第80話 フィリップ
この旅も、もう4日目に入っていた。
盗賊やモンスターの襲撃もなく、思っていたよりもずっと順調に進んでいる。このまま何事もなく終わりそうな気配であった。
ドルリダントとクロニアのちょうど中間地点に、トングストンという港町がある。
今夜の宿は、その街に用意されているらしい。
ディアニルズ家と深い関係を持つ家の屋敷で、サビアラの話によれば、今回ナゴラから購入したタラブ王国の宝物品も、おそらくそこの主人が大半を買い上げる見込みだという。
馬車はすでにトングストンの街中へと入っていた。
人口はそれほど多くはないが、漁業が盛んな町らしく、港にはさまざまな船が所狭しと停泊している。
船の一隻一隻はやや小ぶりで、シュンのいた世界のものと比べると、どこか頼りなくも見えた。
しかしそのほとんどに、ビブラハーネスに似た振動計のような装置が取り付けられていた。
「サビアラ、すごいね、この船たち
この港だけで、何隻あるのだろう?」
「40隻はあるんじゃないかしら?ウチで造船してるものも結構あるみたいだわ、Dの字がついてるじゃない?」
なるほどその通りだ。物流全般だけじゃない、もはやディアニルズが関わってない業界の方が珍しい。
「えっと、今回泊めてくれる…フィリップさんだったかな?
その方も漁を生業にしてるのかな?」
「そうね、フィリップ氏は水産もやってるけど、主な収入源は塩よ
この国の塩の生産から販売は、ほとんどと言っていいほどこのトングストンのユモルス家が牛耳ってるわ」
聞いたことがある。シュンのいた世界でも、昔は塩がお金と変わらない価値があったと。
「見えてきたわ、あの屋敷よ」
トングストンは港町ということもあり、他の街に比べて木造建築より石造りの家がやや多いように見える。
こぢんまりとした民家が並ぶ中で、そこだけ明らかに異質な、巨大で豪奢な建物が姿を現した。
シュンがこれまで目にしてきた中でも、聖拍院や市庁舎に近い、到底一般家屋とは思えない規模だ。
建物の周囲はぐるりと高い塀で囲まれ、門前には警備の人影も見える。
この世界にも慣れてきたシュンには、敷地の各所に振動計が配置されていることもすぐにわかった。
さらに目を引いたのは、本邸の周囲にいくつも連なる蔵のような建物だった。
まるで屋敷そのものが、一つの巨大な倉庫であるかのように見える。
「すごい家だね
この間のホテルにもびっくりしたけれど、こんなところに住んでる人ってどんな人だろうって思っちゃうよ」
「あなたね…
ウチに来たらどんな反応になるのかしら?
住んでみたい?大きな家に」
「いや、いいよ!おれは小さな家がちょうどいいと思ってるから…」
「そうかしら?そのうち大きいに越した事はないと思うようになるわよ
開放感がまるで違うもの、さあ行きましょう」
サビアラのシュンに対する気持ちは変わらない。
むしろこの旅を経て、彼の心をつかみたいという思いは、いっそう強まっていた。
トングストンのフィリップは五十代。
親の代から灌漑と塩の物流を受け継ぎ、自身の代でそれをさらに発展させた人物だ。
今ではトングストンにとどまらず、クロック王国でも指折りの分限者となっている。
体つきはやや肥えており、全身に宝石や装飾品を惜しげもなくまとっている。
質素な出で立ちだったグレディモール王と比べると、シュンにはむしろこちらの方が王らしく映った。
「サビアラ、よく来てくれたな
クロニアの皆さんも、ようこそ我が家へ
それにしても、皆さんお若いですなぁ」
「フィリップ様、お久しぶり
先日のパーティー以来ですわね
このたびは急なお願いにもかかわらず、お受けいただきありがとうございます」
「はは、堅苦しい言葉も板についてきたようだわ
ドルリダントからの長い移動だったんだろ?
お疲れ様だったな
シェフにご馳走作らせておいたぞ」
時刻は夕刻。
やや早い時間ではあったが、皆すでに空腹で、自然と期待の高まるディナータイムとなった。
トングストンの海産物をふんだんに使った料理が並び、そのどれもが一同を満足させるに十分な出来だった。
会食の席では、サビアラとフィリップが終始楽しげに言葉を交わしている。
二人はどうやら、かなり以前からの付き合いらしかった。
「時にシュンさん
この旅はあなたの希望であったと伺いましたよ
ドルリダントでは良い収穫はありましたのかな?」
「あ、はい
とても有意義な話ができました
タラブ王国の話もたくさん聞けましたので」
「そうでしたか
若い時分に見聞を広めるのは素晴らしいことです
あなたも拍をお使いになるんでしょう?
その若さでどれほどのレベルに達したのですか?」
「え、レベルですか?はい…
300とかそれぐらいでしょうか」




