9.浄化
一行は保健室に戻ってきた。
「なんだここは落ち着くねー」
エンジュは、小走りして部屋の真ん中までくると、
ん~っと言って、くるりと回って大きく体を伸ばした。
「そうね。ここは変わらず清らかな感じがするわね。」
保健室の中は、前回見に来た時から何の変化もない。
保健室にしてはやや大きな室内。
清潔感のあるベッドやカーテン、そして医療器具などが陳列されている棚、セパレータ。
それらが無ければ普通の教室と同じくらいの大きさがあるだろうか。
ホオズキはエンジュの様子を見ながら、ベッドの一つにくせっ毛の少女を寝かせた。
相変わらず黒い靄は発生している。
この少女は苦しんでいるというほど辛そうではない。ただ、たまに顔をしかめるようだが。
「この黒い靄の感じ…ちょっと収まっているようでしょうか…。」
シュスランもベッドに寝かされている少女をのぞき込んで様子を見ている。
もしかしたら自然治癒するのかもしれないが…。
かなり気持ちが悪い感じがするのは無視していいようには思えない。
「また、ばーん!ってやればいいの?」
エンジュもベッドの前に顔を出す。
「うん、そうね。」
ホオズキは話にこそ聞いていたが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。
エンジュなら何かやってくれそうな、論理を超えた何かを持っているような気にさせてくれる。
本当にやってくれるのだろうとホオズキは感じていた。
「うん! エンジュに任せてよ!」
そういうと、エンジュは別途の横に陣取った。
目を閉じると、手をかざして黒い気配を探る。
次第にエンジュの内側から光が発生し始める。
それに呼応してか、寝ている少女から黒い靄が噴出した。
…今回は何か様子がおかしい。
倒れていた少女は、急にブリッジをするようにビクンと体をのけぞらし、
黒い霧をまき散らした。
「うわっ、なんか動き出したよ!」
エンジュは異常な様子に、とっさに飛びのいた。
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
倒れていたはずの少女は、白目をむいて地がうねるようなうめき声を発すると、
ブリッジしたまま、手足を動かしてあらぬ方向に移動し始めた!
「なんか恐いよこの人~!!」
「エンジュ! 何とかしてっ!」
突然の奇怪な行動に一同大慌てすると、
シュスランはエンジュの様子はお構いなしにエンジュの両肩を掴んで盾にする。
「エンジュちゃん、頑張って!」
ホオズキも故意か天然なのか、さらっと押し付けてシュスランの後ろにつく。
シュスランは、自然と先頭になったエンジュに言う。
「ほら、あんたならなんとかできるでしょ! ねえ!」
「や、やだっ…」
率直に嫌だ。そんなエンジュの主張。
エンジュは半泣きになりながら後ろを向くが、
シュスランは容赦なく肩を掴んでおり逃げさせる気はないようだった。
そうこうしていると、奇行を始めた少女は高速で移動し、
この空間を無造作に這いずり回った挙句に、
確実にこっちに来るであろう方向で突進してきた!
「こっ…! こっち来たよぉぉ!!」
エンジュはもう泣きかかっていたが、
シュスランは無言で、むしろより強くエンジュの肩をがっちりと掴んでおり、
エンジュは強制的に「それ」と対峙するしかなくなっていた。
「しっ…」
全く逃れられる余地がないエンジュは、
涙目になりながら、震える両手を天高く掲げる。
その間にも奇行少女はこちら側に迫ってくる!
そして交錯するかと思われた、刹那━━━
「静まりたまえーーー!!!!!」
眩い光と共に、エンジュの両手が全力で振り下ろされた。
まるで跳び箱を飛ぶかのように力強く振り出された両手は、
明らかに浄化以外の波動を伴ったまばゆい光と、炸裂音と共に奇行少女の腹部に直撃した。
「はぅごふっっっっ!」
少女は生々しい呻きを発して、かなりの勢いで床と天井を3回くらい往復した(ように見えた)あと、
部屋の隅に激突して動きを停止した。
その少女の体から黒い霧は綺麗に消し飛んだようだったが、
代わりに水蒸気のようなものが出て、シューっと蒸発音を立てている…。
そして静寂が訪れた。
「大丈夫かな…?」と、シュスラン。
ホオズキはその少女に駆け寄って抱き上げる。
「えっと…。大丈夫…ではなさそうかな?」
少女に意外にも外傷らしいような傷はなさそうだが、
あれだけの強打を受けて問題ないと言ってしまうのは、流石にはばかられた。
「う~ん、完全に伸びちゃってる…かな」
呻くどころか、完全に沈黙している。
これは失神している形容するのが正しいのではないだろうか。
「しばらく休ませてあげたほうが良さそう…。」
幸い治癒の印を持つホオズキが近くにいれば、きっとすぐに目を覚ますだろう。
ホオズキは、思っていた治癒の用途とは何か違うような気がしたが、
あまり気にせず、少女を抱きかかえて再びベッドに横たわらせた。
「目を覚ますまで、休憩かしら、ね。」
エンジュとシュスランにそう声をかける。
先ほどの奇行に、二人はまだ警戒している様子だが、おそらくもう大丈夫だろう。
ここは不思議と暖かな日の光が入っている。
いくらか時間が経ったことだろうか。
「う、う~ん…はっ」
ぱっちりと少女の目が開いた。
「あ、気が付いた。」
「気分はどうかしら?」
シュスランとホオズキは傍らで声をかける。
「……。なんかすげーお腹いたい。」
正に今の彼女の状態を率直に表した言葉なのだろうが、
その言葉に、エンジュが後ろでビクッとなっている。
「夢の中で戦ってた……。
危なく悪の組織に捕まって、仮面なんとかに改造されるところだったぜ。」
一体どんな夢なんだろうとホオズキは思ったが、口には出さないでおく。
「あたしは茅ヶ崎茜だ。よろしくな!」
ベッドから跳ね起きて元気よく名乗りを上げる。
ホオズキはフラッシュバックで見た名前と光景を思い出し、
この少女…アカネの記憶だったことを理解した。
が、きっと何か機会が無ければ言わない方がいいのだろう。
詳しく過去の話を聞いてみたが、記憶自体もあやふやで、
覚えていることと言えば、フラッシュバックで見たことぐらいのようだ。
ただあの時見た印象よりも、ずっと明るくて元気な印象を受ける。
きっと殆ど他人には言わないような、心の奥で思っていることだったのだろう。
ともあれ、3人の今の状況とこれから、何をしようとしているかなど、一通り話した。
アカネも特にこれといった記憶も断る理由ないし、
何かがつかめるまで、ともに行動することになった。
また道連れの仲間が増えた。
例の気配を追っていけば、また仲間が増えるのだろうか。
次は図書室に行くことに決まった。
師が走るとはうまいこと言ったもので、
なかなか更新できないですが年末年始にかけて頑張ります!




