第60話 ワルアルテ
「老師、待ってください
ここまで挑発されて黙っているのですか?」
若者の一人が声を上げた。
長身に大柄な男。というか、むしろでっぷりと肥えていると言って良い。
「なぁ、マディエラさん
あんた、さっきからその子のことずいぶん高く評価してるじゃないか
怪しいぞ
こっちが手を出せないと思って、あとで逃げただなんだと言いふらそうとしてるんじゃないだろうね?」
マディエラは内心ほくそ笑む。
「だったらどうだというの?」
「やはりそうか、読めたぞ
あのな、俺たち最高階級のナーバ(僧侶)は、ドゥール(奴隷階級)に触れちゃいけないって戒律があるわけじゃないんだぜ
汚らわしいから触らないだけなんだよ
安心しきってるみたいだが、あまり悪戯がすぎると制裁を加えさせてもらうぞ
まあ奴隷と勝負したら、評判には傷つくかもしれんがな、ハハハ」
若者は高らかに笑い声を上げて見せた。
もちろん、ティンタの耳にはしっかりと入っている。
「何なの?このクソデブ」
「…あ?」
これは皆が思っていることだった。それだけに言ってはいけない発言…。その場が凍りつく。
「おい、貴様、今、なんと…?」
「デブって言ったのよ!クソ豚って言ったほうがよかったかしら?」
カルワもナルワも、青ざめた顔をしている。
「貴様…このワルアルテ様に、そんな口を聞いてただで済むと思うのか?
この俺様は今回の代表戦において、唯一大将での出場が確約している男だぞ」
「ふーん、あっそ
でもここにいるメンツは、誰が出たって似たり寄ったりじゃない
どんぐりの背比べというか…そんな中で威張りくさって、哀れなことね」
マディエラは内心感心していた。さっきまで目に涙を浮かべていた少女が、まあ口喧嘩になると、なんと堂々とした様を見せることか。
「武器を出せ、叩きのめしてやるわ」
ワルアルテはラトローシュを顕現した。
ティンタはそれを見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「2日連続でゲームできるなんて、ラッキーだわ」
彼女の微笑んだ口からキラリと犬歯が光り、バトルジャンキーの一面が垣間見えた。
それを見た老師が、慌てて口を挟む。
「こら、お前たち、僧侶と奴隷が戦うなど馬鹿な事は…」
そこにマディエラが割って入る。
「まあ待ってよ、ここはそもそも対抗戦の合宿所よ?模擬の戦闘があるのが当たり前でしょ
大丈夫、この豚くんがコテンパンにされても言いふらしたりはしないから」
彼女は口元に人差し指を当てて、その端正な顔立ちで老師にウィンクしてみせた。




