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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第二章:初めての冒険(帝国歴1202年)

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第15話「気持ちの休まらない休息をとったこと」

 マークガーヤは絶句しました。彼は震えていました。震えが止まりませんでした。

──まさか、そんな…………

 何が起きているのか理解できていませんでした。たしかに自分は数分前に森に入ったはずです。シャンティがそれを心配そうに見つめています。


「旦那。あんまり気が滅入ってるようじゃいけやせんぜ」ドトがそう言って元気づけました。「たしかにもうかなりの距離を来やしたが、この森は長いってシュナイザーも言っとりやしたから。もう少しの辛抱ですよ」


「そうよ、あなた」シャンティがマークガーヤの手を上から包みました。彼女の手は温かく、震えが幾分かましになってきます。「私もこんな森に辟易としてたけれど、今、そんな気持ちを吹き飛ばす歌をドトさんから教わっていたところなの!」


「…………そいつは…………よかったな」

 そう言いながら、マークガーヤはあの時間が飛んだ現象がたいそう気味が悪く、まるで頭の中にまで黒々とした森がその枝を伸ばして侵入してきているかのようにも思えました。このまま正気でいられるかも自信がありませんでした。

 ですが、シャンティがこの真っ暗で陰鬱な、重苦しさで押しつぶされてしまいそうな空気をなんとか和らげようと気丈に振舞っているさまに勇気を貰いしました。「…………その歌、聞かせてくれ」


「ええ! ドトさん、もう一度歌って下さる?」

 シャンティが言いました。


 「任しときな。奥さん!」ドトはそう言うと歌い始めました。



  朝も夕暮れ月夜の晩も   荒野を駆ける騎士ひとり

  かくも気高きその心    使命の炎がよく燃える

  悪し龍にぞ捕らわれた   宝玉この手に掴むまで

  決して帰らぬ覚悟の火   龍吐く劫火に匹敵せん

  されどもこの者龍討てば  どっと虚しく地に臥せり

  顔には微笑天は晴れ    勇士旅路を見守らん  



「…………なんだか悲しい歌だな」

 マークガーヤは単純にそう思いましたからその言葉が漏れ出しました。

 騎士としての使命感から悪い龍を討ったが、そいつと相討ちになって死んでしまった勇士。そこだけ見れば悲劇でした。最後の節で満足そうに逝ったように書かれていますが死後のことなんて後世の人からどうだって言えますから。


「解釈にもよりやすがね」ドトがマークガーヤの意見も認めつつ言いました。「かの『旅の守護聖人・勇ましきナスル』を歌った歌です。あっしはこの歌は勇気の歌だと思っとりやす。あっしたちの旅の無事を祈ってナスル様はきっと見守ってくれてるんでさあ」


「私も初めは少し暗い歌かなと思ったけど、ナスル様が私たちを見守ってくれているって思うこと自体が素敵なんじゃないかしら」

  シャンティが述べました。彼女は昔から人や物の良い部分を見つけるのが得意でした。


「…………そうだな…………そうなのかもな」

 マークガーヤが一旦、受け止めつつ、曖昧にぼかして答えました。彼の気持ちの晴れない理由は、シャンティと対照的に暗い部分に目を向けてしまうようになっていたからでした。やはり彼の心は森に毒されているようでした。


 それから一行はいくつか分かれ道を通って、歌を歌ったり、他愛もない話をしたりして、しばらく30分ほど進みました。森はそこに住む生き物全てが息をひそめてこちらを窺っていると思えるほど静かでした。


 一旦、森の道中でしたが、休息をとることにしました。イーラーケルに乳をやらなくてはいけませんでしたから。そんなに長く留まるわけにもいきませんでしたが、必要な休息でした。

 シュナイザーはアールヴァクを木にリードをくくりつけて止めておきました。このリードはその気になれば、馬だけの力でほどけることができるように緩く結んでありました。


 休憩に入ろうととしたドトは馬車を降りたとき、道の左奥の枯れたトウヒの木の陰で一瞬、何かがさっと動いたように見えました。木の陰から木の陰へと素早い身のこなしで飛び移るようなそんな何かでした。


「おい。シュナイザー。あそこで何かが動いているように見えなかったか?」

 自分が何かを見た左方向を指さしながらドトは言いました。


生憎(あいにく)、私はそちらは見ていなかったからな。ドトは見たのか?」


「ああ。おそらくだがな」


「……そうか。なら私が見てこよう」

 何の躊躇(ためら)いもなく、シュナイザーは言いました。


「おいおい、危なくないか? わざわざこちらからいかんでも……」

 何かを見た本人であるドトも、シュナイザーをそちらに行かせることには思わず萎縮しました。今のシュナイザーは勇敢ではありましたが無謀なものにも思えたからです。


「後から障害になる可能性がある」シュナイザーは勇ましく言いました。それから十分、ドトに近寄ってから言いました。「それにうっすらずっと何かにつけられている気がしていたからな。ここで討てればよしだ。何かあれば私に構わず、馬車を出すように。いいな?」


「……ああ、わかった。気を付けてな」

 そのドトの返事を聞いてシュナイザーは満足げに頷きました。


 そして馬車のところまでわざわざ来ると忠告しました。

「少し向こうを見て参ります。皆さんは危険ですから、窮屈で申し訳ありませんが、外には出ないようにお願いします」シュナイザーが言いました。それから指示もついでに出しておきます。「ドトとラチュウは馬車についていてくれ」


「はいよ」とドトが短く言いました。

「おうよ!」とラチュウも返事をしました。


 シュナイザーは剣を抜き、蛍石の光を弱めて、足元だけを照らすように調節すると、警戒しながら茂みに入りました。


 ドトは馭者台(ぎょしゃだい)に戻りました。スキンファクシとフリームファクシは毛が逆立っていました。

 シュナイザーが追った何かの正体に彼らも勘付いているのだろうか、と思っているとそれから誰かのお腹がぐーっと鳴ったのを彼は聞きました。

「おや誰か腹が減っているようですな……この分だと昼ご飯はヤーバクーあたりまでおあずけでしょうな」

 彼は暢気に言いましたシャンティとマークガーヤは顔を見合わせました。どちらも腹の音に心当たりがなかったからです。イーラーケルももちろん、違いましたから。彼らはその音はドトのものと思っていたからです。


 するとシャンティが目の端で何かを捉えます。それから視線をそちらに向けると、とてもそらすことができないようで固まってしまって、マークガーヤの肩を必死に揺すります。

「……あなた、『あれ』って何? 何なの? まさか、ええ、きっと違うわよね?」

 シャンティはとても状況を飲み込めてはいませんでした。それにその彼女は自らがさす『あれ』に心当たりがありましたから。理解と理解不能が頭の中で激しい渦を巻いていました。


「…………ん?あれって何だい?…………どこにそんな」

 身を乗り出して、シャンティが見ている方にマークガーヤは目を向けました。彼は目を疑いました。

 そこにはひとつの馬車が転がっていました。村によく来る、行商人が使うような(ほろ)のついた馬車です。それの車輪が無残に砕けて地に溶けていくように横たわっていました。それも道からはずれた、シュナイザーの向かった方とは反対側の道の右奥の森にありました。


「あれって、あれって。イノの馬車じゃ……ないわよね?きっと違うわよね?」

 泣きそうな顔でシャンティが言いました。

 イノ。それは村によく来る行商人の名です。外の世界の情報を村にもたらしてくれる重要な存在、とシャンティ含め多くの村の者が信頼していた人物でもあります。馬車は彼の物とよく似ていました。


 マークガーヤもそこから目を離せませんでした。信じたくはありませんが、たしかにイノのものと形状がよく似ていました。ですが、その固まっ視線と考えをなんとか振り払おうとします。

「心配ないさ………きっと、きっと違うよ」

 マークガーヤはそう言って気休めの言葉をかけてやるしかありませんでした。


「一体、どうしましたか?大丈夫ですか?」

 ドトがさすがにこの事態を心配して訊きました。自分が目撃した影といい、客室で家族が見たものと言い、何かが起こり始めていることは彼にもすぐにわかりました。


「いや、あそこに──

 マークガーヤは指をさし、そこまで言いかけたときに、崩れた馬車の方に変化がありました。馬車の陰からぬっと人影の様なものが這い出てきて、それが立ち上がって、こちらへゆっくりとですが近付いてくるのです。それは右足に怪我を負っているようで、そちらの足をひきずりながら、蛾が光に群れるみたいに、まっすぐこちらの光を目指して、向かってくるのです。


「おい! ドト! 大変だ! 森に知り合いがいる! しかも怪我をしている!」


「なに、本当ですか!? あっしのところからは、うーん、見えやせん」ドトが驚いて言いました。すぐに後ろにいたラチュウに尋ねます。「ラチュウ、何か見えるか?」


「ああ! 見えてる! どうも怪我した者がいるみたいだな! 助けに行きたいが、ドト、お前にしばらく馬車を任せられるか?」

 ラチュウがすぐに反応して、訊きました。ドトは腰にあった護衛用の短剣を取って掲げて「任せな」と言いました。


「ようし! あんた、待ってろ! 今行くからな!」

 ラチュウは人影に向かってそう呼びかけると、蛍石をその場に残して、放たれた矢のように駆けだしました。

──黒い森で事故か………災難な奴もいたもんだ……


 後ろに残してきた、蛍石でぼんやりとその顔が見えたあたりで、ラチュウは急に止まりました。

 白い肌に傷、ぼさぼさの髪、そして──


「あ、あれイノだわ! たしかよ!」

 シャンティが顔が見えて、イノだと確信して喜びの涙を流しながら言いました。


「…………ああ、よかった…………無事だったんだな」

 マークガーヤの目も少し潤んでいました。イノの無事に安堵しきっているようでした。


 次の瞬間、ラチュウは腰の剣を引き抜いていました。そしてイノとおぼしき者の首が刎ねられ、宙を舞うのを馬車にいた全員が目撃しました。

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