第2話 ビートランド 《表紙あり》
ーーーー1ヶ月半前ーーーー
ライブが終わって、拍が止んだ。
最後の曲が終わった瞬間、
シュンは「今日はうまくいった」と思った。
完璧じゃない。
でも、走らなかった。
ヨレなかった。
とある高校の軽音部。
下北の小さなライブハウス。
天井は低く、照明はやたら熱い。
楽屋の奥はいつも変な匂いがする。
「ドラム、今日よかったじゃん」
ギターのタカがそう言った。
ベースのマサヤは無言で親指を立てた。
シュンは笑って、スティックをかばんに放り込む。
褒められることには慣れていた。
部内では、だいたい一番。
叩ける曲も多い。
フィルも結構な種類入れられる。
――でも。
自分の演奏をあとで聴くと、
いつもどこか落ち着かない。
微妙に走る。
うるさすぎ。
雑に聴こえる。
何より…なんと表現したらいいかわからないけど…合ってない。ただ漠然とそんな感じがするのだ。
「まあ、だいたいこんなもんだろ」
そう言って、考えるのをやめるのも、もう癖だった。
ライブハウスを出ると、夜の空気が冷たかった。
外の自販機でジュースを飲んで、解散。
帰り道、さっき録音した自分の演奏を少しだけ聴く。
やっぱり、全体的にどうも落ち着かない。
(本当に全部うまくいく時は、もっとなんか、違うんだよな…音が踊り出すというか、
その場の空気自体が、弾んだように繋がりだす瞬間があって…)
シュンの中には明確に理想のリズム感覚があった。
でも滅多にその時はおとずれない。
「はは……最後ちょっと外れてるじゃん」
そう呟いた瞬間だった。
足元がぐるんと狂った感じ。
音もなく、光もなく、
ただ“拍”だけが外れたような感覚。
次の瞬間、
シュンの視界は、白で埋め尽くされていた。
ーーーーーーーー
…トン…トン…トン。
……何だろう。
…トン…トン。
視界はほぼない。でも自分がどこかに大の字で寝ていることは、わかる。
耳元では"何か"の拍子が微かに鳴っている気がする…。でも、何なのかはわからない。
「ーー聞こえてる?」
高い声。
やけに近い。
「ねえ、ちょっと
聞こえてるってば」
白がゆっくり薄れていく。
代わりに見えてきたのは…。
小さい。
とにかく、小さい。
人の形をしているが、
シュンの腕くらいの身長。
ふわふわ浮いている。
「……誰?」
「誰、じゃないでしょ」
小さい少女は腕を組んで、胸を張った。
「私は女神
この世界の拍を管理してるの」
「は?」
「め が み」
一拍置いて、少女は続けた。
「あなたは今、異世界に召喚されました
ここは、ビートランドよ」
シュンは周囲を見渡す。
草原。
空。
遠くに森。
他には何もない。
まるでテンプレみたいな異世界だ。
「……おれ、死んだのかな?」
「死んでない、
ちょっとズレただけ」
「ズレた?」
「そう
あなた、ライブの最後に一瞬だけ拍を外したでしょ」
(なんで知ってるんだ?)
言い返せなかった。
少女は満足そうに頷く。
「そのズレに反応して、
こっちの世界と同期したの」
(意味がわからない……)
「大丈夫、
説明するのが私の仕事だから」
少女は胸を張って言った。
「私はユウナ
この世界の調整担当」
その瞬間、
ユウナの足元にふっとドラムセットが現れた。
スネア、タム、シンバル。
見慣れた配置。
「え、ドラム?」
「そう
この世界では、"拍"が力になるの」
ユウナは意気揚々と地上のスローンに座り、、
足をばたつかせた。
届かない。
バスドラに、まったく届かない。
「……」
「……」
「ちょ、ちょっと待って
椅子下げるから」
最大まで下げても、届かない。
「……理論上はね」
ユウナは咳払いをした。
「ここビートランドは、リズムが全てを支配する世界よ
フォームを整え、正確なリズムを表現することですべての能力が上がるの
生活からモンスターとのバトルまで、その実力次第であなたの人生が決まっていくのよ」
「説得力ないんじゃ、、?」
「うるさい!」
ユウナは逃げるように再び浮いた。
「とにかく!あなたはドラムのプレーヤーでしょ?
この世界ではすでにある程度の実力者ではあるのよ」
そう言って、指を鳴らす。
シュンの視界に突然半透明の表示が浮かびあがった。
レベル:120
「…え、なにこれ
レベル…?そして、結構高くない?」
「そうよ、この世界の基準だとね
このレベルなら、モンスターは普通に倒せる」
「マジで?」
「マジ」
ユウナは少しだけ真剣な顔になる。
「でもね、シュン
あなたの叩き方…
すごく危ない」
「……」
「力任せ、
無駄が多い
長く持たない」
胸の奥を、指で突かれた気がした。
「だから、調整してほしいの」
ユウナは言った。
「あなたの拍も、そしてこの世界の拍も」
「……拍…?」
「この世界の拍は、乱れ始めてるわ」
遠くで、
重い音が響いた。
太鼓のような、
地鳴りのような。
「まずは、あれを倒してきて」
草原の向こうから、
異形の影が近づいてくる。
シュンの両手にはいつの間にかスティックが握られていた。
「えっ、これって?」
ユウナは答えず、ただ静かに頷いた。
そして影を指し示し、小さく呟いた。
「……やってみて、あなたならできる」
※補足
「フィル」とはリズムの中での技のようなものです。
「拍」とは音楽においてリズムを構成する「単位」のこと。
でもこの世界だと少し違う捉え方があるらしい。
「スローン」はドラムの椅子。
「バスドラ」は足で踏むドラム。ある程度足の長さがないと届かない。




