第24話「無理を押し通したこと」
「……へえ。いい目をするじゃないか……でもね。医者としてあんたを診た責任上、それには同意しかねるよ」ノンがはっきりと言いました。目を合わせないようにしてさらに続けます。「あたしの見えないところにしろ、あんたが野垂れ死んだなんて聞いた日には食事がまずくなるからね。それにあたしの名医としての評判に傷がつく。怪我人が医者に傷を負わせるなんてそれこそ恩を仇で返すようなもんだろ?」
「ああ。無理難題を言っているってのはわかっている……だが……」
「『超人薬』!!!」ノンはばんと治療記録を床に叩きつけて言いました。火砲が放たれたみたいでした。シュナイザーに鬼のような怒りの表情を向けていました。「あんた、あんな劇薬使っといてよくまだ粘れるね! ろくに動けもしないくせに!」
その突発的な音に皆の話し声がやんで、床屋に静寂が訪れました。
シュナイザーがぐっと腹筋に力を入れて腰を起こします。
「これでどうだ?」
ノンがそれにぎょっとした後、すぐに口うるさく説教をはじめました。しかし、シュナイザーは気に留めず、じっくり自分の身体を観察してみます。右手は縫合され、左手には金属で固定され、腹部には軟膏が塗られ、その全てに包帯が巻かれていました。近くにあった鏡を覗けば、髪の毛の一部が刈り上げられてその部分は縫合されていました。顔中に無数の傷がついていました。さっき、ノンが読み上げた通りです。
「──あんた聞いてないでしょ」
せっかく心配してやっているのに甲斐性がない──と不満げにノンが言いました。
「ああ。聞いていない」
かつてないほどまっすぐ直球にシュナイザーが答えました。
「……そこまであんたを突き動かすものは何なのよ?」
「そうだな……命を拾ってもらった主君への恩と……」そう言ってから、シュナイザーがちらりとアーファンルンク一家の方を見てから言います。「その命の使い方を知っているからだ」
シュナイザーの目は生き生きと輝いていました。とてもすぐ死ぬ無謀者の目には見えませんでした。
──こいつマジだな……
ノンはもうこれ以上言ってもしょうがないと半ば諦観していましたが、状況を悲観したりはしていませんでした。自分の命の危機があったというのに、現在もその危機に曝され続けているというのに、決して意思を曲げない。並大抵の覚悟ではない。もはや狂気にも近いシュナイザーという男の覚悟を目の当たりにしたからでした。
──大義のために死ぬ奴は大馬鹿者だが、こいつは大義のために死のうとはしていない。尊い誰かの、人のために生きようとしている。
「……はっ、そうかい。はあ、あんたといるとこっちまで疲れるよ。何にも言うこと聞かないんだから」ノンが青髪をわしゃわしゃと搔き乱しながら言いました。「せめて鎮静剤渡しておくから、飲むんだよ。あとどっか町によったらその都度、診てもらうこった。それがわかったら、とっとと行っちまいな」
「……ありがとう。世話になったな、ノン」
そう言ってシュナイザーは鎮静剤を受け取ると、寝ていたベッドから降り、立ち上がりました。
無論、身体中が無茶をするな、安静にしていろと抑制をかけましたがそれさえも跳ね除けて、顔色一つ変えないで荷物をまとめ始めました。ドトがそこに駆け寄って、鎧などいくつか重いものを代わりに持ってあげていました。
シュナイザーはロケットを首にかけ、軽くコートを羽織り、ズボンを履きました。
そうして、そのまま一行のところまで歩いていきました。
シュナイザーは仲間からかけられる、心配の声に笑顔で「大丈夫だ」と返しながら床屋を出ていきました。
ノンは自分と助手のアルフォンゾ以外に誰もいなくなった床屋で、また大きな溜息を洩らすと治療記録を拾い上げました。アルフォンゾはずっとシュナイザーとノンとのやりとりを見守っていたようでしたが随分と頭に血が上っているみたいでした。彼には単なる医者の忠告を聞かない馬鹿な患者に見えましたから。
「姐さん。よくあんな薄情な奴らを診てやりましたね! 床屋でつけなんて、非常識な支払いから逃げないといいけど!!!」
アルフォンゾはぷんすか怒りながら言いました。
「診てくれって言うんだ。それに金も払うってんなら診てやらないわけに行かないだろ?……つけられはしたが、男爵様もあたしたちと同じで評判は大事だ。逃げたりがしないだろうさ」ノンが椅子に座り羽根ペンを回しながら言いました。「……あたしが診てやんないとあんな黒い森から来た奴らなんて気味悪がられるに決まってるしね」
「姐さんはやっぱりお優しいなあ!」アルフォンゾは打って変わって嬉々とした表情をしました。「あんな森から来たなんて言われたら俺は断っちまいますよ」
「……普通は、そうだろうね。アルフォンゾ、あんたにあたしが医者になった理由を話したことがあったっけね?」
神妙な顔つきでノンが訊きました。
「いや、ないですよ」
「……そうか。ちょっと昔話になるんだけど聞いてくれるかい?」
「姐さんの話ならいくらでも聞きますよ!」
アルフォンゾは自分の胸をどんと叩くと元気に言いました。
ノンは目を閉じると話し始めました。
「……ありがとう。小さい頃になるけど、あたしはあの森に友達と度胸試しに行ったことがあったんだ。そのとき、運悪く足を怪我して友達とはぐれちまって。どうしようって泣いてたら、ある魔法使いが現れてね。その人は元々知ってた、吸血の魔法を応用して止血の魔法であたしを治してくれた」ここまでついていけているかい?とノンはうっすら目を開けましたが、アルフォンゾは真剣に聞いていました。よしよしと再び目を閉じます。「その人は名前がないというんであたしはお礼にリーブとかいうそんな名前を付けてあげてね。その魔法使いは親切にも森の出口まで送ってくれて、改めてお礼を言おうとふっと振り返ったら、もうその人はそこにはいなかった……あたしは魔法は使えなかったけど、医療の知識をつければ魔法みたいに一瞬で人を治すことだってできるかもしれない。そうすればあの人みたいになれるかなって。そう思って医者になったのさ。だからあの森は皆気味が悪いというけど、あたしに夢をくれた森だから。そこで何かあったなら、あたしがあの人に代わって治してあげたいんだ」
「姐さん! 俺は感動しました!」気が付くとアルフォンゾは泣き出していて嗚咽まじりにそう言いました。「俺もあの森から来た奴をもう気味悪がったりしません! 俺も皆を治したい!」
「はは、あんたは単純だね。アルフォンゾ」ノンが目を開けてそれを見ると笑いながら言いました。それから髑髏の入れ墨とはかけ離れた天使のような微笑みをして言いました。「それがあんたのいいところだけどさ!」
シュナイザーたちはドトの提案でテプタタという知り合いがやっている酒場に向かっているところでした。イーラーケルを除いて、皆が昼ご飯を抜いておりましたので異を唱えるものなどおりませんでした。
時刻はもう夕方でした。なんだったらこの数時間かで一行、皆が回復したのは奇跡のようなものでした。ラチュウは、特にマークガーヤとシュナイザーに関しては、あのイーラーケルの破魔の光(少なくともラチュウはこのように考えていました)を最も間近で目撃した者としてこの赤子の秘めたる可能性を感じずにはいられませんでした。
「シュナイザーが獲った、あのイノシシ。もしかしたらテプタタが調理してくれるかもしれないからな」
ドトがにこにこしながら言いました。彼は鼻歌を歌っていました。「それに久しぶりにあいつにも会える」
「ええー! 僕が料理したかったのにー!」ラチュウが思わず悲痛の声を上げました。「それに薪の約束もあるんだよ!」
「まあ、食べて研究するこったな!」
ドトがそう言って笑いました。
「…………そうだな…………あと薪の約束ってのは何なんだ?」
マークガーヤがおずおずと訊きました。
「いや、ちょっと木の魔物と約束してね……僕はお前を切り倒すからには無駄にしたりしないぞ!って約束しちゃったんだ!」
「……お前、そんな戦いをしてたんだな。通りでぼろぼろになってたわけだ」そう腑に落ちたように言ってから、シュナイザーは不安げに訊きます。「お前、まさか『契約』したんじゃないだろうな? そうなると少し厄介だぞ」
「いや、昼ご飯に使うって約束破っちゃってるし……相手死んでるし……たぶん大丈夫だと思う!」
悪びれずにラチュウが答えました。どのような形にせよ、無駄にせず、ご飯の際に火を焚くのに使えば問題ないだろうという大雑把な考えが彼にはありました。
「どうだか……」シュナイザーが言いました。「早いうちに説明してやるからしっかり頭に叩き込むことだ」
「…………ふふ、鉄は熱いうちに打てだな」
「ひえー! 酒場では頼むから勘弁してくれ! 飯くらいゆっくり食べさせてくれー!」
ヤーバクーの町はなかなか賑わっておりました。大通りには露店がいくつか立ち並んでいて、薬草やら武器やら装飾品やら食べ物やら旅に欠かせない物の数々が陳列されていました。それはこの町がウェルコルテ街道の支流沿いに位置することが関係しておりました。黒い森の近くにあるとは言っても多くの行商人の立ち寄る情報と商品の交流の場であることには変わりありませんでした。またフェリペの村のような村と違い、町であるので五百人ほどが定住しておりましたから。
男性陣が話している中でシャンティは物珍しさに露店を縦横無尽に駆け回っていました。その後ろをゲリがついて回っています。特にゲリは彼女を気に入っているみたいでした。
「わあ! このお花、何て名前かしら。綺麗!」
「おっ、奥さんお目が高いね! これはサルビアってんだよ」と店主。
「このブレスレット、素敵ね!! ゲリもそう思わない?」
「わふう!」とゲリ。
「こっちの服もいいわ!!! もう少し小さいのなら。イーラーケル、あなたも着れそうじゃない?」
「あーい!」とイーラーケルが言って笑いました。
「奥さん、楽しそうでいいですなあ!」
ドトが、ほのぼのしながらマークガーヤに言いました。マークガーヤも深く頷きました。彼女が楽しそうでこっちまで楽しくなってきました。
そうこうしている内に、大通りからひとつ路地にそれると、『テプタタの気まぐれ酒場』と書かれた、ビールと骨付き肉の描かれた看板が見えました。
「ここか? ドト」
「ああ、ここだ」ドトが人差し指を立てて言いました。「ただし! 入るときは気をつけろよ。テプタタはちょいと変わり者だから」
「…………入るとどうなるんだ?」
「何をしてくるかは野郎次第さ」検討がつかないという風にドトが手を広げて言いました。「何たって、気まぐれ酒場だからな!」
「関係ないさ! さっさと入っちゃおうぜ!」ラチュウが豪快に扉を開きました。その瞬間、ひゅんとナイフが飛んできて彼の頬をかすめました。「え」
ラチュウは冷や汗が伝って来るのを感じました。そして頬に手をあてると固まってしまいました。
「よう。おれっちのナイフ避けたな」奥のカウンターに何とも奇抜な格好をした男が立っておりました。「なかなかやんじゃねえか? あん?」




