り上げます。「ラチュウ=フュウモニッチ! 僕が作ったのは『イノシシの丸焼き』だ!!!」
さらに大きなざわめきが更新されました。
「いいぞ! じじいなんてくったばせ!」、「よっ、新星!」、「お前に賭けてるんだから勝てよ」とまた思い思いの言葉が飛び交います。
次々と料理が切り分けられて振舞われていきます。一応、イノシシはシュナイザーたちが持ち込んだ食材であったので一口目を食べる権利は一行に譲られました。
「……シュナイザーが獲ったイノシシだ。お前が初めに食えばいいんじゃないか?」
ドトが忠言しました。
「早く食わせろー」や「腹減って死にそうだ」という我慢できなくなった人から野次が飛んでいました。そう言う者はいても皆、テプタタや女中が怖いのか、借りて来た猫のように行儀よく待っているのでした。カケンやスイケンもこちらを向いて今か、今かとそのときを待っていました。
「そうか? ならお言葉に甘えて、いただくとするよ」シュナイザーはラチュウ特製の『イノシシの丸焼き』を口に運びました。口に入れた瞬間、肉汁が溢れました。「ああ、うまい。口が幸せだ」
それを聞いて、一斉に皆が食いつき始めました。周りから絶賛の声が相次いで上がります。シュナイザーが食べたのが『丸焼き』だったのに触発されて、方々からそれへの評価が中心になっていました。
「あえあーい!」
イーラーケルがテプタタとラチュウの料理に両手を伸ばしました。
「あら! ねえ、あなた。イーラーケル食べたいって言ってるみたい!」
シャンティが嬉しそうに報告しました。
「…………さすがに食べるのはまずいだろうけど」マークガーヤが考えてから言いました。「…………汁を吸わせて上げるくらいならいいんじゃないかな」
「そうね。イーラーケル、ちょっと吸うだけよ」
シャンティは指で肉をとって、口に持って行ってあげました。イーラーケルはそれを大事そうに吸いました。
「…………次からお乳じゃなくてこれを飲ませろって、この子が言い出したらどうする?」
マークガーヤが笑いながら言いました。
「まあ! それは困るわ!」シャンティはそう言って笑いました。それから大袈裟に言います。「またシュナイザーさんにイノシシを獲ってもらって、ラチュウさんに調理してもらわないと!」
「お酒、おかわりいかがですかー!」
ちゃっかり女中が商売をして笑っている夫婦の横を通り抜けていきました。
カウンターから酒場の客の様子をテプタタは窺っていました。
「へえ……随分と好評じゃねえか……でもおれっちは流されねえぜ? お手並み拝見と行こうじゃねえか……」そう言ってテプタタは『イノシシの丸焼き』をがっと口に持っていきました。それからニヤリと口角を上げて飲み込みます。「おっと、こいつは……!」
がつがつとテプタタは『丸焼き』をかきこんでいきます。まるで口の中にラチュウの料理が入っていない時間がもったいないとばかりに。
「じじいのこれ美味いぞ! 『狩人風』だったか? 酒にすごく合うぞ!」
ラチュウはしっかり席に戻って、テプタタの方を先に食べていました。
「おい! ラチュウ!」ラチュウの背後から、テプタタが大声で呼びかけました。ラチュウが振り返るとテプタタはカウンターで嬉しそうに微笑んでいました。「美味かった! おみゃーさんの勝ちだ!」




