第56話 テンポスの夜
驚いたことに、時計はまだ夕方5時過ぎを指している。
「あれ、もう着いちゃったの?」
「テンポスってこんなに近かったっけ」
シュンとライドンは意外に早い到着に驚いた。
それもそのはずだ。クロニアーテンポス間というと、一番近い道を通っても20キロ近くある。
確かに馬は本気で駆ければ時速20キロを超すことはできる。
だが、それはあくまで短距離の話で、そんな速度を維持すれば馬の体が先に悲鳴を上げる。
馬たちが継続して長い距離を走るとなると、そのスピードはせいぜい4〜5キロといったところ。
以前イーサップとの長距離移動の際もビブラハーネスを用いてなお平均10キロいかない位のスピードだ。
今回この20キロ距離をわずか1時半で到着してしまったのはさすがに早すぎる。
「うふふ、ビブラハーネスの進化は日を追うごとに増しているのよ
馬につけている方だけじゃなく、荷台のほうの車輪にも大きな秘密があるの
荷台の車輪は走るたびに地面からの振動を受けるでしょう?その反発を全て前方向に逃がすように作られているのよ
結果、まるで自走しているかのように、ある意味馬たちを押してくれているの」
凄すぎる技術に、二人は唖然とした。
アミリアとエイジーンは当然のことかのように表情を変えずにいる。
「さあ、ここが今夜の宿よ
ようこそ、ホテルディアニルズへ」
テンポスの聖拍院からそれほど遠くない場所に、この建物はあった。
もちろんシュンは何度もここを目にしている。
テンポス聖拍院や市庁舎、寺院など、この街にもある程度は立派な建造物は存在する。
しかし、このホテルは明らかに異質だった。
この世界では珍しい4階建ての石造り。塔やモニュメントのような装飾物は設けず、シュンの世界でも通用するようなモダンなデザインの代物だった。
「す、すごいね…サビアラ
まさかここに泊まれる日が来るなんて思っても見なかったよ」
「テンポスの人なら知っていたわよね
上の階のスイートルームを一人一部屋ずつ確保してあるのよ
さあ、入って」
中の様子はすこぶる華美なものだった。ロビーには絵画が並び、大きな女神様の彫刻もある。
頭上にはシャンデリアに似た照明器具が柔らかな光を放っていた。聞けば、特殊なガスを用いて灯しているらしい。
一人ひとり鍵を受け取り、自分の部屋へ上っていく。サビアラとシュンは4階、ライドン、アミリア、エイジーンは3階だった。
自然、サビアラとシュンは二人だけで階段を上っていくことになる。
「サビアラ、今回は本当にありがとう
こんなに素敵なホテルまで用意してくれて感謝しかないよ」
シュンは素直な気持ちを伝えた。
「うん、いいのよ
こんなことはわたしのできることのほんの一部なのだから、感謝してもらうほどのことじゃないわ
でも、気持ちは受け取っておく」
その後、何か思い出したようにサビアラは続けた。
「そういえば、ステラさんについて調べたのだけど、テンポス聖拍院のナンバー2なのね
10個以上も年上と聞いたから、ちょっと驚いちゃったけど、さすがあなたが選ぶだけの事はあるわ」
「え、何のこと?」
「あら、この間あなたたちが口を滑らせたじゃない
忘れてないわよ、その名前
しかも、彼女この辺に住んでるらしいわね
いいのかしら?会わなくて」
「サビアラ、何か勘違いをしているよ
ステラは僕の師匠みたいな人で、恋人とか、全然そういうのじゃないよ」
サビアラはシュンの否定に耳を貸そうとしない。
「どうかしら?あなたがそう思ってるだけっていうこともあるのよ?
まあいいわ、大っぴらにお付き合いしてるわけじゃないって言うのなら、嬉しいことではあるものね」
「……」
シュンはもう何も言わないでおこうと思った。
その日の夕食は、最高級ホテルのシェフが大いに腕を振ってくれた。
シュンもあまりの美味しさにイーサップのレントの料理を思い出した。
そして久しぶりにライドンのいない一人での夜。この世界に来てからルームメイトのない夜はなかなかないことだったので、シュンにとってはそれもなんだか新鮮だった。
時計の針は夜9時に差し掛かるところだった。
シュンはすでにまどろみの中にいる。
ーーコンコン。
ノックの音がする。
(誰だろう…?こんな時間に)




