第57話 ヴィスタティエル
タラブ王国の首都バルムド。
ここにもクロック王国同様、王立の学校がいくつか存在する。しかし、規模はだいぶ違っていた。
クロック王立学院は12才から18才までの生徒700人で構成されている。
タラブ王立学院は3つ存在し、それぞれが同じく12才から18才の生徒2000人以上を抱えていた。
3つに分かれている理由は、それぞれがナーバ(僧侶)、トイヤ(貴族)、シスラ(一般市民)に分かれているためだ。
だが、それ以外にも学校は幾十も点在しており、一般市民はそれぞれ地域の学校に通うことも許されていた。
タラブ王ヴィスタティエルにとって、クロック王国との対抗戦は何よりの楽しみであった。
特に今回は16才以下という、かなり若手に絞った選出である。
それぞれの学校から拍を使える優秀な若者を集めて合宿所を作り、対抗戦までの2ヶ月間そこで修行させることにしていた。
ただ、選抜メンバー20人のうち、ナーバ(僧侶)が8人とトイヤ(貴族)が12人。当然のように、シスラ(一般市民)とドゥール(奴隷階級)にはその役は回ってこない。
合宿はディルモ教の所持している大きな寺院にて行われていた。
階級による差別はつきものであるが、単純にシスラやドゥールをそれを理由に排除しているわけではなく、合宿においても対抗戦の本番においても、チームワークの乱れにつながりやすいということが対象から外れる公の理由となっていた。
タラブ王にとっては、それが歯がゆくもあった。
これまでの対抗戦であればそれで良い。律動連盟は大いに協力してくれるし、ナーバやトイヤの階級にも優秀な人材は多数いた。
とは言え今回は16才以下の条件付きだ。国民の大多数はシスラかドゥールの階級である。この中からも人を集めないと、そもそもがレアな拍使いのメンバーを集められない。
「…なあ、タドゥニスよ
若者たちの仕上がりの具合はどうなんだ?」
「は、陛下
陛下は他にもたくさんの政務を抱えますゆえ、そのような娯楽にばかりうつつを抜かしていてはいけませんぞ」
ここはタラブ王ヴィスタティエルの間である。
基本的な政務はこちらで行うが、タドゥニスの言葉とは裏腹に、実務的な事はほとんど十侍僧と呼ばれる十人の政務官が細部までこなしてしまう。
「タドゥニス、4年ぶりの開催じゃし、今回は特別な催しじゃ
それぐらい気にしたっていいじゃろ
どうなんだ?レベルは上がっておるのか?」
「報告を聞くところ、200以上のレベルを持つものが複数いるそうであります
まず悪い戦いにはならないでしょう」
「タドゥニスよ、向こうにはジルが居る
奴が初めて対抗戦に出てきた時は、まだ18才だったぞ
それでレベルは500を超えていたじゃないか
それが今コーチとして指導に入っていたらどうなっていると思う?
たったレベル200で安心できるのか?」
「陛下、対抗戦がなんですか?
そんなものに負けたところで、この国の権威に傷がつきますか?
あのちっぽけなクロック王国の連中を喜ばせておけば良いのです
別に勝敗によって何か取引があるわけでもないでしょう
余興は余興として変にご執心なさらない方がよろしいかと思います」
「そうかな
今この世界では、モンスターも少しずつ増えて、どうしたって拍の力が必要になっておるぞ
お主もそれを知らないとは言えないんじゃないか?」
タドゥニスは、王の口ぶりに内心では少しイラついていたが、そんな姿はおくびにも見せない。
「陛下、おっしゃる通りモンスターは勢いを増しております
対抗戦が始まった20年近く前でしたら、拍使いさえいれば無双と言われていました
しかし、現在はどうですか?
今はメッキが剥がれ落ちました
たとえ強力なモンスターであれ、武器を使用することで、立ち打ちできた例も多数あります」
「その武器とはなんじゃ?具体的に申してみよ」
「陛下、あなたのような高貴な存在が、そんな物騒なものに関心を抱いてはなりませぬ」
ヴィスタティエルは聡明なる王であった。そう簡単にやりこまれはしない。
だが、立場が強いわけではない。王とて階級はナーバより下のトイヤなのである。
「ヌァンラが申しておったぞ、最新の巨大な振動計を用いれば、一人の律動師が百人の兵士にバフをかけることができると
振動拡散がどうとか」
さすがのタドゥニスも、この名前を聞いては苛立ちを隠さなくなる。
「陛下、裏切り者の反逆者の名を、そうやすやすと口に出すものではありません
彼はディルモ教の禁忌を犯しました
自ら教皇を作り上げようとし、権力を手中に収めようとしたのです
これは許されることではありません」
「そうは言っても、わしは本人の口から何も聞いておらんぞ
評議の場もまだ開かれておらぬではないか」
「陛下、王たるものが罪人と口を聞くなどおやめください
奴は口がうまい、今解放してしまってはあなたの立場すら危うくなるのですぞ」
タラブ王はヌァンラに信頼を置いていた。
だが、生まれてから四十余年、彼は十侍僧たちの言葉だけを頼りに生きてきた。
それを頭から否定するのは容易ではない。
何より、他の人間と顔を合わせる機会そのものが、ほとんどなかったのだ。
このような環境で、暗愚に堕ちずにいることのほうが、むしろ難しいと言えよう。
「さぁさぁ、昼飯の用意ができたようでございますよ
今日の給仕はアーシャとプーシャが務めます、もうそこにおりますよ」
「お、そうであったか
まあ、難しい事はお主に任せるわ
では行こうか」
王ももちろん対抗戦には勝ちたいが、何が何でもという調子ではない。
ーーだが、
若者たちは燃えていた。
対抗戦のために設置された合宿所。
タラブ王国全土から集められたエリート拍使いたちが、ここで相まみえている。
その空気はピリピリとしたものになり、誰が代表となるか、揉め事の一歩手前のような気配すらあった。
そんな殺伐とした状況に、一人の少女が足を踏み入れることとなる。




