第5話 『貴族令嬢のドロップキック』
場所は行き着けの美術商の屋敷、長方形のテーブルの上には数点の宝石と金細工で作られたジュエリーが並んでいるわ。
目の前にはそれらを用意した美術商のカルボネが自信あり、といった笑顔で私に目の前の品物の説明を始めた。
「こちらはサームデル産のダーヤの指輪です。更にクロスカンドで手に入れたこのブローチなどはどうでしょうか? もちろん他のも1級品の品物だけを取りそろえました」
「そうね……」
確かにどれも悪くはないわ、この美しい黄緑色の宝石のピアスもダーヤが嵌め込まれた指輪も他のネックレスやブローチも。
使われてる宝石は魔力を宿していて、金細工の装飾も見事な物ばかり。
けど、私はもうこう言うのは見飽きてしまった。
「全て戴きます」
「ありがとうございます」
そうはいってもこうやって従者も連れずにお忍びで気ままに買い物が出来る商人も限られるし、私としてはこのカルボネとの関係を維持したいって理由もあり今回の品物を買う事にした。
彼は美術商として多くの貴族を相手にしながらもより良いジュエリーを用意するし、商人として信頼関係を築く事にも注力していて誠実な人間だと私は評価しているわ、信用に足る人物だからこそ次を期待したいところね。
「また新しい物があったら紹介してくれると嬉しいわ」
「もちろんでございます、リチア様のお眼鏡にかなうジュエリーを必ず……では見送りの者を」
「その必要はないわ、これから少々別の用事があり街に向かうの」
「そうなのですか、流石はインペリアルトパーズ家の御令嬢様。お忙しいのですな」
「ふふっでは失礼します」
用事と言うのはウソ、少し気晴らしにアデルハイトの街を散歩するだけ。
明日は魔法学校の課外授業もあるから忙しくなりそうだし、たまにはね。
貴族として価値ある『本物』を知れ。
そう言われ父様の元に集まる商人と話をし、こうしてたまに買い物をしたりしてる訳だけど、私は本当に価値ある何かを目にしているのか……自信はない。
正直、面倒な事だけが多いと感じるのよね。
「ふうっ何処かに私を心底、驚愕させてくれるような何かがないものかしらね」
父様の仕事を学ぶ傍ら、世界中の様々な美術品や魔導器、果てはダンジョンから出土する遺物の類、価値があるとされる様々な物をひと通り見てきたし、人脈を広げる為に色々な価値があるとされる人間とも出会った。
けど私を興奮させるような物にも人にもこれまで出会った事がない。
中々、願いなんて叶わないものよね。
屋敷を出る、私がいるのは成功した商人や下級貴族の屋敷が並ぶ一画。そこをしばらく歩く。
目的地があるわけではなくただ気ままに、そして歩みを進めると自然と人の往来が多く大通りに辿り着いた。
どこか喫茶店にでも入るのも良いけど……ん?
ふとした拍子に視線に入ったのは建物と建物の間で人目につかないようにしてる一人の男性。
それと連れらしき1体の魔物。
「アレはモチメットかしら? この辺りにはいない魔物ね……-」
気になったと言う訳ではない。本当になんとなく視線を向けただけだった。
何かを話してる両者、どうやら魔物が何か催促をしてるようね。もしかしてあの男性がマスターなのかしら。
このアデルハイトにも闘技場があり、今では数多くのモンスターマスターが集まっている。
きっとあの男性もその1人なのね。
そんな事を考え視線の先を変えようとした時だ。
男性は片手を魔物に向けるその先に光が集まりだした。
まさかスキルを? こんな街中で、あまり褒められた事ではないわね。
その光が集まり男性の手に何かが現れる。
「え、あれってまさか……オルブルー結晶石?」
強い魔力を宿し、様々な魔導器や魔道具の動力に利用されている魔力結晶の一つ。その澄んだ青色の美しさから宝石に加工されジュエリーとしても価値が高いとされている。
遠目からでも本物でありかなり良質の物なのが分かる、しかもあれだけの大きさの塊が何処から現れたの?
と言うよりも、ちょっと待って。
男性はそれをモチメットに差し出す。
モチメットは見た目の愛らしさが有名だが、実はそれ以上に悪名が有名だったりするわ。
モチメットの好物は魔力を含んだ鉱石。
人類がやっとの思いで見つけた鉱山や掘り当てた鉱脈に呼んでもいないのにいつの間にか現れ、貴重な鉱石を食い荒らす。
鉱山夫やそれらを領地に持つ貴族には魔族以上に目の敵にされる害悪魔物。
それがモチメット、そんな魔物に対してあの男はオルブルー結晶石なんていう拳大の大きさで金貨数十枚はする魔力結晶を───
「な、何をしているのこの大馬鹿者がーーーーーーっ!」
私とした事があまりの暴挙に理性が吹き飛んでしまった。
私はその大馬鹿者に向かってダッシュ、その勢いのままに跳び蹴りを食らわせてしまったわ。
◇◇◇
シロミにエサをやろうとした俺は頭のイカレた女にドロップキックをかまされた。
俺は痛みと衝撃で倒れながらも頭のおかしい女を睨みつける。
イカレ女の姿は大貴族の令嬢って感じだった。
瞳は橙色、腰まである黒く艶のある長髪でその髪には金細工の髪飾りがある。
黒を基調としたやたらと高級感あふれるゴシックっぽいドレスは全体に金糸の刺繍や装飾が施され華やかだ。
胸元はかなり大胆にカットされ、レースで縁取られてる。かなりの物を持っていてエロい。
ウエストはコルセット風の装飾がされていて細い。
左胸には勲章みたいな金細工の装飾がされた橙色の宝石が填め込まれたブローチが付けてある。
足は太もも丈のガーターデザインの黒ストッキングをしていて、靴は金色の装飾が施された黒いハイヒールをはいていた。
このハイヒールでコイツは俺にドロップキックをかまして来やがったのだ、ヒールが横っ腹に突き刺さり超痛かった。
以上、イカレ女の観察を終えた俺は、当たり前だがめっちゃキレた。
「おぉーーい! いきなりドロップキックとか頭おかしいんじゃねぇかな、おたくわぁあっ!?」
恐らく十代後半から二十歳くらいの女子にキレるとかしたくないが、今回ばかりは仕方ない。
だってめちゃくちゃ痛かったからな。
しかしそんな俺の怒号もイカレ女は特に気にしていない様子だ。
て言うかむしろ向こうがキレている。
「頭がおかしいのはそっちよ、よりにもよってモチメットにオルブルー結晶石なんて物を与えるなんて!」
「え……まさかこれってモチメットに与えたら駄目なのか?」
「違うわ、普通モンスターマスターでも魔物相手にそんな高価な物を与えたりしないって話よ」
「は? この綺麗な石ってそんな価値がある物なのか?」
俺はシロミを見た。
シロミは………目をそらしている!
と言うかシロミ、もうそのオルブルーなんたらを半分くらい食ってる!?
「なっ!? まさか本当に食べるだなんて、このモチメットッ!」
「喧しいわこのデカパイ女! これはわしが貰ったデザートなんじゃから食べようとわしの勝手じゃ!」
「…………シロミ?」
「な、なんじゃ? わしは魔物じゃからこれの価値など全く知らんからの~?」
「それ、そんなに価値があったのか?」
「……………知らん、ゲプッ」
マジかよコイツ。
痛いのとドロップキックの事はとりあえず後回しだな、先ずはこの女の話を聞く必要が出て来たみたいだ。
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