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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第二章:初めての冒険(帝国歴1202年)

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第16話「人間と魔物のこと」

「嘘でしょ……」

「え」

 マークガーヤとシャンティは思わず目を伏せました。シャンティは既に涙がこぼれていました。


 シャンティの涙がこぼれ落ちたのとほぼ同時に首を切り離された肉体がどすんと地に横たわりました。ラチュウのすぐ横に丸い物が落ちました。イノとおぼしきものの首でした。ぎょろりとその目がラチュウを睨みました。


「どうして、わかった?」

 首だけになったイノとおぼしき顔がうらめしそうに言いました。やはりその状態になって会話ができるということはラチュウの判断は正しかったようです。それはイノに化けた森の怪異でした。


 「バーカ、教えねえよ!お前ら魔物に種明かしなんざしないさ!」

 ラチュウは転がった首を足で踏みつけ固定すると剣を突き立てました。ぐっと力を込めると「くそう」と短い断末魔を上げて首は息絶えました。

──だってお前の目、真っ黒じゃないか。まるでこの森みたいに。

 ラチュウは剣についた黒い血を振り払いました。森の中で下手に種を明かしてそれを学習されればこの先、この森を通る者に危険が及ぶに違いありませんから、それは正しい行動でした。しかし、首の方にラチュウの神経が多分に削がれていました。それは間違いなく彼の隙が生まれた瞬間でした。


 そのとき、降りてきてその様子を見守っていたドトが思いっきり叫びました。

「ラチュウ! 油断するな! 後ろだ!」

「なに──

 ラチュウが気付いて振り返ったときには彼の胴体に、首を切り離された肉体の方から伸びた枝の様な触手がめり込んでいました。ラチュウは近くのトウヒの木に叩きつけられました。血を吐いて地に転がりました。イノに化けていた肉体は立ち上がって、着ていた服をびりびりに破くと肌は完全に木の皮になっていて化け物に完全に姿を変えました。それは木の精霊(ニンフ)の一種、ドリュアスもしくはハマドリュアスと呼ばれるものでしょう。それもとびきり邪悪な個体です。


「どうしてそちらだけが意思を持っていると思った?」木の化け物はさっきまでイノの腹になっていた部分が上下に裂けて口のような器官を作り出していました。「油断したな。森を荒らす不届き者めが」


「木のお化けが、よく喋るじゃないか!」ラチュウは剣を地面に立ててそれを支えにしてふらふらと起き上がりました。口の中は血の味がしました。肋骨が何本か折れているみたいでした。それから剣の先をまっすぐ木の化け物に向けました。「僕らの道を阻むならその邪魔な枝、綺麗に間引いてやるよ!」


「……これだから、魔物は」木の化け物は枝を伸ばします。ラチュウがそれを剣でなんとか流しました。「森を自分たちのものだと思っている。毎日、同胞が切り倒され、悲痛の声が根を介して伝わる」


──そうか、僕らも相手からしたら魔物、か。

 ラチュウは人間側から『魔物』と呼ばれる存在もまた、自分たちこそ真に人間らしいと考えて、人間側を”魔をもたらす物”として魔物と呼んでいることをどこかで聞いたことがあるのを思い出しました。


「だからそっちが僕らを刈る側に回るってのか?」淀みなく木の乱撃は続いていました。ラチュウはそれを防ぎ切るので精一杯でした。一部、防ぎ切れなかった枝が体をえぐってきます。板金の鎧はあまり意味をなしていませんでした。所詮は薄く伸ばした金属に包まれているだけのことです。正直、会話をする余裕はあまりありませんでした。ですが彼はどこかに付け入る隙ができないかと虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたのでした。「たしかに僕たちは森に生かされている部分もあるさ! だけど森をいたずらに荒らしているんじゃない! 皆、衣食住を確保するために、生きるために少しだけもらってるだけだ!」


「魔物側の都合なんざ知るか」木は先端を尖らせた棘のような根を足を伝ってこっそり地中にひとつ伸ばしました。下から突き刺してやろうと思ったのです。「貴様らこそ死んで土に還り、この森を生かす養分になれ!」


 ですが、ラチュウは少し乱撃が鈍ったことに気が付きました。

──何か仕掛けてくるな。

 ラチュウは全方位に神経を集中させました。枝をはじく中で、かすかにですが土の中を何かが這ってこちらに迫ってくるのが聞こえました。ラチュウは右に大きくずれて地中から飛び出してきた枝を切り落としました。「ぎぎぎ」と木のきしむような音がして、木の化け物はひるみました。

 ラチュウはすかさずこの好機を逃すまいと木の化け物の枝を刈り取りながら全力で猛進をかけます。このあたりは彼の勢い任せなところが功を奏しました。


「お前は対話を望んだんならちゃんと向き合うことだ!」そして次々と枝を払い落として、木の化け物の身体を守る最後の一本にまで辿り着きました。そしてすぐに語りかけます。「僕たちは森とともに生きている! お前は森だけが生きればいいと思っている! どちらが魔物だ? どちらが人間らしい?」


 木の化け物が口のようなものを作り出したということは必ずしもそれが身体的な戦いだけで勝負を決しようとしたわけではないことの表れでした。もしかしたら言葉でも屈服させて戦意を削ごうとしたのかもしれません。もしくは、ただ会話をしたかったのかもしれません。それはラチュウの測れるところにはありませんでした。


 ですが舌戦においても肉弾戦においても、木の枝一本がこの木の化け物の命をかろうじてつなぎとめるところまで肉迫していることからも、その勝敗は明白でした。


 「そうか……我は負けるか」

 木の化け物もこの勝負がついたことは理解していました。人間であると思っていた自分たちがより魔物らしいことにも納得したようでした。


 ラチュウはあと少し力を入れれば剣をこの木の化け物に振り下ろし、命を木の幹ごと断ち切ることができるのがわかりました。ですが、それを彼は躊躇っていました。木の化け物の中の剣が既に折れていることからもう勝負がついたと思いましたから。


 さらに思い返してみると、結果的に木の化け物は人間を敵視していたから良いものの、そもそもこの攻撃をはじめに仕掛けたのは自分です。

 この戦いで剣を抜いたのは自分。ここで彼の命を刈り取れば、人間はみだりに森を荒らす者であるとして彼が言った通りの魔物たる人間像が完成しています。

 それをなんとなくですが、ラチュウは気付いてしまいました。


 ラチュウはいやいや、と顔を横に振ります。

──違う。脅威をすかさず取り除くという意味なら、初撃を躊躇わなかったことはよかったんだ……あれは木の姿ではなく怪異そのものだったから。だが、今はどうだ?


「どうした、人間とやら。まさか躊躇っているのか? それとも、気付いたか? 我らとお前たち、どちらも魔物になり得ると」木の化け物は言いました。それは俯瞰(ふかん)して物事を見ているようでもありました。常にどちらかが人間であると主張しているということは、どちらも魔物となる可能性があるということでしたから。「そうだ。貴様がここで無意味に我を討てば、貴様は単なる森を荒らす者になるな……それは貴様の言う、森とともに生きる人間性を否定するやもしれない」


「ああ……だからお前を討つことに意味を持たせることにするよ!」ラチュウは力強く言いました。それから少し考えて、そして笑いました。「……お前は今日の昼ご飯を作るときの(まき)にしてやる! 無駄にはしないさ!」


「そうか。それ真に意味を持つなら……我にはそれにつき、これ以上、語る言葉は持たない」木の化け物は続けて最後の言葉を吐きました。「だが、最後に覚えておけ。貴様ら、人間が我らをみだりに荒らすようならば我らは許さぬ。そのときは『魔物』を徹底的に排除しようとするだろう……この森に立ち入る限り……」


「わかったよ……僕たちはこれまでも、これからも森と生きていく! 約束するよ!」

 ラチュウはそう言って剣をそのまま押し込みました。木の化け物はどっと倒れて口が合った部分は木にぽっかりと空いた(うろ)へと変わっていました。ラチュウは屈んでその木々を脇に抱えました。そして「いてっ!」と短く言いました。傷が痛むみたいでした。ドトが「持ちますよ」と言って茂みをかき分けて、ラチュウのもとに駆け寄りました。




「あなた、今の見てた?」

 いつからかわかりませんが、シャンティは小窓からその様子を窺っていたみたいでした。


「…………いいや、俺は怖くて見れなかったよ…………君は何を見たんだい?」

 ようやくマークガーヤは顔を上げました。彼はずっとこの調子だったようです。


「イノが木のお化けになって、それをラチュウさんが倒しちゃった」

 自分でも何を言っているかわからないという風にシャンティは言いました。涙のあとはすっかり乾いていました。


「…………へ?」

 マークガーヤはまるで意味が分からず、ただそんな反応をするしかありませんでした。




 それからしばらく待っているとシュナイザーが帰ってきました。その手には立派なイノシシが抱えられていました。ドトが見たのはイノシシの影だったようです。

「いやいや、こんな大きなイノシシを倒すのはさすがに骨が折れたよ」嬉々としてシュナイザーは言いました。それから本当の意味で骨が折れている、ラチュウの方を見て言いました。「ラチュウ、これを昼ご飯にしよう……おっ薪を拾ってくれていたのか……お前もやはり昼について考えはじめていたんだな」


「……ああ! 間違ってないけどさ……」


 それからシュナイザーはゆっくり舐め回すようにラチュウを見て言いました。

「……私はともかく、なぜお前がぼろぼろなんだ?」


「まあ……色々、あったんだよ……後できっちり話すさ!」

 そう言うとラチュウはアルスヴィズの方に「痛い、痛い」と呟きながらぴょんぴょん跳ねながら戻りました。シュナイザーはどうしたんだろう?、と思いながらその背中を見送りました。


 一行は森の出口に向かって再び出発しました。

 この黒い森の脅威は完全に去ったのか。

 それは誰にもわかりませんでした。

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