第70話 フグシム
外島には厩舎がひとつあった。そこでは数頭の馬が静かに息をついていたが、シュンの目は、その中の1頭に釘付けになった。
ひときわ眩い光を放つ、美しい栗毛の馬。
シュンはもともと馬が好きだった。学院で世話されている馬たちも愛嬌があって可愛いと思っていたが、先ほどすれ違ったあの1頭は、格が違った。思わず二度見してしまうほど立派な体躯と、手入れの行き届いた滑らかな毛並み。
外へ出たシュンは、吸い寄せられるように再び厩舎へと視線を向けた。
(やっぱりそうだ……。すごい、なんて綺麗な馬なんだろう)
黄金色に輝くその馬もまた、じっとシュンを捉えていた。まるで、ずっと待ち焦がれていた主人を迎え入れるかのような、深い信頼を宿したアイコンタクト。
二人の間に、言葉を超えた静かな熱が通い合った。
シュンは少しずつ馬の方に近づき、手を伸ばした。
馬の方も鼻を近づけてくる。
「フグシム!」
離れたところから呼びかける声がした。
シュンが振り返ると、そこにはシュンと同じ位の年頃の男の子が一人、こちらを見ている。
長く美しい黒髪を後ろで束ねていて、頭部を紐でぐるりと一周するようなヘアバンドをつけている。
透き通るような美しい色の目で、じっとこちらを見ていた。
「あれ、噛みつこうしたわけじゃないみたいだね
フグシムが初対面で心を許すなんて、珍しいことがあるな
君、すごいね」
「この子フグシムって言うんだ
すごくいい名前だね
勝手に触ってしまったけど、よかったかな?」
長髪の少年は、ニコリとうなずいた。
「もちろんいいよ
君はどこから来た人なんだい?」
「あ、クロック王国のテンポスというところだよ
君はタラブ王国の人なの?」
「…そうだな
タラブ…うん」
「フグシムは君の馬なの?あんまり綺麗で驚いちゃった」
青年は嬉しそうに笑った。
「そうだよ、世界一綺麗な馬なんだ
乗ってみるかい?」
「…え?いいの?
それはぜひ!!」
青年は丁寧に鞍を付けてくれた。クロック王国のそれと比べるとやや簡易的に見え、付け外しが楽そうだ。
シュンは馬術の授業以来乗馬が大好きになっていて、その後も何度か乗って、その度に試していることがあった。
「いいよ」
「ありがとう」
シュンは颯爽と飛び乗って見せる。
「よし、行くぞ!フグシム」
シュンが横腹を蹴ると、フグシムは勢いよく駆け出した。
その加速たるや、学院の馬たちとはまるで違って力強いものだった。
「はあ、すごいんだな、君は」
シュンは純粋にフグシムのパワーに驚いた。
「よし、フグシム、君の鼓動を聴かせてくれ」
シュンは目を瞑り、リズムに集中した。




