第59話 老師
「ティンタ、もしかして君も代表候補で呼ばれたのか?」
ナルワがあどけない顔で問いかける。
悪気などない。それでもティンタの心には引っかかるものがある。
「ナルワ、ありがとう
確かにわたしはこの国の若者では断トツで一番強いものね」
周囲がざわつきはじめる。
「でもね、そんなのは無理だわ
…あたしはナーバでもトイヤでも、シスラでもないもの」
ワッと声が上がる。それぐらい衝撃的なことだ。
そもそも奴隷階級の身分では、寺院に入ることすら許されない。
カルワもナルワもティンタの身分は知っていたが、黙ってさえいれば周りはわかりっこない。そのつもりで接触していたのだった。
「ティンタ、君は…」
まさかの行動に声を失う二人。
「おい、ドゥールがここに入ってきていいと思っているのか!」
「早くつまみ出せ!そいつを!」
突然のことに合宿所内は大騒ぎだ。皆、ティンタを力ずくでも追い出したいが、連れてきたのがマディエラではどうにも手の出しようがない。
その時、ひときわ大きな声が後方から放たれた。
「マディエラとやら、汚い奴隷をこの聖なる場所に連れてきよって、貴様どういう処分になるのかわかっておるのか?」
この合宿所には若者だけがいるわけではない。当然コーチもいた。
声の主は、おでこの髪が後退しかかった白髪の男性だった。
老爺とまでは言わないが、なるほど経験値は高そうな見た目をしている。
「ここは格式の高い寺院である
そこにいるドブネズミを早く連れ出したまえ
何のつもりか知らんが、貴様も評議にかけさせてもらおう」
「あらあら、どうぞ評議でも何でもかけてくれればいいんじゃない?
私を敵に回すっていう事は、律動連盟を相手にするっていうことよ
あなたが誰なんだか知らないけれど、そんな力があるようにはどう見たって思えないわ」
「貴様、すぐにでも這いつくばって謝罪すれば罪を軽くしてやることも考えたが、なんたる不遜な態度
許せんな、どうしてくれようか」
「ふん、あなたも拍を使うのならそれで勝負するんならいつでもいいわよ
ただ、今日ここに来たのはそれが目的じゃないわ
このティンタは私を除いたここにいる誰よりも強いのよ
それが代表に選ばれないなんておかしいんじゃない?
陛下の耳には届いているのかしら?この国には最強の女の子がいるって」
マディエラは明らかに挑発的な言い方で老師を怒らせにかかる。
しかし、彼はそれに乗る様子は無い。
「ふむ、お主、身なりを見るにどうやら貴族のようだが、何を血迷って奴隷に加担した?
去るがいい、これ以上の問答は無用だ」
(だめかしら…?)
うまくふっかけて一悶着起こしたかったマディエラだったが、この老師、なかなかどうして乗っかってくれないようだ。




