第104話 雨 3 《挿し絵あり》
タルネはどこに行けばいいかわからなかった。
コートの中はもうびしょびしょだ。
家に帰る気にもならない。
テンポスの街を彷徨っていた、ただ泣きながらーー。
雨は強さを増していた。
普通なら外に出るような天気ではない。
でもタルネにとってはその方が良かった。
泣きながら街を彷徨い歩く姿なんて誰かに見られたくないーーー。
こんなに胸が苦しいのは生まれて初めてだった。
イストと喧嘩したときはこんなことにはならなかった。
嫌な気持ちにはなったけれど、自分がこんなに、正体を無くすほど悲しみに包まれるなんて。
ああ、消えてなくなりたい。
「ーーーータルネ?」
聞き覚えのある声がした。
「?」
「タルネ何してるの?こんなところで」
「ステラ…さん」
ステラは雨の中、顔までマントに包まれていた。
「あなた…オームからわざわざ来たの?
今日はタスクも無くなったそうよ
どうやって帰るのよ?」
「……」
タルネはただ泣いている、どうしたらいいかわからない。
「こっちへ来なさい、
うちで雨宿りしていくといいわ」
ステラはタルネを強引に引っ張ってゆく。
こんな雨の中、少女を一人にしておくような彼女ではない。
ステラの家はテンポス聖拍院の裏だった。
石造りの立派な家で、一人暮らしにはずいぶん広さがあるように見える。
テンポスの律動連盟は独身律動師たちの宿舎を持っていた。
だが、ビジスやプロスのように宿を常宿にする者もいるし、ステラはテンポスでもトップクラスの実力者だ。
収入もかなりのものがあるので、自分の家を持つことが許されている。
タルネはよく乾いた麻の布をもらって、体を拭いた。
涙はもう出てなかったが、気持ちは沈んだままだ。
ステラにも青ざめた顔しか見せられない。
ステラも何があったか聞くタイプではなかった。
すぐに着替えと温かいハーブティーを用意してくれた。
「そのままではだめよ
脱ぎなさい、風邪をひくわ」
何があったかは聞かない。それでも優しく身を案じることは言ってくれる。
タルネはステラのやや大きな部屋着に身を包んだ。
温かかった。ハーブティーも。ステラも。
部屋の中は暖炉で暖められていた。
タルネはようやく落ち着くことが出来た。
「ステラ…ありがとう」
「ようやく声が出るようになったのね」
何があったの?とは聞かない。
「ミルクもあるわよ、いる?」
「ううん、大丈夫」
体の震えも止まり、タルネはいつもの自分を少しずつ取り戻す。
「……」
「ステラは…結婚してるの?」
思ってもない方向から飛んできたボールにたじろぐステラ。
「なっ…してないわよ
独り身よ、何を言うかと思ったら…」
「パイスとは結婚しないの?」
ブォッ!
口に入ったハーブティーを余すことなく吹き出すステラ。
「し…しないわよ!なんで」
タルネは表情を変えずにいる。
「そう…仲良かったから」
「な、仲良くないわよ
というか仲良ければ結婚するってわけでもないの」
「そうなの?」
しばし沈黙が流れる。
タルネは沈黙が得意だ。その場の空気のことなど生まれてこのかた考えたことなどない。
「シュンと喧嘩でもした?」
たまらずステラは突っ込んでみせた。
これ以上黙ってられるのも気まずすぎる。
「え…してないわ」
確かに喧嘩はしていない。
でもそれ以上のことがあったと言えた。
タルネは事のあらましをステラに話すことにした。
あのメトルの森の夜、何があったのか。
昨日からの自分の苦しい症状。ステラなら解決してくれると思ったわけではない。
でも、ふと誰かに話してみたくなった。
「シュンが離れていくのが嫌なのね」
ステラはタルネの気持ちを言葉にしてみせた。
こくりと頷くタルネ。
「あなたはシュンに会わないとだめよ、
そして自分の気持ちを伝えないといけないわ」
「ステラ…それは…怖い」
「そうよね、よくわかる
けど、今彼はあなたのことを伴侶として意識してないわ
だからそのネリにそんな態度ができるんじゃない?」
「……」
「ネリを意識してるかもね」
「…そんな」
また目に涙を溜めはじめるタルネ。




