第69話 ドルリダント
旅は至極、順調だった。
陸路で懸念していた盗賊や山賊の襲撃は、影も形もない。最強の護衛を雇った身としては拍子抜けな感もあったが、何事もないに越したことはない。
2日目にはイーサップの街で最初の積荷を下ろして代金を受け取り、夕刻には水源の町ログレアへ到着。そこでも塩や砂糖を捌いて金に換えていく。その立ち回りは、どこからどう見ても生粋の物流商人そのものだった。
そして3日目の昼過ぎ。一行はついに目的地、ドルリダントへと足を踏み入れた。
この町はクロック王国の西端に位置する。
もともとは荒地だった場所に、隣国タラブ王国との交易用として切り拓かれた人工の港町だ。悪路で名高いホログ山脈を避けるため、交易の主役は海路となる。既存の港では首都クロニアに近すぎるという政治的判断から、あえて国境付近のこの地が選ばれたのだ。
人口は約3,000人でグレイグタウンを僅かに上回る規模。新興都市ゆえに若者が多く、活気に満ちた独特の熱気がある。
しかし、その活気ある町の一画に、周囲とは明らかに空気が異なる「異質な場所」が存在した。
人呼んで『外島』。
この世界の都市の多くは、モンスターの侵入を阻むための堅牢な城壁に囲まれている。付近にモンスターポイントを持つドルリダントも、その例に漏れない。
だが『外島』は、その城壁の内側にありながら、さらに3メートルもの木製の壁で厳重に仕切られていた。
そこにあるのは、10棟にも満たない倉庫や宿泊施設のみ。
ここはクロック王国唯一の国際貿易相手、タラブ王国の商人だけが滞在を許される隔離区画だ。彼らはここから出ることを許されず、クロック王国の民もまた、ここへ入ることは固く禁じられている。
壁に一箇所だけ設けられた入り口には、二人の衛兵が鋭い眼光を光らせていた。
サビアラは、父親から託された許可証を差し出し、入場を求める。
「……子供の来るところではないぞ」
当初、衛兵たちは少女の幼い外見に険しい表情を浮かべた。しかし、そこに記されたディアニルズの正式な署名を目にした瞬間、その態度は目に見えて軟化した。
サビアラに誘導され、一行は外島の中に入ることに成功した。
クロック王国の中で唯一外界と接触ができるこの閉ざされた空間。
壁に囲まれたその場所が、シュンには異様な空気に感じる。
建物はわずか9棟しかなかった。
そのうち6つは蔵のようになっていて、人のいる気配がする建物はたったの3棟しかない。
そのうちの1つ、やや大きな作りになっている建物へと一行は向かっていった。
門についている鐘を鳴らし来訪を知らせるサビアラ。
「ディアニルズの者です
タラブの商人ナゴラ様はいらっしゃいますか?」
少し待つと、中から戸が開いた。
色黒で背の高い男が、こちらをぎょろりと見る。
「おお、ディアニルズの…
いつもの人ではないのですね」
「本日は取引の話がメインではなかったので…
ただ、ご所望されていたビブラハーネスと振動計は持参しております」
「グッド
ナゴラ様を呼んで参りますので、こちらの客間でお待ち下さい」
五人は応接間で待つことになった。
小ぎれいな作りで装飾もしっかりしてある。
「立派な建物だね
これってクロック王国で用意してるものなのかな?」
シュンは、この世界の装飾がすっかり気に入り始めていた。
中世ヨーロッパを思わせるクラシックな造りに、ペルシャ絨毯のような異国情緒が混ざり合い、どこかヘレニズム文化の面影も感じさせる不思議な空間だ。
「この外島の建物は、もともと政府が建てたものだったけれど、10年ほど前にディアニルズ家が全面的に建て替えたらしいわよ」
サビアラの言葉を聞き、シュンは改めてディアニルズ家の桁外れな財力に溜息を漏らした。
そんな折、部屋の扉が開き、ターバンを巻いて、髭を生やした小柄な男が姿を現した。
「どうもこんにちは、私がナゴラです
あなたはもしやディアニルズのお嬢様ですかな?」
「はい、サビアラです、お会いできて光栄です
よろしくお願いします」
「サビアラ様ですな、どうぞ今後お見知りおきください
何か聞きたいことがあるのだそうで」
「そうなんです、ここにいるシュンが、国外のことに非常に興味を持っているので」
「わかりました、外の世界に興味を持つのは素晴らしく良いことです
私でできることがありましたら、何でもご協力いたしましょう
ただその前に、ビブラハーネスと振動計を見せていただきたい
そして私の方で持ってきた商品についても吟味していただきたい、よろしいですか?」
「もちろんそのつもりです
父から色々と伺っておりましたので
二人だけの方がいいですか?」
「そういたしましょう
お金に関わることですしな
奥に部屋がある、まあ小一時間ほどそちらで過ごしていただけますか?」
サビアラとナゴラを残して、他のメンバーは奥の部屋へと促される。
「あ、そういうことでしたら、ぼくだけ少し外を見てきてもいいですか?
長旅で疲れたので、外の空気が吸いたいです」
シュンはそう言って、一人外に出ることを希望した。
実は外島に入ってくるときに、少し気になるものを目にしたのだ。




