7. 野球場
大きな方針は定まったものの、これからどう進んだものか。
世界が定まったのならば、まずこの校舎をしっかり調べ、
足場を固めるのがよさそうだろうか。
確かに、今まで闇雲に長かった廊下はほどほどのところで完結するようになっている。
それでもかなり大きい建物のようではある。
改めて教室の中を覗いてみたが、中は今までと同じように、
見た目通りの広さであったり、異世界が広がったりしているようで、そこに変化はない。
野外に関しては、今まで星空だけだった状態から、
一般的に学校の校舎から見るそれと同じになっているといっていいだろう。
グランドが広がり、別の校舎があり、ただ少し違和感と言えば各施設__例えば、グラウンドにある野球場や武道場などが、学校に備え付けてあるそれよりも遥かに豪華だった。
空はというと、昼になったり夜になったりと、おおよそ24時間とは似ても似つかない間隔で切り替わっている。
野外に関しては、空模様こそ常識外のようであったが、基本的に変なところはなさそうだった。
3人で探索してみて、いくつか分かったことがある。
その一つは、シュスランが黒い靄に関して、非常に敏感だという事だ。
エンジュ、ホオズキが全く分からない遠方から、それを感じとれるようだ。
今のところ、野球場、図書館、武道場が怪しいという。
もう一つは保健室について。
そこは非常に清らかな空間になっているようだった。
これに関してはアルルーナのお墨付きだった。
彼女は何かしらの魔術を扱えるらしく、それによると何か特殊な場所ようだという事だった。
それのついでに、ホオズキはアルルーナから簡単なまじないを教えてもらった。
ホオズキに関しては、魔術の素養__つまるところの『魔力』がある程度備わっているとのことだった。
『再生の印』。これは常時発動型の魔術で、ごくシンプルに傷をいやすものだ。
特に強力なものではないが、傷の回復から体の免疫能力まで、治癒能力を高めるものらしい。
徐々に魔力を使うようだが、魔力があっても使い方が分からないホオズキには丁度いいだろうという事だった。
好戦的な敵が増えているようなので、役に立たないというとはないだろう。
もし傷つくようなことがあった保健室で休むのがよさそうだし、
少しは安心して探索に臨めるだろう。
3人は、相談の上、見通しのよさそうな野球場を探索することにした。
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野球場に入った3人は、球場のフィールドをぐるぐると駆けていた。
「あの…ごめんなさい…。」
シュスランは申し訳なさそうに謝る。
走っているのは厳密には2人。
エンジュとホオズキで、シュスランはというと、ホオズキの背中に背負われていた。
ホオズキは言う。
「シュスランは気にしなくていいの。私も考えが甘かったわけだし…。」
ホオズキは知らなかったのだ。
シュスランの身体能力は、ほぼ生身の人間のそれと同等程度であることを。
「ね~。こんな事になっちゃうなんてね~。」
エンジュは暢気にしゃべりながら、後ろを振り向く。
3人を追いかけるようにして砂ぼこりが上がっている。
ズドドドというものすごい地響きとともに、大小さまざまな2足歩行性の植物が追いかけて来ていた。
その数おおよそ百を超えそうだ。
植物といっても蔦や茎といったものではなく、根菜に足が生えたような感じなので、見た目の圧迫感と質量感がかなり出ている。
この状況どうしたものかと、ホオズキは溜息をついた。
なぜこんな状況になってしまったのか…。
最初は少数の相手をしていて、単体では特に脅威には感じない相手だった。
おおよそ一撃で粉砕できる相手だったが、無益な殺生と思い、
戦闘を避けて目的の場所に急ごうとしたのが悪かった。
それに加えて、シュスランが白兵戦闘を苦手としていることをホオズキが知らずに、
個々に応戦することができなかった。
そうしてどんどん逃げに回ることになった結果、増援の連続で今のような結果になってしまった。
この相手は知的レベルが低いらしく、
とりあえず同じ場所をぐるぐると回っていても先回りされるような心配はなさそうだ。
しかしながら、このまま逃げ続けても、疲労こそないものの、かといって状況が好転するわけでもない…。
この様子を見かねてシュスランは提案する。
「ホオズキさん、ここはあたしとエンジュでどうにかするので、先に様子を見てこれますか?」
「どうにかって…。一体どうするの?」
「何も…しないと思います。今の状態を維持するだけ。
時間を稼いでいる間に、あの場所の様子を見てきてほしいんです。」
あの場所とは、気配の元凶となる場所のことだ。
既にその場所の前を何回も通り過ぎている。
このまま走り続ければ、直ぐにそこの前を通ることになるだろう。
シュスランは続ける。
「エンジュ、あたしを背負って走っても大丈夫でしょ?」
「うん。大丈夫だと思うよ〜。」
ホオズキは正直二人だけにするのはかなり不安だったが、
現状を維持できるのであれば、少しだけ自分が外れて様子を確認するのはいいかもしれない。
今後の探索の方針にもなるし、今のペースならさほど早く走ってはいないので、
エンジュならシュスランを背負ってもかなり余裕があるだろう。
エンジュのほうが身長が低く、体格差があるのは気になるとことではあるが…。
「…わかったわ。それで行きましょう。」
ホオズキは正直気乗りしなかったが、そう言うと、おぶっていたシュスランをエンジュに渡す。
体格差で若干扱いに戸惑っていたようだったが、とりあえず肩車する形で落ち着いたようだ。
身長が高いものが上に乗っているので、見るからに不安定だ。
程なくして、そのポイントへと近づいてきている。
そこはベンチの入り口で、ホオズキと同じように建物の中に元凶があると思われる。
ホオズキでも入り口に近づいていけば、例の靄の気配は感じ取れているので、
入ってしまえば場所は特定できるだろう。
「任せたわね、ふたりとも。すぐに戻るから!」
ホオズキはそう言うと、ポイントを通り過ぎる刹那に素早く身を地面を蹴って、
ベンチの出入り口まで身を投じた。
出入り口に入ってから、反転して追手を確認する。
数にして7体。多くはない。
ホオズキは踏みとどまった足から更に一歩踏み出す。
「はああぁぁぁぁぁっ!」
気合一閃。踏み出した足を軸にしなりの効いた回し蹴りが近くにいいた2体を同時に捉える。
かなり力の乗った一撃は、敵を粉々に打ち砕いた。
やはりこいつらは脆い。はっきり言ってオーバーパワーで、まるで根菜を自動車で引いたかのようにバラバラに砕け散った。
特に叫び声も持たないこの敵は、無言で次々に飛び掛かってくるが、
正面からくるものは足技で捌き、横から来たものは後方のスペースを使って掌打で対応する。
打撃で、あるいは吹き飛んで叩きつけられた衝撃であっさり粉砕した。
追手の7体を手早く形付けると、追手がいない事を確認する、
出入り口から身を乗り出し、ちらりとエンジュ達のほうも確認するが、
離脱する前から同じ状態を維持していて、特に何も起こっていないようだ。
「早く探さないと。」
ホオズキは駆け出した。
内部構造はかなりシンプルなようだった。
バックヤードということで若干薄暗い作りだが、見ることに苦労することはない。
内部構造は非常にシンプルなように見える。
廊下があり、そこに扉が順に並んでいるだけの構造だ。
(気配はこっちの方から…)
神経を研ぎ澄ましているせいか、思いの外わかりやすい。
少し走っただけで、瘴気がにじみ出ているように見える部屋の前に来た。
一度落ち着いて追手も確認するが、特に気配はなさそうだった。
慎重に、静かに扉を開ける。
部屋から流れ出る邪悪な気配に思わず顔を背ける。
(私もこうなっていた…のかしら?)
自分を助けに来たときの、エンジュとシュスランが置かれた状況を想像する。
部屋の中、薄暗い部屋に一人の少女が倒れている。
中に入ってみるが、ただただ殺風景なコンクリートの部屋に、少女が一人、倒れているだけの状態のようだった。
癖っ毛のような栗色の髪に、身長のほどはシュスランよりは大きくホオズキよりは小さい程度だろうか。
ホオズキは近づきつつ、どうするべきか考える。
近づくと瘴気のような物が、この少女を中心に渦巻いており、顔をしかめる。
自分にこれを浄化する力は、おそらく無い。ここですぐに目覚めさせることはできないだろう。
外の二人も心配だし、彼女を背負って一旦脱出し、安全を確保するのが良いだろうか。
幸い、ここの敵を捌くのはさほど難しくない。
おそらく問題ないだろう。
「大丈夫ですか?」
ホオズキは声をかける。
予想通り返事はない。
ホオズキはそばに屈んで、再び声をかける。
揺り起こそうと、倒れていた少女に手を伸ばす。
「だいじょう……」
少女に触れた瞬間、ホオズキの視界は暗転し、意識を失った。




