5. ホオズキ
エンジュとシュスランは、足早に廊下を駆けていた。
そもそも、だ。
今まで自分たちが観察してきたこの周囲の状況と、アルルーナの証言は随分と矛盾を孕んでいるように思える。
この無限とも見れる廊下に”外”につながる出口があり、
しかも、この地面が見えないほどの星空の中に”道”があって、別の建物まで続いているという。
論理的に把握していたわけではないが、シュスランには到底信じられなかった。
「ちょっと!……ほんとに外に行けると思ってるの?」
エンジュに引っ張られながらも問いかける。
「もう少し色々聞いてからのほうが…」
そうしているうちにエンジュは突然足を止め、それにつられてシュスランも止まる。
目の前に、確かに外へと続く出口があった。
エンジュは平然とした様子で歩いて外に出てみる。
「……ほんとに外に出て大丈夫?」
シュスランも周囲を警戒しながら続く。
先程みた星空はどこに行ったのか、今は一転して地面が広がっている。
が、ひどく簡素な光景だった。
土と思わしき道らしきものが伸びており、それ以外が芝生と思われる緑色の地面が延々と広がっている。
ここまで淋しげだと、周囲の探索が無意味だというのがすぐに知れた。
この地形だと目的の建物はすぐに目についた。
小走りで数分くらい移動すると、難なくたどり着いた。
アルルーナの言うところだと、陸上競技場だと言いうが、この建物はやけに大きい。
何かのスタジアムかのような出で立ちだ。
そして何かぼんやりしている。何か輪郭がはっきりとしていないような…。
建物の入り口に近づくに連れ、シュスランは何かおぞましい雰囲気を感じ取っていた。
エンジュはズカスカと建物に入ろうとしたが、シュスランは服をぐいっと引っ張って静止した。
「? どうしたの?」
エンジュは不思議等な顔なシュスランを見る。
「あんた何も感じないの?」
「……全然」
「なんか…すごくいやな感じがする…んだけど……。」
エンジュはまるで分かっていない様子だったので、周囲に気をつけるように注意する。
そもそもこの中に入る必要があるのだろうか?
建物の形が不安定で、入っていいものなのか、シュスランには判断がつかないが、
エンジュは入る気満々のようだ
(しかたないわね…)
シュスランは怯えながらもエンジュについていって、建物の中に入っていく。
中はかなり薄暗い。
そして外見がボンヤリしていたように、中の構造も形が定まっていないようだった。
足元から伝わってくる感触は、コンクリートのそれというよりは、ゴムのような弾力を持っている。
いや、また一歩踏み出せばコンクリートのように固くもなる。
一体どうなっているのか。
そうしている間も、奥に進むに連れ、不気味な気配が確実に近づいてきているのを感じる。
シュスランは、エンジュの服を引っ張ると、道の一つの方向を指差す。
「あっちの方から感じる…」
その感覚に間違いないようだった。そちらに進めば確かに気配が大きくなっている。
その気配を頼りに二人は進んでいく。
本体ならば、その気配を避けるべきだったのかもしれない。
そういった危険な要素に近づく必要があるのだろうか?
シュスランは近づくに連れ、自分たちの行動に疑問を持ち始めた。
そして一つの扉の前にたどり着いた。
「この扉の奥……。本当に開ける?」
「うん。大丈夫。エンジュに任せて。」
エンジュに迷いはない。
なんの根拠もない。
だがそれが彼女の強さなんだと、シュスランは何度も見てきた気がする。
エンジュは扉を開ける。
「おじゃましまーす…」
覗くように開ける。当然応答はない。
その中はひときわ暗く、エンジュでもわかるほどの瘴気__シュスランが捕らわれていたときの黒い靄と同じ感じが、流れてきた。
今までよりも濃い靄の濃度。
この中に、この黒い靄の原因となる者が居るかもしれないと、この時になって思い始めた。
二人は中に入った。
目が暗さになれるまで少々時間が掛かる。
見えてきた光景は……。
少女が一人倒れていた。
エンジュは周囲に何もないことを確認すると、すぐに駆け寄ってその少女を確認する。
少女と言っても、エンジュ達から見るとかなり年上のようだ。
身長も160cm位はあるだろうか。
二人と似たような制服を身につけており、
この少女も、黒い靄に囚われ、静かにうなされているようだった。
シュスランも周囲を確認してみる。
暗くてよく見えないが、この部屋は更衣室か何かのようだろうか?
相変わらず形が定まらず、時折形が崩れている。
シュスランも少女のそばまで行って様子を確認する。
「あたしもこんな感じだったの?」
「うん。
だけど…、こんなに靄が出てなかったと思う。」
「…あたしを直したのときと同じようにできないの?」
「う〜ん。よくわからないんだ。」
「良くわからない…?」
「んー…。どうやったのか、よくわからないんだ。」
「え。」
「わーって、なったらバーンってなった。」
「……全然、わからないけど。」
シュスランは若干呆れながらも、自分もそうなので責められた立場ではなかったが。
シュスラン自身は何もできなさそうだったので、
エンジュの様子を見守ることにした。
エンジュはシュスランを起こしたときの事を思い出そうとしていた。
腕を組んで難しそうな顔をする。
「う〜ん。どうしよう。」
とりあえず体を起こそうとする。
が、その横たわっている少女は、自分よりかなり大きいので思い通りに動かせない。
「なに? 脱がすの? お尻触ってる?」
「ち、違います!」
シュスランは、しゃがんだ状態で頬杖を突きながら、半ば冷やかす感じで話しかける。
特に手伝う様子もなく。
エンジュはその少女を仰向けにすると、一息ついた。
少女はエンジュたちと似た制服を着ており、髪型はふわっとした感じのショートボブ、
少し化粧もしているだろうか、目元がぱっちりして若干大人びているように見える。
「どうしよう」
あの時のこと思い出してみるが、もっと無意識に力を使っていたのを思い出す。
シュスランに抱きついたときのことを。
「目をつぶって…」
落ち着いて瞑想してみる。
靄の根源を感じ取れる気がした。
今は抱きついてこそいないが、たしかに目の前に、その違和感を感じとる事ができる。
(うん。この感じだ。)
そう、これは悪意や怨念と呼べるなんだろう。
身の毛もよだつ、この感じ。
エンジュは自分の中にそれと反する力を感じ、全身にそれが漲るのを感じる。
「…いくよ!」
確信を持って両手を倒れている少女に向ける。
「はあああぁぁぁっっ!!」
気合とともに、まばゆい光が放たれる。
両手どころか全身から出ているようだ…。
「うわ、まぶしいんだけど!」
シュスランはものすごい光に目を隠さざるを得ない。
しばしの間のあと、光は収まっただろうか。
「もうちょっとうまくできないの!?」
「えへへ。沢山出てしまいました…。」
ともあれ、ここに満ちていた嫌な気配は吹き飛んだようだ。
おそらく少女の体からも取り除かれたのだろう。
綺麗に無くなったようだ。
それだけではない。周囲の不安定だった建物自体が、しっかりと形を帯びたようだ。
今いるこの部屋は、確かに更衣室だった。
よくあるコインロッカーが壁に居並び、簡易なパイプのベンチが置いてある。
今まではディテールがはっきりとわからなかったが、今でははっきりと形を帯びている。
これは靄の影響だろうか?
少女はおもむろに、静かに目を覚ました。
「……ここは……?」
上体を起こして、周囲を見ると二人の少女がいた。
「あ、気がついた!」
「だ…大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう…。」
その少女は立ち上がって…、少しふらついたようだったが、大丈夫、と二人に声をかける。
「私は一体…」
手を額に当て、今まで何が起こっていたか思い出そうとするが、
なぜここに居るのか、まるで覚えていない。
「お姉さんも何も覚えていないの?」
「…ええ。あなた方もそうなのかしら?」
二人も頷いて肯定する。
「そう…。」
「私はね、エンジュって言うんだ。こっちはシュスラン。」
「私は…。」
その少女は少し思い出して。
「ホオヅキ…。鳳月舞よ。よろしくね。
ふたりとも可愛い名前ね。」
そう言うと、少女…鳳月舞はニコリと微笑んだ。
その姿が二人にはとても輝かしく、眩しく見えた。
「おお…これが大人のお姉さんオーラ…」
「…何バカなこと言ってんのよ」
シュスランは小声で注意する。
「ふふ。ふたりは仲良しなのかしら。」
確かに眩しく見えたのだが、それこそエンジュの言う大人のお姉さんオーラなのか、
目の錯覚だったのかもしれない。
「ここは暗いわね。ちょっと外に出たほうが良さそうかしら?」
そういって3人は部屋の外に出た。
部屋の外も、先ほどとは打って変わって、はっきりとした形で具現化している。
スタジアムというよりは、もっと地味な、非商用施設の内装になっていた。
シュスランは、ホオズキの姿を部屋の外で改めて確認したが、
すらっとした高身長で、それでいてスカートの下には健康的に引き締まった足が覗く。
髪の毛は若干染められたような茶色で、パっと見た感じで美少女感が溢れ出ている。
あまりにじっくり見ていたので、ホオズキに気づかれて、ぱっと目を離した。
それにしても、苗字なんてものがあったのかと、
シュスランは改めて考えてみるが思い出せなかった。
いや、むしろ本当に無いのかもしれない。
シュスランがそんなことを悩んでいると、エンジュがホオズキに聞く。
「あの、お姉さんは黒い翼を持つ人を知ってますか?」
「う〜ん。ちょっと分からないかな…。
それどころか、ここがどこなのか…。何をすればいいのか分からないの。
どうすればいいのかしらね?」
そう言ってホオズキは微笑む。
「じゃあお姉さんも一緒に探そうよ!」
「え?」
ホオズキは、そう言われてみれば意外といった様子だった。
エンジュは同じ調子で続ける。
「それにそのうち思い出すよ!」
「そう…。きっとそうかもね。」
きっと似たような制服を着ているのも何か関係があるように思える。
ホオズキは直ぐに楽観的にはなれなかった。
いや、大人の理性としては当然の反応だろう。
自分は何者で、一体どこに向かっていくのか…。
後ろ暗い気持ちを感じたまま、二人と道を共にすることにした。




