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「勇者イーラーケルの冒険譚」  作者: 黎明・弐
第二章:初めての冒険(帝国歴1202年)

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第11話「約束が交わされたこと」

「パンドゥロザ王国──南にあった国ですね」シャンティはひとつひとつ着実に思い出しながら言いました。「滅んだという話は行商人から昔聞いたか何かで読んだ記憶があります。しかし、それが魔の王なるものによるとは……知りませんでした」


「そうか……もう14年も経つのに、そこまで正確に伝わっていないとは……正直驚いている」ボールダン卿は自分があまりにも領主からの視点でしか物事を見られてなかったことを思い知らされました。「さらに、そのパンドゥロザ王国はな。魔王によって滅ぼされることが事前に予言されていたんだ。厳密に言えば、一年のズレがあったのだが。滅ぶべくして滅んだというわけだ」


「…………『ヴァンガーディーの大予言』…………俺も教会の奴らが前に話しているのを聞いた」

 マークガーヤがたしかだ、と頷きながら言いました。20年前にノズモナド王国のギリアム王に持ち込まれた、三つの予言は『ヴァンガーディーの大予言』として最も有名な予言として数えられていました。


「その通りだ」ボールダン卿がかぶりを振りました。さらに指を三本立てて見せました。「噂によれば予言は三つあった。肝心な、君たちに関わるものはこの予言の二つ目にこそある。そこにはざっくりだがこうある。『十七度目の青い月の日に、魔を打ち滅ぼす希望がツェリストルッヒ帝国で生まれる』とね。その十七度目の月の日が丁度、イーラーケル殿が生まれた、樫月20日の晩から21日深夜にかけて観測されたわけだ」


「つまり、うちの子が魔王と戦う運命にあると?」

 シャンティの顔が一気に曇りました。彼女は視線を落とします。母親の腕の中でイーラーケルはぐっすりと眠っていました。今、世界で何が起きているかも自分の運命も知らずに眠り続けていました。


「──確定したわけじゃないがね。だが、その可能性があるということだ」ボールダン卿はあえて言葉を濁しました。シャンティを(おもんぱか)っての濁し方でした。「そんな可能性を秘めた者、『予言の子』を誰一人として失うわけにはいかない。だから陛下は諸侯にその保護を徹底するようお触れを出された。と、ここまでが私とシュナイザーが考えた筋書きだがね……」


 ボールダン卿か、シュナイザーのどちらが舵取りをしてそこまで考えがまとまったかは、思考を介さずとも自ずと答えはでましたが、そこにさらに追い打ちをかけて自分を主張するようにシュナイザーが前に出ると言いました。

「さらに補足いたします。そう考えられる根拠としましては、この勅令には30日までに帝都へ到達できない場合、厳罰を食らう対象として明記されるのは我々、諸侯側()()となっている点に見出せます。すなわち、幼児及びその血族への一切の罰則事項が設定されていない。それは幼児とその関係者に安易に手を出すことができない事情があるから、と考えるのが妥当でしょう」

 それはかなり理知的な説明でした。勅令の真意をついたような見事な解説でしたが、シュナイザーが騎士候であって、正式な爵位を有さない地位にあったためにできたとも言えます。皇帝の頭の中を覗こうとすることは場合によっては不敬と捉えられてもおかしくはありませんでした。それが貴族ならもっともでした。ですが、騎士候であれば、かなり庶民に近しい者でありましたので、『一市民の戯言(たわごと)』という言い訳の余地を残すことができるというわけです。


「横から的確な補足説明をありがとうよ! シュナイザー! 私がそれを今から言おうと思っていたんだぞ!」

 ボールダン卿は本気で言っているわけではないようでしたが、その発言は少しまずいですよ、とシュナイザーが目線をちらりと送って釘を刺しました。長い付き合いですから察しがついたようでした。卿は「まあ冗談だがな」と付け加えました。


「おっと、やはりご冗談でしたか。ちなみに私がこのようなことを言ってしまって何か支障がございますかね?」


「うむ……まあ、その話は一旦、いいだろう」

 ボールダン卿はあえてはぐらかしました。


 シャンティはそんな様子を見て、上に立つ者も、さらに上に立つ者について常に考えないといけないとは生きるとは大変なものだな、と思いました。自分たちはそんなことなんて微塵(みじん)も考えなくていい有難い立場にありましたが、イーラーケルの、彼の生きる未来はどうなっているのだろう、とその先を案じました。


 すると、ここでとうとう我慢が出来なくなったマークガーヤが口を開きました。

「領主様…………それにしても、それにしても、例え、うちの子が『予言の子』だったとしても、やはり幼い我が子と妻を送り出すのは…………夫として心配でならんです」


「安心したまえ、マークガーヤ殿。私は自分の半身とも呼べる、ふたりの凄腕の騎士を君たちアーファンルンク家に貸し出そう、と思っておる」


「…………それは心強いですが…………その方々は一体どこにいるのですか?」


「目の前におるではないか」


 そのボールダン卿の声を合図にシュナイザーとラチュウがざっと前に出ました。前に並ぶとわかりましたが、どちらも屈強で立派な騎士でした。銀の甲冑は輝いて見えました。腰の剣は手入れがなされていましたが少し残った汚れに使い込まれてきた歴史が見えました。

「フィヨルギュン男爵ルーカスの騎士、シュナイザー=ランズベルクです。この度、『予言の子』護衛の任につかせていただきます。何なりとお使いください」

 シュナイザーは兜を取りました。小さくまとまったマンバンの銀の髪に光る銀の目、口から頬と顎まで広がる髭、顔の中央には斜めに刻まれた傷が見えました。気品の中に野生さが見え隠れしていました。年齢は30歳ほどといったところでしょうか。


「同じくフィヨルギュン男爵ルーカスの騎士、ラチュウ=フュウモニッチです! 『予言の子』護衛の任につかせていただきます! 身を粉にして働きます!」

 ラチュウも兜を脱ぎました。短いボブの金髪に青い目、耳にはピアスがしてありました。童顔で傷のない綺麗な顔立ちをしておりました。そのため、20歳ほどに思えました。


「…………ありがとうございます」

 口ではそう言いながらも、まだマークガーヤは満足できませんでした。根本的な不安については、まだ解消されていませんでしたから。自分がついていけないということに何だか疎外感やら無力感が湧いてくるのでした。


「……おっと、騎士だけではまだ不安は完全に拭えぬと見えるな」


「いえ…………そういうわけではございませんが…………」


「閣下。少し、私に思い当たる節があるのですが発言してもよろしいでしょうか?」

 またもや、この男、シュナイザーが前に出ました。ラチュウが首を一切、突っ込まないのに対照的にシュナイザーは首を突っ込むそのさまは、よく言えば世話焼きな、悪く言えばお節介な、そんな人に映りました。


「なんだ、シュナイザー。申してみよ」


「はい。おそらく、マークガーヤ殿は『随伴ひとり』の規定により、ご自身は同行できないと危惧されているのではないかと」


「ふむ……勅令に従えば、そうではないのか?シャンティ殿、もしくはマークガーヤ殿のみが同行できると」


「閣下もそうお考えとは……いいですか? 勅令には『随伴は幼児の三親等以内の血族ひとり』とありますよね?」懇切丁寧(こんせつていねい)にシュナイザーが解説し始めました。ラチュウが言われたことだけやって他は突っ立ってるだけで楽ができている理由もわかりました。大体をシュナイザーがこなしてしまうのですから自分がわざわざ出る幕もありません。「しかし、これはあくまで皇宮に入るには随伴はひとりまでとせよ、とする制約です。宮に何人も家族で押しかけられては困りますからね。さらに諸侯に全責任が帰属しているということは、宮に入る直前までは幼児は諸侯の管理下にあるということ。すなわち、宮に入るまでは極端な話、血族でも姻族でも何人でも連れていくことができると解せます」


「しかし、それはかなり飛躍した解釈ではないか?皇宮に入るまでなんぞは特に明記されていないぞ」


「たしかに、やや飛躍しているかもしれません。しかし、子育てとは本来的には母親ひとりによって全てなされるものではございませんから。赤子、母親の心身状態を考えたときに父親が背負う部分も大きいでしょう。父親の旅の同行は勅令に反しないと見るべきです」


 そのシュナイザーの一言を皮切りに次々とふたりの不安は解消されていくことになりました。


 マークガーヤも帝都への旅に同行できること、馬車はボールダン卿の物を貸してもらえること、騎士ふたりが護衛につき魔物などに遭遇したときにはこれの対処にあたること、あまり整備のなされていない道をいかないこと、定期的に休憩をとること、基本的に幼児の生活に合わせて馬車を走らせること等、アーファンルンク家側に多大な譲歩がなされました。


 そして、ボールダン卿からはひとつだけ、それら全てを約束する代わりに条件がひとつだけあるとのことでした。そもそも自分が勅令を持ってきたのが遅かったという過失を認めつつ、『お願い』くらいのものとして聞いてほしいとの前置きがありました。心してシャンティとマークガーヤはそれを聞くこととしました。

「それは──『予言の子』であっても、なくても必ずこの村へ戻ってきてほしいということだ」ボールダン卿は優し気な声で言いました。「私にも今年、子どもが生まれてな。エバンというのだが、その子にイーラーケル殿のような友達を作ってやりたいのだ」

 卿もまた親の顔をしておりました。シャンティとマークガーヤは顔をにっこり見合わせると「勿論です!」と笑顔で返しました。

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