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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第二章:初めての冒険(帝国歴1202年)

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第20話「死闘が繰り広げられたこと」

 シュナイザーは一心不乱に走りながら片手に持った剣で闇の塊をまっぷたつに裂きました。闇は上下に弾け飛んで、黒い爆炎があがります。その中から両手でしっかりと剣を握ったシュナイザーが炎をものともしないで現れました。


「はあああああっ!」


 シュナイザーはスヴェトロノスに空中に大きく円弧を描く、切りを浴びせました。それはこれまでのどの切りとも違う、独自の構えから放たれた一閃でした。

 そして口の中でしっかりと呟きます。


──ギャラル流剣技・円虹(まるにじ)


 この斬りの狙いはスヴェトロノス本体だけを斬るのに留まらず、蠟燭(ろうそく)の火を消し去るように背後の鬼火ごと掻き切るというものでした。

 スヴェトロノスはこれまでと同様に捉えどころなく消えましたが、その剣でたしかにひとつなにかを切り裂いた感触がシュナイザーには残っていました。

──やはり鬼火は切ることはできたか。瞬時に移動する際にも連動して移動し、感情のぶれに対応していたから身体とのなんらかのつながりがあると感じたが当たりだったな。だが鬼火はどういう役割を果たしているのだろう。


「……ほう。いい着眼点ですね」さっきよりもやや横にずれて再び出現した、スヴェトロノスは杖を軽く地面に叩きつけました。きちんと背後に舞う鬼火の数は六つにまで減っていました。「荊棘魔法(ペーテル)


──ん?たしかに今、自分が切った鬼火はひとつだったような……


 一瞬の思考を無情にも断ち切るが如く、刺々しい(いばら)の壁が地面から飛び出してきて、スヴェトロノスとシュナイザーとの間に壁を築きました。視界を奪われたシュナイザーはすぐに動き出して、目の前の茨を薙ぎ払いますが、それに気をとられている隙に既にスヴェトロノスは背後に回っていたのです。


「かかりましたね。棘の餌食になりなさい」スヴェトロノスはそう言ってニヤリと笑いました。「衝撃魔法(ドズ)!」


 ごうっと押し寄せる重い空気の圧を受け、シュナイザーはどんと茨の波に押し付けられました。

──いつっ!

 鎧で身を包んでいたところは棘による負傷はさけられましたが落馬したときの衝撃が再度彼を襲い、挙句、兜を付けていなかったがために顔にはしっかりと棘の応酬を食らいました。すんでのところで目には刺さらなかったのが不幸中の幸いというところでしょう。


 シュナイザーがぐっと手を押し当てて、茨から顔を引き抜くとスヴェトロノスは次の魔法の発動に移行していました。


大闇魔法(アソダナグ)!!」

 トウヒの杖からさっきよりも大きく、揺らぎなくまとまった闇の球体が放たれ、高い精度を持ってシュナイザーの顔面に迫りました。彼は瞬時に頭の位置を極限まで下げてしゃがみ込んで、それを回避すると背後での爆発と同時にユニコーンの角のように剣を立てて、そのままの反動を活かして地面を蹴り、突っ込みました。


──ギャラル流剣技・鷹羽(たかばね)!!


 その剣はシュナイザーの身体ごとスヴェトロノスの幻影を突き抜けて、そのままひとつの鬼火を正確に射貫きました。

「……これはなかなか……今度はどこにいるかわかりますかね?」スヴェトロノスは煙のように立ち消えながら言いました。そして消えた後に声だけが響きます。「暗黒魔法(ワスタリス)


 途端に暗黒がまとわりついてきます。掻き分けど掻き分けど、まったく外へは出られません。闇がどの方向にどれほどの厚さで広がっているかも予想がつきませんでした。それどころか森の黒さが拍車をかけて境界が掴みづらくなっているのです。

──なるほどこの黒い森の縮小版ってわけか。奴がこの森全域にかけた魔法もこれの応用したもの。

 それまでの戦いこそ、うっすら暗闇に慣れてきた開けている片目と鬼火の光や相手の魔法が放つ光とそれの爆発を頼りに行う戦闘でした。ですが今は何も見えません。

 さっきの攻撃でシュナイザーの顔に開いた無数の穴から血が流れてきて、開いていた目に入り、視界がさらにぼやけました。彼はそれをぐっと拭いました。


「もう、こうなったら!」

 ここでようやく閉じていた片目をシュナイザーは開きました。

──こっちの目なら見えるだろ?シュナイザー!

 シュナイザーは自分にそう呼びかけて奮い立たせます。それからぼんやりと闇の揺らぎの中に外に浮かぶ人の形をした影が見えました。見えた影に向かって闇を切り裂いていき、一点突破をかけることにします。


 闇を駆け抜けたとき、目の前にいたスヴェトロノスが杖で魔法を撃つ構えをしつつも驚いた表情を見せましたが、彼は間に合わないと判断して自分の意思でそこから消えました。そして「その目、見えなかったわけじゃないのですね。見事に見破りましたか」とどこからか言いました。


 シュナイザーはスヴェトロノスの魔法を撃つ速度が落ちたように思えました。

 高位の魔法には時間も魔力もかかります。スヴェトロノスが欲しいのが情報なら、シュナイザーを殺さない程度まで痛めつけるのが目的の達成としてが妥当なはずです。

 となると、さっきの暗黒の魔法で若干の時間を稼ぐことができた中で溜め時間の長い高位の魔法に失敗したことは、低位の魔法の連発で近寄らせないという戦術に向こうが切り替えてくることが考えられました。


──一旦、戦場を壊し、できる限り障壁を多く作る必要があるな。場合によっては広い間合いのとれる武器を確保するのもありかもしれない。

 広い間合いのとれる武器──それは木のことでした。さらに、首にかかったロケットを意識します。

──……あまり使いたくはなったがここまでくると、あの薬を使うのもやむを得ないな。


 シュナイザーは思い立ったように道から外れて、木を切り倒し始めました。次々に木がみしみしと倒れていきます。森全体が軋み始めたような騒ぎでした。そのまま更地にでもしてしまうのではないかという勢いでした。カラスのチェルトのいる木も切り倒されて、慌ててチェルトが「タイヘン、タイヘン」と言いながら飛んでいってまだ無事な木にとまりました。チェルトはそこで胸を撫で下ろしました。

 戦っていた場所にはトウヒの大木が多く転がり、ろくな足場もなくなりました。落馬後、臥せっていたときにスヴェトロノスは上から降りて来たので、飛行する魔法をおそらく使えますから、それはシュナイザーが狂乱して、自分の戦場を狭めただけに見えました。


「何の真似ですか?」スヴェトロノスがつむじ風のようにふいっと倒れた木の上に出現しました。頭にはいくつもの血管が浮き出ていました。完全に森を荒らされているのもありますが、シュナイザーが何をしでかすのかわからない不穏さを自然と感じていました。スヴェトロノスは空中に浮かび上がって、構えた杖の先はかつてないほど大きな輝きを放ち始めました。森中が真っ黒な光でさらにその黒を濃くします。最大の魔法を放つ準備が始まっていました。「もう容赦はしませんよ?」


 シュナイザーは剣をしまうと魔法を撃つ速度の低下、そして魔法の練度と時間の関係をもとに、自分にはまだ猶予があると考えて、スヴェトロノスのことは気にせずに鎧の中からつけていたロケットを取り外します。ロケットの中には神書の『最良の隣人を持て』という文言が刻まれていて、さらに三粒の薬が入っていました。今、この場においてはスヴェトロノスが鳥籠の中に入れられたわけですから、それにとっても屈辱的でした。


「さっきは渋ったけれど、これを使うしかないらしい」


 そう言うと、シュナイザーは薬を一錠とってそれを飲みました。その薬が彼の胃にまですとんと落ちるとすぐにそれは分解されました。それから彼は身体の芯から全体へと血が廻りに廻って沸騰し、まるで熱湯が全身に流れているような気分を味わいました。膨張した筋肉が甲冑の中で暴れていました。シュナイザーは上の甲冑を脱いで身軽になりました。薄い服一枚で今の自分には十分でした。力が(みなぎ)ってきます。


 シュナイザーの顔の傷からも血が噴き出しました。「まずい、まずい」と彼はそれを押さえます。全身の疲れもとれて、痛みすら麻痺してくるのですから薬はすごい効き目でした。ここまで来ると怖くもなってきそうですが、そういう恐怖だとか負の感情はことごとく消え去っていました。『劇薬は口に苦し』とも言いますが美味しかったとさえ、記憶がいい方向に塗り替えられていました。


──久しぶりに使ったからな。身体を慣らすのに少し時間がいるかもな。慣れる前に出血多量で死ぬなんてのはごめんだが。


「腕によりをかけて作った魔法です。盛大に味わいなさい!」ついにスヴェトロノスの威信にかけた魔法が完成しました。「特大闇魔法(アソダナグガン)!!!」


 特大の闇が放出されました。それは黒い星が落ちて来たかのようでした。

 とても人を殺さない程度の生易しい威力のものではなく、まともに食らえば跡形もなく風の前の塵となることが予期できました。そのため、スヴェトロノスの怒りがそのまま形となって降ってきているようでした。


──たしかに木を切り倒せば奴の顰蹙(ひんしゅく)を買うことは計算に入れるべきだったな。だがそうなっては仕方ない。やや予想としては外れたが、もう一つの方を試してみるか。


 しかし、シュナイザーはまったく動じず、気持ちを切り替えてトウヒの木を脇に二本抱えました。それを交差させます。まるでその巨大な闇を受け止めようとしているみたいでした。

「まだ昼ご飯も食べちゃいないんだ。熱々で食べ応えのあるうまいやつを頼むよ?」

 なんだか心なしか口調まで薬に乗せられて、より勇ましいものになっている気がします。


 シュナイザーは「迎え撃つ!」と声を上げて自分から飛び上がると二本の木まとめて豪快に巨大な闇を殴りつけました。それは剣技というより拳技でした。闇は木と接触すると途端に爆発を起こし、その炎があたりの木に次々と燃え移りました。スヴェトロノスもシュナイザーも両方、襟を引っ張られたかのようにまっすぐ後ろへ吹き飛びました。


 シュナイザーは崩れていく木片の中におりまして、そのまま木の幹に頭から激突し奥まで顔を埋めました。そんな中、ものの数秒でそれを力技で引っこ抜き、頭から大量の血を流しながらその中では獲物を狩る獣のように目を爛々(らんらん)と光らせていました。さらに彼は足を幹に添えると、ピューマのように飛び上がって、空中で剣を抜き、落下するスヴェトロノスにまで突撃してその胸をトウヒの木に串刺しにしてみせたのです。剣を立てて突っ込む『鷹羽』を空中でやった改良技です。


──ギャラル流剣技・鷹羽改(たかばねあらた)!!


「ぐはっ!」


 スヴェトロノスはそこで吐血しました。シュナイザーの顔と上半身に黒い血がかかりました。そのとき、彼は初めてスヴェトロノスに対して剣で触れられた感触が、そのたしかな手応えが感じられました。さらにそれに満足することなくスヴェトロノスが消えかける中で、抜け目なく手を伸ばして鬼火をひとつ握りつぶし、それを消し炭へと変えました。


 シュナイザーは剣を引っこ抜くとトウヒの木の上に降り立ちました。そうしてまた得物をしまうと、近くの木をまた特大の剣に見立てて構えます。すぐにスヴェトロノスが息をつきながら離れた木の上に現れました。


「……無茶苦茶な戦い方を……しますね」スヴェトロノスの背後の鬼火の数はもう二つにまで減っていました。滝のようにどくどくと血が流れる胸の傷に向かって杖をあてます。「止血魔法(ヤローチ)


 すると、何も攻撃をしていないのに、鬼火がまた一つ消えました。とうとう、スヴェトロノスの背後に舞う鬼火はひとつにまで減ってしまいました。


 この鬼火の正体をシュナイザーはここで明確に理解しました。おおよそ検討はついていましたがここで確信に変わったのです。

──やはり、鬼火は魔力の残量を表す源であり指標か。そうなると奴は自分に蜃気楼の魔法のようなものを常にかけ続けていたからこそ、魔力も同時に消費していたわけだ。それにさっきの高位の闇魔法でかなりの量を消費したと見えるな。だから一時的に蜃気楼への魔法の集中が解けて攻撃があたった。


「おいおい、もう風前の灯火じゃないか? お前のご自慢の鬼火とやらは。そりゃ出血を止めるのは大事だが、そんなことをしている魔力の余裕があるのか?」

 シュナイザーは声高に言いました。彼の顔には血がしたたっていました。


「シュナイザー卿、あなたが……それを言うのですか?」止血の重要性をまるで理解していないような風貌の目の前の敵にかなり呆れながらスヴェトロノスは言いました。そして、顔を上げて呼びました。「チェルト! こちらへ来なさい!」


 チェルトが自分が呼ばれたのを聞きつけて、木からさーっと滑空してきました。

「リーブサマ! オヨビデ? オヨビデ?」

 チェルトはスヴェトロノスの右肩にとまって翼を畳みました。


 そこに躊躇せず、丸太で突進をしかけてきたシュナイザーをスヴェトロノスはひょいと避けます。


「ええ! あなたの出番が来ましたよ!」

 スヴェトロノスは別の木に飛び移ると、不気味な笑顔を、チェルトに向けて頭を撫でました。


「オヤクメ、オヤメ──

 そこまで言ったとき、スヴェトロノスはチェルトの頭を握りつぶしました。そして、筋肉を痙攣(けいれん)させながら落ちていくチェルトだったものが木の表面に触れた瞬間、スヴェトロノスはそれをまるで虫を捻りつぶすように踏みつけました。

 

「なっなにを!?」

 これにはさすがにシュナイザーは動揺を隠しきれず追撃の手が止まってしまいました。薬の力をもってしまってもこみあげてくる不快感はすぐには拭えませんでした。


 するとスヴェトロノスは泣き出しました。背後の鬼火が次々に灯っていき全部で六つにまでなりました。ぞわっとした寒気がシュナイザーを襲いました。

──……あのカラスは何らかの切り札になるとは思ってはいたが、まさかこんな残酷な……


「おお、チェルト! 死んでしまうとは何事ですか! また生まれ変わってワタシのもとに飛んでくるのですよ!」それはまるで他人事のような口ぶりでした。そして泣き疲れた老人のように涙を拭いました。「さて、チェルトの尊い犠牲があった以上、ワタシはここで勝たねば彼に顔向けができないというものです!」


──あくまでカラスは肉が詰まっているだけの魔力貯蔵庫か。こいつやっぱり化け物だな。

 何だかシュナイザーは笑えて来ました。想定した以上にスヴェトロノスが常軌を逸していたからです。どういう感情が正解なのかもわかりませんでした。

「はは。思った以上に狂っているな。倒し甲斐があるよ」

 そう言ってシュナイザーはスヴェトロノスを睥睨(へいげい)しました。


「おっとっと、狂っているのはお互い様でしょう? 勝利とは犠牲の上にこそ輝く暗黒の聖杯! あなたは自分を犠牲にし、ワタシはチェルトを犠牲にした。それだけのこと」スヴェトロノスは自分の文法を用いてべらべらと喋り始めました。「筋書きは決まってるのです。魔物は死に絶え、真に人たらしめる者だけが最後まで大地に立ち、聖杯の栄光を授かる! ワタシが勝利さえすればそれはチェルトを含めたこの森全ての人間の勝利なのです!」


「ああ。同意見だ。全ての人が勝利するって部分に限るがな。ところで聞き流していたからわからないのだが、人とはすなわち私たち人間のことを指すと思うがあっているか?」

 シュナイザーはすっとぼけて言いました。


「ワタシからすれば違いますが、違わないのかもしれません。ここで最後に立っていた者が人間です」


「立っていた方が人間か……わかりやすくて助かるよ」


 シュナイザーとスヴェトロノスはお互いに武器を構えました。それらの間に冷たい風が吹き抜けていきました。

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